取り扱い説明
「寝込みを襲うとは不届き者め」
ハナは水色の目を俺に向けた。
「誤解を招くような発言を校舎で言うなっ」
爽やかな朝、俺は辺りを見回して言った。もちろん、犯罪には手をつけていない。
昨晩、ハナはハスキー犬に変身し俺のベッドを占領して眠りについた。寝る場所を失った俺は、コートや布団になりそうな服をかき集めて、リビングにあるソファーで眠ることにした。
枕を涙で濡らす事もできず、寝返りもできないソファーで窮屈な思いをしつつ、何とか朝を迎えたなと思ったら……ハスキー犬がソファーの下で眠っていたのだ。
「犬っ子の寝顔……幸せすぎるじゃねぇか」
『ハナ』という固有名詞を忘れ、犬っ子大好きテンションをあげた俺はソファーを降りて、寝顔を見ようと顔を近づけたら……目覚めたハナにかっぷりと鼻を噛まれた。
流血騒ぎにはならなかったが、冬の寒さが傷口に染みる……
「だいたいな、何でソファーの下にいるんだよ。俺のベッドを……」
学校に着いた俺は文句を言いながら教室の引き戸を開けた。
「…………」
そして閉めた。
「どうした?、健斗」
「……」
またいた。
昨日までいなかった奴が教室になに食わぬ顔でいるのだ。(もちろん、クラスメートは洗脳されているんだろうな)後方にいるハナではない、新たなる奴だ。しかも……
「閉めたら入れないだろう」
俺の動揺を知らず、ハナは引き戸を開けた。
「…………」
教室の中にいた『そいつ』はハナと俺の存在に気づいた。その者は、にこっと笑うと走りよってた。
「久しぶりっ」
そして抱きついた、ハナに。俺に抱きついてくれると思って構えていた自分が恥ずかしい……
「本当にハナなんだな」
抱きついた『その者』にハナも腕をまわした。
「本当だ」
教室はそいつとハナだけの世界に入ってしまった。俺はどうすればいいんだろうと考えていたら……クラスメートAが2人に話しかけた。
「ハナ、チワ。お前ら何しているんだ? 昨日も会っているだろ」
洗脳されたクラスメートのクラスメートAの発言により、我に返った2人は離れた。
「おう、お前らはいつぞかのケントではないか」
それから新しいクラスメートは俺に微笑んだ。奴は間違いなく、クリスマスに会ったチワンティーヌだった。
チワンティーヌ
クリスマスの商店街に突然現れた得体の知れない怪しい奴はチワンティーヌと名乗り、俺は彼女にプレゼントを渡すハメになった。(7話参照)
チワンティーヌという少々変わった名前だが、くりっくりの目をしたチワワのように可愛い童顔の女性だ。女性といえるのは大人の色気を漂わせているから。
「健斗、久しぶりだな」
「そうだな。また、会うとは思わなかったよ」
俺はチワンティーヌが差し出した手を握り返した。
洗脳されたクラスメートは首をかしげる光景であるが。白金色の髪をツインテールにした童顔美女はにっこりと笑う。大人なのに童顔だからか、高校の制服も似合っている。
洗脳されてしまったクラスメートは2人をハナとチワと呼んでいた。どうやら、チワンティーヌは『チワ』が愛称になっているようだ。
「お前ら、友達だったんだな」
昼休み、俺とハナは屋上に上がり母親が作ってくれた弁当をパクついている。というよりも、その友
達であるチワンティーヌはいない。今頃、メニと食堂でカレーうどんを食べている。
「健斗も知り合いだったとはな」
ハナはタコさんウィンナーを一口で頬張り『うまい』と表情で感想を述べた。
「友達なのに、何で一緒に食べないんだ?」
聞いたら、ギロっと睨み付けられた……
「お前のせいだ、バカモン」
「え?」
「私とチワは属性が違う。だからめったに会えないのだ。久しぶりに会えたからチワとの時間を優先したいというのに、お前がいるから……」
ハナから恐ろしいオーラが漂い、今にも噛みつきそうな鋭い目を向ける。
「それって俺の監視があるから?」
「監視ならチワがいてもできる。上に提出する書類は適当にする」
おいおいおい。チワンティーヌが来たら一気に変わったな……
「ここで2人になった理由はただ1つ。チワの取り扱い方を教えるためだ」
「チワンティーヌの取説って……どういう事だ?」
「チワは、私の友達、いや親友であるが彼女は闇の副将軍チワンティーヌでもある」
ハナの言葉に俺は唐揚げを落とした。幸いにも弁当の蓋に落下したので、食べる事ができたが。
「チワンティーヌが副将軍だと? あいつ、がぁっ」
最後の言葉は物が当たった時のうめき声である。
「ハナ、箸入れを投げるなっ。当たると痛いんだよ」
「チワを侮辱したからだ、この無礼者めが」
「……ゴメンナサイ」
「いいか、チワは闇の副将軍で闇側の面目を守るため、6日後にお前を襲撃する」
「え……6日後?」
「ああ。私が人間世界で滞在する期間ギリギリまでチワはお前に手を出さない」
…………
「それはハナと一緒に遊べるからか?」
「ああ、そうだ。チワも副将軍としての仕事があるからな。周りにはなんらかんらの理由をつけているだろう」
ハナはお茶をすすると、空っぽになったお弁当の蓋を閉じる。俺も同じ作業を進めていたが、気になってならない事を口にした。
「おかしくないか?」
「何がだ?」
「お前とチワンティーは親友なんだろう。なぜ、お前に暗殺部隊を仕向けたんだ?」
「仕向けたのはもっと下の奴だ。チワは闇属性の軍を率いる。将軍である闇の王を覗けば事実上トップの地位を持つ。大勢いる部下の全ての行動を把握するのは不可能だ。
それに親友だからといって闇以外の属性に暗殺を中止することはできない」
「親友に? おかしいだろうが」
「おかしくはない。それが属性にたつものの指名だ」
ハナは立ち上がり水色の冷たい視線を向けた。
「私達は約束した。襲撃されても私達は助けない」
「なぜだ?」
「親友であるからだ。
親友だから相手を守りたい。しかしそれは同属から見れば反逆罪とみなされる場合もある。降格どころか死罪だってある。でも、助ける以上は自分の地位を捨ても構わないと思っている。相手が助かるのであれば、それで良い。
でも、そのことを知れば、相手はどうなる? 相手の方がもっと傷つく」
「……」
「私達はその先の相手の気持ちを考えて、この約束を交わした。それでも親友でありたいから」
「……」
まっすぐ見る水色の目は透き通っていた。
「生半可な優しさは相手を悲しませるだけだ」
ハナの言葉に俺は反論できなかった。
「6日後、気を付けろ」
それを言うと、ハナは俺に背を向けて歩き出した。




