決戦
異火にきて、約一ヶ月がたった。
アンズとオウトウはコーヒーを飲みながら語り、オウトウはいつもの椅子で新聞を読んでいた。
「モモちゃん、どうしたぁ?」
黙って窓から外を見ているモモに、ウメが話しかける。
「紙。」
「・・・紙?」
「いっぱい飛んでるの。」
たしかに、紙がたくさん舞っていた。
『号外!』の文字だけは見える。
「・・・なんじゃろうなぁ???」
ウメは窓を開けて、中に入ってきた紙を手に取った。
「1週間後に決戦・・・?!」
「どうした?」
紙を見ながら目を丸くするウメに、オウトウが話しかけた。
「これみてくださいな!!!」
「ん・・・?」
【号外!戦争終了、1週間後に異火中央山のふもとの大平野にて最終決戦を行う。25歳以上60歳未満の男とそれ以外で参戦を希望するものは、それぞれの地区の役所に集まるように。】
「・・・ということは、僕はでなければなりませんね。」
「わしもいくぞ、これでも体力と戦術には自信がある。」
オリーブはこの1ヶ月間に何度かオウトウが敵を倒しているのを見ていたので、とめようとはしなかった。
「でも・・・」
心配そうに2人を見るアンズ。
「大丈夫じゃよ、そう簡単に死にゃあせん。」
そんなアンズをなだめながら、ウメは言った。
「しかし、なんで急にそんなことをいいだしたのかねぇ・・・」
このことについてなにかやっているかもしれないと、オリーブはテレビをつけた。
『速報です。上皇様が、1週間後の最終決戦で似地との戦いをおわらせると―――・・・』
アナウンサーは、懸命に戦いについての説明をしている。
『・・・これは王様が考えた案だそうで、え~・・・あ、今、最新情報が入ってきました。この話の原点は、似地からきたこの3人の子供達だそうです。』
「あぁ、あのロケットはそういうことだったのか・・・」
先ほど外から大きな音がしたので見てみたら、町の近くにある高台にロケットがあったのだ。
テレビに写真が映る。
まさにそのロケットをバックに、女の子2人と男の子1人が写っていた。
最初は何気なくみていたオリーブだったが、何かを感じ、その写真をよく見ようとテレビに近づいた。
「・・・!!!これ、紗由じゃないか?」
震えた声で言うオリーブ。
「え?嘘・・・」
「あ、お姉ちゃんだ!」
「・・・紗由!」
紛れもない、紗由が写っていた。
「へぇ、この子が・・・たしかに似てるねぇ。」
「しっかし、娘さん度胸あるのう・・・大変なことに首を突っ込んだもんだ。」
「・・・あの子が・・・」
アンズは、信じられない思いでいた。
アンズ・・・優から見た紗由は積極的なんかじゃなくて、むしろおとなしい子だったからだ。
いつも周りの目を気にして、失敗をおそれ、面倒なことには決して首を突っ込まない優等生。
そんな紗由が・・・
「・・・成長したんだなぁ」
オリーブ・・・元も、同じ気持ちでいるようだった。
「・・・なにがあの子を成長させたのかしら?」
「この緊迫した状況と、多分・・・この男の子じゃないかな?」
写真のなかで、紗由と男の子・・・ナツミカンは、顔を見合わせて笑っていた。
「・・・ミカン?起きてる?」
夜中の12時。
ナツは隣のミカンの部屋を訪ねた。
「ナツ?どうした?」
「寝れなくてさ・・・」
「・・・やっぱりナツもか。」
明日は、とうとう最終決戦の日なのだ。
2人とも寝付けないでいた。
「1週間ってさ、こんなに短かったっけ?」
ナツはベットのそばにある椅子に座った。
「さぁな・・・」
ミカンはそう呟きながら、ベッドの上であぐらをかいた。
「・・・不覚にも楽しかったな、この1週間。」
「不謹慎かもしれないけどね・・・うん、楽しかった。」
王宮の豪華な料理を食べ、豪華な風呂に入り、豪華なベッドで寝て、普段は出来ないようなゲームで一日中遊んで・・・
夢のようなひと時だったのだ。
「・・・明後日の世界はどうなってるんだろうな?」
「・・・さぁ。すごく平和かもしれないし、そうじゃないかもしれないし・・・」
「俺たちがやったことが良い方向に行くとは限らないよな・・・」
「・・・でも、なにもやらないよりはいいんじゃない?」
「それもそうだな。」
少しの沈黙。
「・・・あたしさ、この世界にきた最初の1週間位は寂しくて不安で怖くて・・・どうしても元の世界に戻りたくて、あんたに内緒で何度かあの木の下に行ってみてた。だけど、戻れなかった・・・。」
「・・・」
「・・・もしあの時あたしが戻れてたら、この世界はどうなってたのかな?」
「・・・少なくとも、ここまでうまくいってなかっただろうな。俺は殺されてたかもしれない。」
「・・・不思議だよね。」
「ん?」
ミカンはきょとんとした顔で、ナツを見た。
「最初はあんなに戻りたかったのに、今はここにいたいと思ってる。」
「!」
「時間を重ねるごとにここに馴染んできてて・・・もし明日に元の世界に戻れるって言われても、うれしいとは思わないかもなって。」
「・・・戻りたくないのか?」
「そんなことはないよ。友達にはあいたい。だけど・・・もし今戻ったら、ミカンに会いたくなって、またこっちにきたばかりのときみたいな気持ちになると思うんだ。」
「!!」
「1ヶ月ってさ、短いようで長いんだね・・・」
切なげにうつむくナツ。
シビアな話なのに、なぜだか2人の心は温まっていた。
「・・・ん」
ミカンが目をあけると、隣にナツがいた。
一瞬驚いたが、昨夜の会話を思い出して胸をなでおろす。
「あのまま寝ちゃったんだな・・・」
そのままぼーっとナツをみつめる。
「(・・・可愛い)あれ?何考えてんだ俺・・・///」
「ん・・・あ、ミカン・・・って、ミカン?!」
「おはよう」
「あ、そっか、びっくりした・・・おはよ。ごめんね?このままねちゃって」
「いいよ、別に。・・・今日だな。」
「・・・今日、かぁ・・・なんか憂鬱」
「・・・他の方法はなかったのかな?」
「さぁ・・・でもさ、もしかしたら王はもっと先を読んでるのかもね?」
「・・・どうだろうな。でも、いい人だしな・・・」
「ね。・・・ご飯食べにいこっか。」
「食欲ねぇけどな・・・。」
2人は部屋を後にした。
食堂に行くと、ユズがいた。
「おはよう。とうとう今日ね・・・」
「うん・・・」
「おはよう」
「!王・・・」
入り口に王が立っていた。
「・・・今日、あたしたちは何をすればいいんですか?」
「戦闘を見守っていてほしい・・・それだけだ。」
「・・・はい。」
「引き下がるか下がらないか・・・旗を持つのは上皇じゃない、俺だ。」
「「「!」」」
てっきり上皇がやるものだと思っていた3人は、驚いておもわず王を見た。
「・・・お互い飛び出さないように頑張ろう!」
王は爽やかに笑い、その場を後にした。
西は異火、東は似地。
3人が現地についたころには、兵士たちはすでに山に囲まれた平野の端と端にスタンバイをしていた。
そして、それぞれの一番端の少し高台になったところに、両星の王が険しい顔で座っていた。
西・・・異火の王の少し後ろにある小屋。
そのなかに上皇がいるのであろう。
3人は平野のちょうど真ん中に当たるところの高台にいた。
兵士たち1人1人の顔がギリギリ見えるか見えないか位の位置である。
ナツは時計を見た。
戦いまで・・・あと10秒。
正面にいる鼓笛隊が構え始めた。
5、
4、
3、
2、
1・・・
パーーーーーン・・・
鼓笛隊の合図とともに、兵士たちが動き出した。
「あ・・・!」
その中でナツは2人、目に付いてしまった。
間違いなく、あれは・・・
そう思ったとき、隣にいたユズが身を乗り出していた。
ミカンも見つけたようだ。
「「「イヨカン・・・!!」」」
イヨカンも、召集されていたのだ。
ユズは、自分の首に下げていたペンダントをとり、強く握った。
そして、ナツはもう1人・・・
「・・・パパ」
「え?」
「パパが、いた」
「!」
父を見つけた。
こんなに大勢の兵士がいて、こんなに距離があるのに、なぜ見つけてしまうのだろう・・・
「イヨカンっ!!!」
「ユズ姉?!」
ユズがさけぶと、イヨカンが一瞬、こちらを向いた。
ユズが握り締めていたペンダントを投げる。
イヨカンが、笑った。
―――ワーーーーー・・・
「「「!」」」
イヨカンの姿が見えなくなった。
「イヨカン!!!!!」
「おい、ユズおちつけ!」
今まで、年上だからと爆発したいのを我慢していたのであろう・・・
暴れだしたユズを、ミカンが必死におさえた。
「イヨカンが死ぬわけねぇから!!」
自分でそういいながらも、ミカンはかなりの不安を覚えていた。
ナツはペンダントを握り締め、ただ、祈った。
「(・・・パパ、無事でいて・・・)」
「(・・・さっさと終わらせたいのだが・・・)」
王は、似地の王を見た。
向こうも同じ思いなのか、まっすぐに王をみている。
王はちらりと後ろにある小屋を見た。
窓から上皇が見える。
・・・笑っていた。
「(あの人はどんな神経してるんだか・・・はぁ)」
王は一瞬、父である上皇を睨むと、前をみようとした。
その瞬間、上皇が王を見る。
・・・鋭い目で。
まるで、自ら引くようなことはするなと、念をおすように・・・
「(・・・まいったな)」
条約がなくなっても、同時にあげないと負けたほうの民は差別を受けることになったりする可能性もある。
片方が先にあげるわけにもいかないのだ。
王が似地の王を見て首を横に振ると、表情までは見えないものの、がっくりと肩を落としたのが分かった。
王は下で戦う兵士たちを見た。
・・・ただここに座っている自分に、もどかしさをかんじる。
王はため息をついた。
「(やっぱり俺は、皇族なんかよりも民のほうがむいている)」
王を見た後、少し後ろを向いてから首を横に振る異火の王。
「(・・・やっぱり駄目か)」
王はがっくりと肩を落とした。
それから、3人を見る。
ミカンは何も考えていないようで、ぼーっと全体を見ている。
ユズは座り込んでいるのか、頭しか見えない。
ナツは何かを握り締め、ただ一点を見つめているように見えた。
次に、兵士をみる。
・・・激しい戦闘。
開始から10分程度しかたっていないのにもかかわらず、血を流しているものが多く見られた。
「(・・・やはり、今すぐにでも終わらせるべきだ。)」
もう一度、異火の王を見る。
向こうも同じことを思っていたのか、チラッと後ろを向いてから、まっすぐに王を見て頷いた。
「・・・ママ?」
モモが、心配そうにアンズに話しかける。
アンズはただ黙って、戦闘の中継をしているテレビをみつめていた。
「・・・モモちゃん、向こうであそぼうかねぇ?」
「・・・いい」
珍しくウメの誘いを断るモモ。
モモも、子供とはいえ立派な小学生。
この戦闘が大変で、そして大切なことくらいは分かっていた。
「・・・アンズちゃん、心配していても何も始まらんよ」
ウメがそういうと、アンズはテレビから目を離さずに首を横に振った。
「・・・娘が、一度も目をそらさないんです。」
「!」
「現地にいる娘が・・・ずっと、戦闘のようすを見続けている。」
平野の端の少し高台になったところにいる女の子。
「そりゃあ不安ですけど・・・母親として、娘にはまけていられないんです。」
ウメはため息をつき、わらった。
「そりゃあ、わいも負けてられんなぁ」
「(・・・まだ終わらないのかな?)」
もはや父の姿も見えない。
まだ大勢立っているとはいえ、負傷者も十分にいる。
よく見えないので分からないが、、きっと、死者もでているだろう・・・
1分が1時間に感じる。
ナツは、横目で王をみた。
2人の王は、決心した顔で頷きあっていた。
「・・・ミカン、ユズ姉。」
「・・・ん?」
「・・・終わるよ」
「「!」」
その瞬間・・・
バッ
2人が同時に旗を揚げた。
パーーーーー・・・
全員の動きが止まる。
2人の王が立ち上がった。
「「これで、長年続いた似地対異火の戦法力対決戦を終了とする!結果は引き分け!!」」
一瞬、あたりが静まり返る。
そして・・・
オォォーーーーーーーーーー・・・
歓声が響き渡った。
「・・・おわったんだね」
ポツリというユズ。
この瞬間、何人の人が涙したことだろう・・・
王が立ち上がりその場を去ろうとすると、上皇がでてきた。
「お前・・・!」
「いいじゃないですか、これからどうなるにしろ、民が喜んでいることに違いはない・・・それに、私の目的は達成されましたし。」
「?!」
「私は決して勝ちたくはなかった。ただ、戦争を終わらせたかった・・・それは、あの3人も、そして民たちも同じです。」
言い切った王に、上皇は何も返せなかった。
「・・・なにか文句はありますか?」
「・・・参った。わしの完敗じゃ。」
「・・・ミッション成功?」
ナツがミカンに問う。
「成功じゃね?」
「・・・やったね♪」
「あぁ♪」
2人は顔を見合わせ、笑った。
そんな2人を見てから、ユズは立ち上がっていった。
「・・・イヨカン探しに言ってくる」
「!俺もいくぜ。」
「あたしも!パパも探したいし・・・」
下におりると、科学地区から集められた医師団がせっせと負傷者たちを運んでいた。
そのうちの1人に話しかける。
「あの、負傷者たちはどこに?」
「あぁ、あそこのテントですよ。」
男の人が指した方向に、白いテントがいくつかあった。
「ありがとうございます!」
3人ではしる。
「どこにいるかな・・・」
「ナツはさ、お父さん探してきなよ。」
「いいの?」
「あぁ。イヨカンみつけたら知らせるからさ。」
「ありがとう!!」
ナツは一番奥のテントに入った。
「・・・う」
薄暗いテントのなかで、喚き声が響く。
ナツはおもわず入り口で立ち止まったが、意を決して奥へ進んでいった。
「(違う、違う・・・)」
横たわる、沢山の男達。
さほど傷の目立たない人がいれば、もはや顔も分からない人もいた。
そして、最後の一人。
「(・・・違う。)」
ここではないようだ。
外に出て、次のテントに行こうとした・・・が。
「・・・ん?」
真ん中にある1つのテントがなぜか目に入った。
ナツはそこへ入り、また探し出す。
「(違う、ちが・・・)あ!」
ナツがいる場所から3人挟んだ場所で横たわる男の人。
紛れもない・・・
「パパ・・・!」
父だった。
「いたか?」
「全然・・・」
両端からせめて行った2人。
どのテントにも、イヨカンらしき人はいなかった。
そして、最後・・・真ん中のテント。
2人は顔を見合わせうなずくと、同時に中に入った。
一人ひとり見ていく・・・
ドンッ
「あ、ごめんなさい!!」
ユズは誰かにつまずいた。
「いえ・・・って、ユズ姉!」
「!ナツ!」
下を見ると、少々目がうるんでいるナツがいた。
「誰だ・・・?」
そのさらに下で、小さいがしっかりした声がする。
包帯も大して巻いていない・・・軽症なのだろう。
そしてよく見ると、ナツと同じ目をしていた。
「・・・ナツ、お父さんみつけたんだ♪」
「よくわかったね♪うん♪」
「・・・?」
「あ、この人はね、さっき言ったユズ姉♪」
今までのことを話していたのだろう・・・ナツの父は納得したようにうなずいた。
「ナツ!」
「ミカン!・・・あ、で、こっちがミカン♪」
「おぉ・・・」
「あ、ども・・・お父さん見つけたんだ?よかったな!」
「うん♪・・・イヨカンは?」
ナツが問うと、ミカンもユズも首を横に振った。
「全部のテント見たんだけど・・・」
「また増えてるかもしれない・・・探してくる!」
「あたしも!」
「あ・・・」
「・・・ナツ、行って来なさい。」
「!・・・ありがとう!」
3人はテントを出て行った。
「・・・可愛らしい娘じゃな♪」
「でしょう?自慢の娘ですよ♪」
オリーブは、隣で横たわっているオウトウに笑いかけた。
2人とも、多少の傷はあるものの、たいしたものではなかった。
「あ、一個増えてる!」
「本当だ!」
いつの間にか、テントが一つ増えていた。
3人は中に入り、探し始める。
「(・・・あれ)」
探し始めてまもなく、ミカンはなにやら紐を握り締めている人を見つけた。
死んでいるのか、重症なのか・・・顔に布がかかっていた。
「(・・・いやな予感)」
近寄って、恐る恐る顔にかかっている布を取ってみる。
「・・・やっぱり」
ミカンはその場に座り込んだ。
泥やらなんやらでぐしゃぐしゃだったが、それは紛れもない・・・イヨカンだった。
何かを察したのか、2人がミカンに近寄る。
「「・・・!!」」
ミカンの足元にいる人が誰だか分かった瞬間、2人も立ち尽くした。
「・・・イヨ、カン?」
「嘘・・・嘘!」
ユズが、イヨカンの体をゆすった。
「起きてよ!イヨカン!」
「ユズ!」
「ユズ姉!!」
2人がとめに入ろうとした、その時。
パシッ
「「「!」」」
「・・・ユズが取り乱す、なんて、らしく、ない、な・・・」
途切れ途切れだが、確かにそういった。
「イヨカン!」
イヨカンの目が、うっすらと開く。
「・・・お前等、よく、やったな・・・」
そういって、うっすらと笑う。
「無理して喋るな!」
「ごめんな・・・」
「イヨカン・・・!」
「・・・生き、ろよ」
・・・これが、最期の言葉だった。
「「「イヨカンーーーー!!!!」」」
テント内に3人の声が響く。
様子を見守っていた周りの人は、静かに目を逸らす。
ユズは、イヨカンが最期まで握り締めていたペンダントを持ち胸にあて、崩れ落ちた―――。