かりん の魔法
「勇気か……」
放課後、帰路を進みながら俺は呟いていた。
花凛が部屋に来た日から10日ほどたったが、花凛もしくはニワからの情報はない。
「勇気ってどうやって出てくるんだろうって、花凛から聞かれたけれど……メニはどう思う?」
隣にいる人間姿のメニは腕を組みてくてくと歩きながら考えてくれた。
「がぁぁという気になれば出てくるんじゃないかな」
「何だそれ……」
「だって、そんな感じなんだもん。勇気って、ごおぉと燃える闘士じゃない? という事は、燃やす物だよ。燃えやすい物を花凛ちゃんに持ってもらう」
「お前の発言、一歩間違うと通報されるぞ……」
「そう?」
メニは首をかしげたが、何かに気付き、ちっちっちと指を振った。
「健斗だって花凛ちゃんの事、言ってられないんじゃない?」
「俺が?」
「健斗に勇気があれば、今頃、先輩に恋敗れて落ち込んでるところだと思うよ」
「何で、ふられる前提なんだよ……って、そうなんだよな、俺も人の事を言えないよな。先輩……見込みはないといえ思いを伝えたい……んだけれども……」
うだうだと言いながら隣を見たらメニの姿が消えていた。ポケットにスマホがメール着信を告げる。
「健斗、悩んでいるところ悪いけれども、援護要請がきてる。かりんから」
魔法少女ココに変身して、瞬間移動した目的地は、どこかの立体駐車場だった。出現したモンスターに気づいたからなのかはわからないが、車は少ない。
「ニワ、どういう事? これは」
駐車場のど真ん中に仁王立ちいたトロールは前回よりも凶悪で、魔法少女かりんはしゃがみ込み、呆然とモンスターを見つめる以外、動けないでいた。
「ごめんなさい、ココ。今度こそは、戦えるかもしれないと、かりんの声を聞いて。でも、こんなに強い奴だとは夢にも思ってなかったんです」
「……」
俺はしゅうしゅうと音をたてる鼻息の荒いトロールを見上げた。
この前よりも巨体で、何よりも目の焦点があっていない。いっちゃっているトロールが暴れだしたら、どうなるか予想もつかなかった。
「急いで片付けなければ……」
ニワに連れて行ってもらえば、かりんに被害はないが……。俺はトロールを見つめたまま、かりんに言った。
「かりん。力を貸して」
「え……」
「あたしがトロールをひきつけるから。かりんは敵を闇に戻す一撃必殺をはなつの。持っているでしょう?」
「持ってる……」
「任したわよ」
かりんは、バネのように跳んでトロールに立ち向かう魔法少女ココをぼうっと見つめた。
「一撃必殺。光を放って、モンスターを消す魔法なら。あたしでも……あたしだって活躍したい」
その魔法は手を組んで生まれる光を感じ取る必要がある。
「……」
かりんは異変に気づいた。袖が魔法少女のものではなく、セーラー服である事に。
「かりん、変身が解けてる!」
「……どうしよう」
どさっと音と衝撃がかりんの足元でした。
魔法少女ココがトロールの直撃を受けて飛ばさていた。
「ココ……」
「ちょっとココ?どうしたの?動いて」
首輪の辺りから相棒メニの声が聞こえたが、ココの犬耳、尻尾、ぴくりともしない。
「え……」
魔法少女かりんから、花凛に戻った少女の耳にニワが警告する声が聞こえた。トロールの目が獲物のココに向かい、それから自分に向いた。丸太のような棍棒を振り上げこちらに向かってくる。
スローモーションのようにトロールが近づいていた。
「…………」
花凛の口は僅かに開いたまま動くことはなかったが、心の中は叫びで埋め尽くされていた。
やだ、恐い。恐いよ……でも、ココを助けなければ……でも、恐い!
戦うったってどうやって戦えばいいの?
あのモンスターを倒せたとしても、明日からアイドルになれるわけじゃないんだし。魔法少女で活躍したってアイドルになれるなんてわからないのに。やだ、近づいてくる。こっちに来ないで、恐い恐い恐い。
「……でも、戦わなきゃ」
立ち上がった花凛から風が生まれた。
「かりん?」
ニワの呼ぶ声が聞こえる中、花凛に淡い光が包み込んであっという間に消えた。
魔法少女へと戻った瞬間、がぁんと近くで鈍い音と衝撃が響く。トロールがふりおろした棍棒が魔法少女かりんが張ったバリアに当たっていた。
「あたしだって、魔法少女になれたんだから。魔法少女やってけるんだから……戦って、アイドルになってやるんだから!」
声を放った後、かりんは首の辺りから『何か』を感じ取った。
「私の武器。マイク」
手からマイクが握られている。かりんは息を吸い込み口を開いた。開かれた口から人の声は聞こえない。それは1つの音色。フルートのような高いく澄んだ魔法の音が、かりんの音色が駐車場いっぱいに響きわたった。
かりんはトロールが光に包まれてゆくのを見つめていた。
「あれ?」
目が覚めたら、俺はいつもの河川敷で仰向けになり空を見つめていた。
「大丈夫?」
魔法少女かりんが覗きこんでいる。
「うん……大丈夫みたい」
直撃を受けたはずだが、何事もなかったかのように痛みは感じられなかった。
「敵は?」
「あたしが倒してあげたわ」
かりんはにやりと笑っていた。
トロールに飛ばされて意識がない間、彼女は自身を取り戻したようだ。
お互い、変身を解いた後で、花凛は言った。
「勇気って、鳥が飛ぶみたいなことだね。
その翼で飛ばなければ鳥は落ちて死んでしまう。強い風の日も、ちゃんと風を読み取って、目的地に向かう。恐いからって飛ばなければ、お腹がすいてしまう。だから自分の翼を信じて飛び出す」
「そうだな」
「私にとって、今日の勇気は巣立ちの鳥みたいだと思うの。本当に飛べるのかわからない状態で飛び出せたんだから」
自信を持ったのか、強い敵を倒して高揚したままだからかはわからないが、今の花凛に内気な部分は見当たらなかった。
「健斗にはお礼を言っておくね」
花凛は手を伸ばした。
「……」
固い握手をした後、俺は花凛に近づいた。
「痛い……」
その直後、頭に牙がめり込み、わき腹にメニのドロップキックをくらったから、当然だろう。
「変態」
「魔法少女育成協会に訴えます」
「違う、誤解だ。花凛から、良い匂いがしたから」
「やっぱり変態じゃない」
「最後まで、聞いてくれ。えと、花凛。もしかして犬を飼ってる?」
「? うん。ミニチュアダックスフンドのマロンがいるよ」
「やっぱりな、俺の『犬大好き嗅覚』にくるいはない」
「そういう事?」
誤解がとけたが、頭から流血が……ニワのやつ、布製の歯なのに本物と変わらない牙を持っているようだ。
「花凛。戦闘練習したかったら、いつでも呼んでくれ」
「ありがとう」
頭から血が流れてなければ、格好がついてたのに……。




