闇の友達
目が覚めたら、俺は檻の中で寝ていた。
檻の外はとてつもない広くて豪華な部屋で、一言で例えるならばセレブの部屋だろう。高そうなソファーや暖炉や天涯つきのベッドまで勢揃いだ。
「気がついたか?」
檻の外に部屋の主(だと思う)チワンティーヌがいた。
「…………」
頭は記憶を検索する。過去について。
ああ、俺、負けたんだな。
放課後、河川敷にチワンティーヌが俺を呼び出した。光側の魔法少女ココとして戦闘を交えるため。
あっという間に終わった。
魔法少女になった俺は木の葉のように舞い、カミソリのような疾風でとどめを刺された。
今、檻の中でチワンティーヌの顔が見れるという事は、蘇生か、致命傷を避けて回復したのかの、どちらかだろう。
「友達だっていうのに……スマナイ」
「そう言うなら、私だって片腕の妖剣やら精鋭暗殺部隊を倒しちゃったし」
「そうか」
「生半可な優しさはいらないってハナと約束したんでしょ。友達の俺でも同じ事になるからね。痛み感じなかったし、檻の中でも傷は癒えているし」
「そうか、そう言ってくれれば助かる」
チワンティーヌは檻をぽんぽんと叩いた。
「檻の外は光の属性だとダメージがあるからな」
忘れていたけれども、今の俺はココのままである。赤い衣装に黒くて長い髪。茶色い犬耳と尻尾をつけた魔法少女に。口調が女らしくなっているのはそのせいだ。
「人間に戻れば檻の外に出ても大丈夫だ。人間は光にも闇にも属していないからな」
「生半可な優しさはいらないって言ってたのに、優しいんだね」
「当たり前だろう。阻止できる事はなんだってやるつもりだ……だが、あの時は間に合わなかった……健斗、ハナを助けてくれて、ありがとうな」
チワは前屈みになり柔らかい笑みを向けた。
説明し忘れていたがチワンティーヌは黒の肩当てに黒いマントを羽織っている。中は同色のロングブーツと、水着に近い露出土の高いアーマーを装備しているので……谷間を拝めることができた。チラッと目に入ってしまっただけで。あくまでも……。
今までの会話がスムーズに進めたのが我ながらスゴイと思う。
チワンティーヌはマントを揺らし、背を向けた。
「数時間ほど、部屋を開ける。タンスを開けようと思うなよ」
「開けないよ」
「…………」
俺のつっこみにチワはニヤリと笑った。
「タンスの中には闇属性になれるローブがあるから……それを着て中庭に行こうと思うなよ。
部屋を出て左の通路をひたすら進んだら中庭に出られて池がある。そこに入ったら大変な事になるから入らないように。あと、メニは電源を切っていた方が良いだろう。光属性の機械がどう影響を受けるのかわからないからな」
わかりやすく脱走方法を教えるとチワンティーヌは部屋を後にした。
変身を解いてから、スマホの電源をきる。メニとコンタクトを取れなくなった今、完全に1人となった。
檻の戸を押したら普通に開いた。鍵もかかっていないようだ。
ローブを装備した俺は扉を開け左右を見た。
人、生物の姿はない。まあ、あったとしても、闇属性になる便利なローブをはおり、フードを深くかぶっているので大丈夫……だと思う。
「ローブの横に下着を置くか、フツー」
ぶつぶつと言いながら、俺は言われた通り左の通路を進む。
闇の城、要塞、正確な建物名は分からないが、さすが闇属性だけあって全体的に黒を主調としたシンプルなものだった。定期的に置かれている照明がコウモリ羽根つき1つ目のモンスターなのが、闇らしかった。
「一日中光っているのか? それとも交代制?」
疑問を口にしながらも、足を進める。メニと会話ができないから独り言になってしまう。
「ん?」
角を曲がろうとした俺はふいに後ろを向いた。
「!」
錯覚かと思ったら、違う、本物だ。本物の犬が今来た通路を走っていた。
「ラブリーな犬っ子だぁ!」
俺はもちろん、後を追った。ひたすら真っ直ぐ進んだ。薄灰色の背中としっぽを見せて、ハスキー犬は今までいたチワンティーヌの部屋まで行くとフードを深くかぶった灰色のローブ姿の人に変身して中に入った。俺も、もちろん中に入り、扉を閉めたら……
「ぐえっ」
壁に押しつけられ、背中に何か固い物に触れた。状態からして武器だろう。その状態に気がついてから全身に痛みを感じるほど、相手の動きは素早いものだった。
「無防備に入ってくるな、バカモン。罠だったらどうするんだ」
鋭い声だが安心して良い声だった。背中に触れていた物と押し付けられていた力も緩んでくれたし。
「ハスキー犬で喜んで後を追うのは俺しかいないから。大丈夫だろうと思って」
俺はフードを外し久しぶりの声に頬がゆるんだ。
「……。まあ、良い」
ハナも灰色のフードを外したが、その表情に笑顔はなかった。
「それよりもチワは?」
「数時間ほど部屋を開けるって出て行った」
「遅かったか……」
「何かあったのか?」
「チワに一秒でも早く知らせたい重要な情報を手に入れたのだが」
「渡せばいいだろう」
「そういうわけにも、いかないんだ。チワはこれから灰色の民が入れない区域にいる。切迫詰まっているから、チワに直接じゃないとならないんだ」
「なら、俺が行くよ」
提案にハナは首を振った。
「……お前には無理だ。そもそも、これは私たちの問題だ」
「俺たちは友達だろうが、バカモン」
「とはいえ、危険が高すぎる」
「何が危険だ。その情報がなければ、チワはもっと危険な目に会うじゃないのか」
「そうだが……」
「ならば行く。多少の危険に怯えてたら、救えるものも救えないだろ。俺も友達のために動く」
「友達か……」
「友達になった覚えはない、なんて言うなよ」
「……。そういえばそうだな」
「…………」
「冗談だ」
ハナはふふっと笑った。それからチワンティーヌの机に向かい、紙に文字を書いた。
「友達よ、このメモをチワに渡してくれないか?」
「もちろん」




