交渉
「・・・すごい」
まるで天国のイメージをそのまま形にしたようだった。
花の甘いいい香りが漂い、太陽の光がさしているわけでもないのに暖かくて明るい。
「こちらにお乗りください。」
出された馬車もかなり豪華だった。
「・・・ありえない」
自分がこんなところにいるなんて・・・と、ユズが呟いた。
その言葉に、ミカンとナツも頷く。
いままでいた世界が嘘のようにも感じられた。
しばらくすると、馬車がゆっくりととまった。
「こちらです。」
今までみてきた建物も相当なものだが、それらも比べ物にならないほど大きく豪華な建物。
「これが王宮・・・」
「どうぞこちらへ。」
案内されて上に上がる。
「こちらでおまちください。」
最上階の一室に入った。
「わぁ・・・!」
部屋の隅についていた窓から外をみると、金色の世界がそこにあった。
「すっげぇ・・・」
「わぁ・・・」
皆がみとれていると・・・
ガラッ
「「「!」」」
3人はすぐさま座敷に正座した。
「いい景色だろう?」
1度だけ本で見たことのあるこの星の王は、にこやかに笑った。
「こ、こんにちは・・・」
緊張からか頭が真っ白になり、今まで考えていた言葉がでてこない。
「ははは、そんなに緊張しなくても大丈夫じゃよ。」
気さくに笑う王。
・・・意外だった。
もっと頑固で、怖そうなイメージをもっていたのだが、全く正反対の印象をうけた。
「で、ナツという地球人は・・・君か?」
ナツをさして王が言った。
「はい・・・」
「本名は?」
「へ?」
「地球での名はと聞いておる。」
「あぁ・・・紗由、本木紗由です。」
久々に自分の名前を口にした。
たった一ヶ月なのに、とてつもなく懐かしく感じる・・・。
「紗由か・・・良い名じゃ。」
「ありがとうございます。」
ナツ・・・紗由は、にこやかに笑いお辞儀をした。
「紗由は日本人だろう?」
「はい。」
「地球人のなかでも特に日本人が好きじゃ。礼儀正しいし、誰に対しても優しく笑う・・・」
「・・・そうでしょうか?」
たしかに愛想笑いが得意な人は多いかもしれないと、紗由は思った。
「で、用件はなんじゃ?」
「あ、はい。あの・・・長年続いてる戦争。あれをとめてほしいのです。」
「!」
王は驚いたように目を丸めた。
「私はここにくるまで、いくつかの町を見てきましたが・・・残酷な世界がひろがっていました。この中心地区にいては分からないかもしれませんが・・・」
何も言わない王。
紗由は不安になって、おそるおそる顔をあげると、王の顔は意外と穏やかだった。
「・・・紗由がはじめてじゃ。」
「え?」
「戦争をとめてくれと、堂々と言いに来たのは・・・」
「!」
意外な返事だった。
「地球の日本人は好きじゃ。ただ、少し臆病なところがあっての・・・わしから戦争についてどう思うか問うたことがあるんじゃが、目を伏せて黙り込んでしまった。」
「・・・」
「そして、似地人もわしを恐れてここまで来ることはない・・・後ろにいるそなたたちも、たいした度胸じゃ。」
「「!」」
2人はただ、恐縮して頭を下げていた。
「おぬしらは10代の子供だろう?よくまぁ・・・。そんなおぬしらのためにも戦争を止めたいところじゃが・・・それはかなわぬ。」
目を伏せる王。
「「「?!」」」
「・・・なぜですか?」
「『何があっても異火崩落まで引き下がるな』・・・前の王に言われたことじゃ。」
「「「!」」」
「先に引き下がったほうが、自ら自分の星を崩壊させ、誰一人として逃さないこと。・・・そういう厄介な条約を立ててしまったんじゃよ。」
これで、この温厚そうな王が全く引き下がらなかった理由がわかった。
王は王なりに、星民をまもっていたのだ・・・。
「なぜ・・・」
「それはわしにも分からない・・・随分前の王が決めたことじゃ。だから、異火の王もわしも引き下がれないでいる。」
「・・・ちょっとまってください。」
そこで、ミカンが口をはさんだ。
「どうせもう前の王はいないわけですし、その条約を取りやめることはできないのですか?」
すると、王は首を横に振った。
「・・・今はできぬ。」
「「「!」」」
「異火の王もとても良い人だそうだ。だが・・・異火には王のうえに上皇がいてな。そちらがとても真面目な方で・・・条約の取りやめなどありえない、と・・・」
そのとき、3人は少し光が見えた気がした。
「・・・じゃあ、その上皇を説得すればこの戦争は終わるかもしれないのですね?」
「!・・・それはそうだが・・・」
「・・・だが?」
「かなり危険だぞ。上皇のほうは気性が荒いらしくての・・・」
そういうことなら、とミカンが呟く。
「正直王は頑固で気性が荒いものだと思っていました・・・皆もそれでよってこない。しかし、俺たちはここまできた。」
「・・・!」
「私たちはとうに覚悟できているんです。」
「・・・」
王は、不意をつかれたように黙り込んだ。
「・・・私たちを、異火に行かせてください。」
「「「お願いします!!!」」」
3人は、必死に王に頭を下げた・・・。
「・・・分かった。」
「「「!」」」
「今すぐロケットの手配をしてやろう。わしが行くことはできぬが・・・たのんだぞ。」
「「「ありがとうございます!!!」」」
王は立ち上がると、家来に何かを告げ、3人のほうを向いた。
「おぬしらも来なされ。」
「おいしい・・・!」
「だろう?遠慮せずにどんどん食べなされ!」
「ありがとうございます!」
王は3人のために、夕飯を用意してくれた。
見た目も華やか、味も格別。
「こんなもの食べれるなんて・・・」
ユズは感動のあまり泣きそうになっていた。
「でも、いいんですか?私たちのわがままを聞いていただいたうえにこんな・・・」
「いいんだよ、わしも望んでいたことだ。おぬしらには感謝しておる♪」
にこやかに笑う王。
「あ、一つ・・・私を紗由じゃなくてナツと呼んでいただいてもよろしいですか?」
「!」
ミカンが驚いたようにナツを見た。
「この世界ではナツなんです♪」
「ナツ・・・」
ミカンはその言葉に、うれしそうに笑った。
「あぁ、分かった。ところでなぜおぬしはナツなんじゃ?」
「ミカンがつけてくれたんです。2人あわせて夏みかんって♪」
「あぁ、だからナツなんだ・・・」
ユズが納得したようにいった。
「って、ユズ気づいてなかったのか?!」
「いや、勘付いてはいたけど、まさかな、と・・・」
「それどういう意味だよ!」
「ははは・・・いいセンスじゃな、ミカン君♪」
「!あ、ありがとうございます・・・」
王には頭があがらないミカン。
今まであんだけ王を侮辱してたくせに・・・と、ナツは心の中で笑った。
そして、出発のとき。
「では、気をつけるのだぞ。」
「はい。」
「・・・ナツ、これはなんじゃ?」
そういって、首にさがっている紐をさす王。
「あ・・・!これ、お守りです♪」
そういいながらナツはペンダントを見せた。
「ほぅ、綺麗じゃの・・・」
「ありがとうございます♪」
すっかりこの存在わすれてた・・・と、内心あせっているナツ。
ミカンはそれに勘付き、笑いをこらえていた。
「(あぁ、もう!!)では、いってきます♪」
「たのんだぞ!」
王に笑いかけ、ミカンをひと睨みすると、ナツは先にロケットにはいりこんだ。
3、2、1・・・
ゴォォォォ・・・
しばらくすると、雲がなくなり星が見えた。
「わぁ・・・」
「宇宙かぁ・・・」
「なんか簡単に星出ちゃったね・・・」
「・・・あ、ユズ姉。」
「ん?」
「これ、イヨカンさんから。」
「!!」
ナツはもう一つのペンダントをとりだした。
「ありがとう・・・なつかしいな、イヨカン」
「ていうかさ、ナツ、この存在忘れてただろ?」
「うるさいな!いろいろありすぎて頭いっぱいだったの!」
言い合う2人を笑いながら見るユズ。
外をみると、青い星と赤い星がみえる。
そんなこんなで、異火にはすぐについた。
「まぶしっ・・・」
下に下りると同時に、光がさした。
「・・・ユズ、あれなに?」
「・・・さぁ?」
「え?なにが?」
「あれ。」
さされたほうをよく見る。
「・・・!太陽!」
「え?!あれが・・・?!」
夕方だろうか。
真っ赤な太陽が照っていた。
「でも、本で見た太陽とちょっとちがう・・・」
「夕方だからじゃないかな?太陽も角度とかによって見え方がちがうんだ。」
「へぇ・・・明るいね。」
「あったかい・・・」
「だね♪」
久々に見る太陽。
ナツの心は自然と温まっていた。
ロケットがついたところは、近辺の町が見渡せる高台だった。
・・・この町のどこかに、家族がいるかもしれない。
「皆を救うためにも、うまく話しをつけないと・・・」
「・・・そうだな。」
「・・・いきましょう!」
「「おう!」」
3人はロケットの操縦士に見送られ、ゆっくりと歩き出した。
しばらく歩くと見えてきた、大きな建物。
「あそこが王宮だよね・・・」
似地の王宮より輝きは薄いが、建物自体は異火のほうが大きい。
門の兵士に王にもらっておいたチケットと文を見せ、中に入る。
階段を使って、最上階へ向かった。
「っと・・・ここ?」
「みたいだね・・・」
最上階につくと、広い空間にたどり着いた。
奥のほうは一段上がっていて、白いカーテンがかかっている。
きっと、その奥に上皇と王がいるのであろう。
「あの・・・」
恐る恐る声をかけるユズ。
『そなたが地球人のナツとやらか?』
どこからか声がした。
「・・・はい。」
『よくきたな。』
カーテンの向こうに、人影が2つ現れた。
多分王と上皇であろう。
『大体の用件は似地の王からの文で聞いておる。・・・この戦争を終わらせてほしいと?』
「はい。大昔に条約を結んだそうですが・・・それを解除し、この戦争を終わらせてほしいのです。」
言葉を濁しても無駄なので、ナツは単刀直入にそういった。
すると、クックックッ・・・と、笑い声が聞こえてきた。
『そんなもの、無理にきまっておるだろう?条約の解除などしたら、どんな天災が襲ってくることやら・・・恐ろしくて想像もできぬ』
そういうことか、と、3人は納得した。
この上皇が条約の取りやめをしない理由。
条約を解除させる=先祖に逆らう
そのような考え方が昔から根付いているのだろう。
真面目というだけでなく、自分が条約を解除することで先祖が怒り、天災が来ることを恐れているのだ。
「天災・・・ですか。」
ユズが呟く。
少しあきれているようにも聞こえた。
『あぁ、戦争よりも恐ろしい、天災がな。』
ナツは少し考えると、口を開いた。
「・・・上皇様のお考えも十分に分かります。しかし、ときには変化というものも必要だと思うのです。」
『・・・なぬ?』
上皇の声が鋭くなった。
「たとえば、テレビ。初代のテレビは白黒で音声もあまりよくなく、無駄に大きく、決して見やすいものではありません。が、当時はそんなものは勿論他にありませんでしたし、とても便利な新製品として多くの人の憧れの的になりました。しかし今は、カラーで薄型で音声もよくて・・・人類の生活必需品となっています。だからこそ、初代のテレビはもうほとんど見当たらない。」
『それと戦争の話しに何の関係がある?』
「同じですよ。この戦争だって、はじめは意味があったかもしれません、それぞれの科学の発展のためにも。しかし今はどうでしょう?ただの力比べでしかも互角。メリットなんてありますか?初代のテレビのように、欠点だらけで必要のなくなったものは捨てていく・・・それが、現代社会です。」
『・・・』
「昔と今は違います。星は確実に変化しているんです。天災以前に、こうやって話している間も、誰かがどこかでこの戦争が原因で死んでいるんですよ?天災が起こるかどうかはなってみないと分からない。でも、この戦争が原因で悲しんでいる人がいることはたしかなんです!」
ナツは話している間に、いつの間にか熱情的になっていた。
はあっと、一呼吸をおく。
「現実と想像、どちらを優先にお考えになりますか?」
『・・・』
完全に黙り込んだ上皇。
後ろでユズとミカンがはらはらしながら見守る。
『・・・私は、現実を優先に考えるほうに賛成します。』
「「「『!!!!!』」」」」
聞こえてきた声が、違う。
先ほどまでよりも若い感じがした。
『・・・お前』
『天災なんて馬鹿げた話の前に、今困っている民を助けることを最優先することが、我々の義務だと思うのです。』
声の主は、王だった。
『お前は口をはさまなくていい!!』
『私だって、この星の王です。口をはさむ権利くらいはあるはずですよ?』
『・・・』
上皇は、王の初めての反論に戸惑っていた。
それは、ナツたちも同じである。
『ナツとやら?』
「!はいっ」
『おぬしらの勇気はすごいものだ・・・私も心を動かされた。そして、気づかされた・・・礼を言うぞ。』
そういいながら、カーテンからでてきた若い男。
「「「!!」」」
『お、お前・・・!!!!』
「私も、そなたらの意見に賛成するぞよ。」
「あ、ありがとうございます・・・!!!」
驚きずぎて、ナツは涙がでそうになった。
差し出された手を握り返した、その時。
『うるさいうるさいうるさーーい!!!!!』
「「「「!!」」」」
空気が張り裂けるような怒鳴り声。
カーテンの向こうで、上皇が暴れているのがわかった。
『天災ほど怖いものはないのだ!そのことかまだわからんのか?!』
「・・・この期に及んでまだ言い切るのですか?」
『天災を馬鹿にしておると痛い目にあうぞ!!!』
どうやら、自分のプライドが許さないらしい。
「こうなるとどうにもならないんだよなぁ・・・」
王がため息をついた。
「・・・ナツ殿。」
「はい・・・?」
「犠牲者が多数でてしまうと思うが・・・それでもいいかえ?」
「!!!」
王にはなにか考えがあるようだ。
ナツが後ろを振り返ると、ミカンとユズは首を縦に振った。
「・・・分かりました。じゃあ、1週間後、それぞれの地区から25歳以上の男を15人ずつ集めて、最終決戦を行うというのはどうでしょうか?」
「「「『!』」」」
「観覧は自由で、戦法も自由。王が白旗をあげたら負けという、シンプルなルールで・・・。仮に同時に旗をあげたとしても、この先戦うことはなし。上皇、これでどうでしょう?」
冷たい空気が流れる。
上皇は、ため息をついた。
『・・・そなたがそこまでいうなら・・・それでよしとしよう。』
「「「「!!!」」」」
『最終決戦・・・そなたにしては、なかなかいい案じゃ。』
「じゃあ・・・」
『それが最後じゃ。その先は二度と戦争はやらない。』
「!ありがとうございます!」
決戦となれば、犠牲者は多数でる・・・そこに関してはまだ納得いかないが、とりあえず戦争は終わらせられる。
『今すぐ通知を出せ。勿論、似地にもじゃぞ。』
「はいっ」
その場にいた家来が走っていった。
『・・・わしは寝る。』
「「「『え・・・?!』」」」
カーテンの向こうの影が消えた。
「・・・ごめんな、身勝手なんだよ、あの人は。」
「・・・あれ?言葉・・・」
急に言葉遣いが変わった王は、ミカンに笑いかけた。
「俺、本当はこういうの嫌でさ。普通の民になるのが夢だったんだ。さすがにもうあきらめたけどな・・・いまだに君みたいな少年を見ると羨ましく思うよ。なんて、贅沢かな?」
「・・・意外」
「ははっ、こんなところ身内に見られたら怒られる。」
そういいながら笑う王。
「君たち、お腹すいたろ?夕飯にしよう。決戦までの間、ここでゆっくりしていきなさい。」
「「!はい!!」」
「ありがとうございます!」
「君達には本当に感謝してるからさ。」
「こちらこそ・・・フォローありがとうございました!」
「いやいや・・・君たちの勇気に心を動かされただけだよ。むしろ、謝りたいくらいだ。あんな案しかだせなくてすまなかった。」
「いえ・・・いいんですよ。仕方がなかったんですから。もとはといえば、途中から熱情しちゃったあたしが悪いんですし・・・」
「ナツは悪くないよ!・・・少し残酷かもしれませんけど、戦争が終わるなら。」
「少なくとも、もう兵士に殺される子供はいなくなりますからね!」
そういって笑う3人を見ながら、王も笑って、くるりと後ろを向いた。
「さぁ、行こう。」
王の後姿を見ながらナツは改めて、いい人だな、と思った。




