ラスティの本音
見上げた空は、闇に包まれていた。
「そうだ、ラスティ様」
商店街を抜けてから、俺はラスティ様の手を放し振り返る。
「ラスティ様。スマホ、スマートフォンはお持ちですよね。それを使って帰りましょう」
「…………」
ラスティ様は瞬きをして、まっすぐに俺の目を見つめ返した。やはり表情の変化はない。
「……」
「ラスティ様」
「…………」
ラスティ様は……背を向けて走りだした。
「えええぇぇっ」
しかも、速い。
「待ってください、ラスティ様」
メニがいないので魔法少女へ変身できず、自力の運動能力で走って走りまくるしかなかった。
「ぜーはー……はぁ」
どのぐらい走ったのか考えたくない。ラスティ様は広い公園の芝生に座り込んでいた。
「ら、ラスティ様」
呼吸を整えてから近づくと、ラスティ様はまっすぐ見上げて変わらない表情で俺に聞いた。
『君、誰?』
「……」
質問内容も問題だが、何よりも驚いたのはラスティ様の唇が動いていない事だった。なのに高い澄んだ声が俺に尋ねる。
「俺は、柴沼健斗と言います」
『しばぬまけんと?』
「はい。魔法少女ココです」
『魔法少女……僕と同じだね』
ラスティ様は初めて表情を変えてくれた。微笑みという喜びの感情を。
「…………」
俺はラスティ様の横に座った。高貴な方の横に座って無礼ではないかと考えたが、ラスティ様を見ると横に座った方が良いと考えたから。
「ラスティ様、帰らないのですか?」
『帰る?お家に?』
「はい」
『まだ、遊びたい』
高貴なる位を持つ光の精鋭部隊長であるが、その内面は子供そのもののようだ。
『お腹、すいた』
「じゃあ、ご飯を食べたら俺と遊びましょう」
正直、夕食前の空腹な状態でさらに走ったので『後日』とつけたかったが、ラスティ様のまっすぐな瞳に、そう言ってしまった。
『本当? 嬉しい。健斗、大好き』
ラスティ様が表情を変えた。子供のように純粋な笑顔を。それが近づいた。近づいて、頬に柔らかい感触がした。
「ら、ラスティ、さま……」
ラスティ様はさらに近づいて、俺の上半身にその身を預ける。体重と予想できなかった行動に芝生に倒れた。2人分の重みが背中の痛みとなった。ラスティ様は子供のような方だが、外見は年頃の中高生。これって……
「…………」
混乱する中、耳は足音を聞き取った。視線を地面に向けると男の靴が見えて、見上げると制服姿のガルディアンの姿が。
……俺、間違いなくガルディアンに消される!
「ガルディアン。まて、これは違う」
「ラスティ、お家に帰ろう」
ガルディアンの後ろから1人の幼女が現れた。黒髪の日本人顔をした子供は犬用のリードを握りしめて。
「わんっ」
ラスティ様は、ご機嫌に人吠えすると、押し倒した男の存在を忘れて、子供の方に向かった。
「本当の事を話してくれないか」
「俺が精鋭部隊長ラスティ様に仕えているのは、まったくの嘘だ」
ガルディアン、ではなく菅原晴紀はあっさりと言ってくれた。
「魔法少女ラスティは家で飼っているゴールデンレトリバーのラスティ。それだけだ」
「何で嘘をついていたんだよ」
「格好悪いだろう、魔法少女になったのがペットだったなんて」
「ラスティはペットじゃないもん。家族だもん」
幼稚園ぐらいの女の子は魔法少女から犬っ子に戻ったラスティにリードをしてから、水とご飯をあげている。 ラスティは空腹だったらしく、ものすごい勢いで食事中。
「無料スマホが当り、設定完了ボタンを押しても反応しなくて、取り扱い説明書を開いていたらラスティが近づいていたんだ」
偶然にもラスティの鼻がスマホの決定ボタンに触れてしまい、犬っ子の魔法少女が誕生してしまったとの事。
「ラスティは妹の美羽の命令にしか従ってくれない」
「美羽が友達ん家でお泊まり会をしている時に、お兄ちゃんモンスター退治にいっちゃうんだもん。美羽とリードのないラスティが脱走するのは当たり前だよ」
今日の出来事は、そういう事のようだ。魔法少女ラスティが、ものすごい戦闘能力を持つのは犬っ子としての運動能力を活かしただけで。変化を見せない表情は、見知らぬ人間に対してだからだろう。
「で、メニ。お前はどうしていなくなった?」
茶髪の美少女兼魔法少女の相方はラスティの食べっぷりを眺めていた。
「ラスティは露店の前から動かなそうだし、健斗もいるから、一度、晴紀さんの所に戻って合流しようと思ったの」
メニはへへっと悪気のない笑顔を向けた。
「ついたら晴紀さんが、美羽ちゃんに怒られている時でね。お腹をすかしたラスティのためにご飯とか用意していたら時間がかかっちゃって」
「…………」
まあ、無事に済んだんだから良いか。
「ラスティ、今日はお疲れさん」
ラスティは食事を終えてご満悦なようだ。
「わふっ」
ラスティの『えへっ』顔は癒される。お兄さん、今日あった事すべて水に流すよ。だってラスティのためだもん。
「あれ?何で、ラスティが話せたんだ?」
魔法少女の時、ラスティは唇を動かさず人間語をしゃべっていた。
「健斗さん、ここですよ」
あの時と同じ高く澄んだ声がした。
「健斗、これだよ」
メニはラスティの首輪に触れ軽く持ち上げる。ラスティの背中側に碁石みたいなものがくっついていた。真ん中に1ミリもない穴が5、6個ついている。スピーカーらしい。
「これが魔法少女ラスティの相方だよ」
「どうも健斗さん、初めまして。私、魔法少女の相方でラスティと人間さんの言葉を正確に通訳にして、必要な時はスマホとして活躍する、LM‐01です」
「………………」
魔法少女の相方は、どいつもスゴすぎる……。
「ラスティは健斗さんに『良い人だね』と言っています」
……嬉しい。
犬っ子が本当にそう思っているとわかるなんて……柴沼健斗、感無量です!
「俺は、ラスティが大好きだよ」
ラスティの頭をなでなでして言った。翻訳君のおかげで言葉が伝わるなんて魔法少女万歳。
「…………」
そんな俺に対しラスティは一度、まっすぐに俺を見つめた。
「ラスティは美羽と、家族達の次に大好きだよ。と言ってます」
そうなんだよね……




