成れの果ての正義
お読みいただきありがとうございます。
久々に短いですが書いてみました。
感想、評価いただけると幸いです。
夜の駅前は、妙に整っていた。ゴミひとつ落ちていないし、酔っ払いもいない。騒ぐ若者も、路上喫煙も、全部消えていた。代わりにいるのは彼らだ。黒い腕章をつけた、無表情な人間たち。彼らはただ立っているだけなのに、空気が張り詰めている。
「……静かすぎるな」
俺は自販機の前で小銭を落としそうになりながら、つぶやいた。
「いいことじゃないですか」
隣で缶コーヒーを開けた友人の佐伯が、軽く言う。
「犯罪は減りましたし。迷惑行為もほぼゼロ。治安、最高ですよ」
「まあな……」
確かにそうだ。
ニュースでも連日取り上げられている。市民制裁団体通称「ライン」。
軽犯罪だろうとルール違反だろうと、見つけ次第、即座に制裁する。証拠は公開され、支持率は高い。最初は半信半疑だった人たちも、今では歓迎ムードだ。だって、悪いことをしたやつが悪いんだから。
「ほら、あれ」
佐伯が顎で指した先。横断歩道。信号は赤。一人の男が、誰もいない道路を横切ろうとしていた。その瞬間だった。黒い腕章の一人が、無音で現れた。男の肩を掴み、そのまま地面に押し倒す。
「え、ちょ、何」
男の声は最後まで出なかった。周囲にいた数人のラインが一斉に囲み、スマホを構える。
「信号無視。公共ルール違反」
淡々とした声。次の瞬間、男の顔面に拳が落ちた。乾いた音。もう一発。もう一発。誰も止めない。むしろ、少し離れた場所で見ていた人たちが、頷いている。
「仕方ないよな」「ルール守れよって話」「自業自得だろ」
俺も、頭ではそう思っていた。思っているはずなのに
「……やりすぎじゃね?」
口から出たのは、そんな言葉だった。
佐伯が少しだけ眉をひそめる。
「どこがですか?」
「いや……だって、信号無視だぞ?」
「だからですよ」
佐伯は、当たり前のように言う。
「ルールはルールです。小さい違反を許すから、大きい犯罪に繋がるんですよ。ああいうのは、徹底的に潰さないと」
「でも……」
言葉が続かない。正しい。全部が正しいはずなのに。地面に転がる男は、もう動かなくなっていた。ラインの連中は、何事もなかったように離れていく。その光景が、妙に綺麗で、妙に気持ち悪かった。俺はふと聞いた。
「ねえもしさ、俺があそこにいたらどうする?」
「どういう意味ですか?」
「例えば、ちょっと急いでてさ。信号無視しちゃったら」
佐伯は、ほんの一瞬だけ考えてすぐに答えた。
「同じですよ」
迷いがなかった。
「あなたでも、僕でも、誰でも。違反したなら、制裁される。それが公平ってことです」
「……そっか」
公平、平等、正義。全部、きれいな言葉だ。
「なんかさ」
俺は空になった缶を握りつぶした。
「息苦しくないか?」
「そうですか?」
「だってさ、誰も間違えられないじゃん」
ちょっとしたミスも、余裕も、逃げ道もない。線を一歩でも踏み越えたら、終わり。それって、本当に普通なのか?佐伯は少しだけ黙ってから、肩をすくめた。
「でも、それで社会が良くなるなら、仕方ないんじゃないですか?」
「……かもな」
また、正しい。全部が正しい。なのにどうしてこんなに、モヤモヤするのだろう。
遠くで、また誰かの悲鳴が上がった。すぐに途切れて、静寂が戻る。完璧な街。間違いのない世界。俺はその中で、自分の足元を見た。白線の上に、つま先が少しだけはみ出していた。慌てて引っ込める。
誰も見ていないのに。
お読みいただきありがとうございました。
最近Youtubeのショート動画で、自転車の罰則を取り締まる配信をしてる方がよく流れてきます。
違反への注意は正しいし、言っていることも正しいのですが何故か心がもやもやするんですよね。
この感情をどこで発散しようかなと思っていたところ、小説にできそうだなと思い投稿しました。
結局何も解決してないんですけどね。
ただ、生きにくい世の中になったなと。正しくない行いをしたいわけではなく、主人公のように常に誰かに監視されているような気持ちになるのが嫌なのかもしれません。




