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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「看板のピン」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「看板のピン」


台本化:霧夜きりやシオン@吟醸亭喃咄ぎんじょうていなんとつ


所要時間:約20分


必要演者数:2名

      (0:0:2)

      (2:0:0)

      (1:1:0)

      (0:2:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


留公とめこう賭博とばく大好き男その1。

   借金してでも博打ばくちがしたい、どこに出しても恥ずかしい立派な

   ギャンブル依存症。


老親分:かつては博打ばくちの神様とか言われた人だが、何かしらの理由があっ

    て四十二の時にきっぱりすっぱり博打ばくちとサヨナラした、おそらく

    ギャンブル依存症を克服こくふくしたであろう六十一才。


博徒ばくと1:留公とめこうたちほどではないが博打ばくち大好きな人間。

    しかし今回の事で足を洗う決意をした、その一。


博徒ばくと2:留公とめこうたちほどではないが博打ばくち大好きな人間。

    しかし今回の事で足を洗う決意をした、その二。


辰公たつこう:自身が胴元どうもととなって賭場とばを開いている男。

   留公とめこうの友達で金を貸しているらしい。



●配役例


留公・博徒2・枕:

老親分・辰公・博徒1:




枕:三道楽さんどうらくというものがありまして、飲む、打つ、買う、中でも打つ、

  博打ばくちでございますな。

  これにはご存知ぞんじの通りいろいろ種類がありまして、

  競馬けいば競輪けいりん競艇きょうていパチンコ花札はなふだトランプ麻雀まーじゃんに結婚と、様々ございます。

  中でもサイコロ、これを使った遊びというのが大変に単純で良いもの

  だそうで。

  子供がすごろくなどで遊んでいる分には罪が無くてよろしいんですが

  、これが大人が振り回すってなると途端とたんに罪深くなります。

  一つのサイコロを隠して中の出目でめを当てる、これをチョボイチと言う

  んですが、これがさかんだった江戸のころの話でございまして。


老親分:おうなんだ、皆して集まってどうした…って博打ばくちか…?


留公:あっ、親分!こいつァどうも!


博徒1:いらっしゃいやし、親分!


博徒2:いらっしゃいやし!ささ、こちらへ!


老親分:いらっしゃいやしじゃねえ、なんだおめえ達は。

    そうやって寄るとさわると博打ばくちばかりしてやがって。

    博打ばくちはするんじゃねえって、俺が普段から口酸くちすっぱくして言って

    るだろうが。


留公:ぁあいえ親分、これァね、博打ばくちじゃねえんで。

   さっきまで仕事の相談をしてたんですが、それがんじまったあと

   で、いいわけぇもんがこのまんまお別れってのもなんだから、その、

   ちょいと遊ぼうじゃねえかなんてなりやして。

   ええ、もう、ほんのおなぐさみってえか、遊びみてえなもんですから、

   博打ばくちってほどのもんじゃねえんですよ。


老親分:あのな、留公とめこう

    盆茣蓙ぼんござ壺皿つぼざら、サイコロまでそろってんじゃねえか。

    それのどこが博打ばくちじゃねえってんだ。

    ったくしょうがねえ奴らだな。


留公:へへ、いやァどうもね、勝った奴がどんどんどんどん抜けていっち

   ゃいましてね、今ここに残ってんのはもうみんな敗残兵はいざんへい、負け犬ば

   かりって有様ありさまなんで。


老親分:だから言わねえことじゃねえ。

    博打ばくちてのは、その場でもってぜにちてしまうから博打ばくちと言うん

    だ。分かったらもうやるんじゃねえ。


留公:へへ、どうもありがとうございやす。まぁこれからはなるべくしね

   えようにしますけどもね。

   でもせっかくここまで来たってんでね、くやしいなってなってるとこ

   だったんで。

   そこに親分がお見えになった。

   親分の顔を見て思いついたんですけど、親分、ちょいとどうを取って

   いただくわけにゃあ参りやせんかね?


老親分:なに?胴元どうもとになれだと?

    じゃあおめえ達はなにか、俺と勝負しようってのか?


留公:い、ぃいえいえいえいえ!

   勝負ってそれほどのモンじゃねえですよ!

   あっしらのはもうその、遊びですから、ええ!

   負けが込んでみんな意気いきが上がらねえもんですから、

   親分にいっぺんどうを取ってもらえると、あとはこう、わっと陽気に

   なるんじゃねえかと思うんで。

   どうか、お願いしやす!


老親分:…俺ァな、思うところがあって、四十二しじゅうにの年に博打ばくちはやめた。

    それからこっち、何があっても博打ばくちに手を出さねえと心に決めた

    んだが…それでもやれってェのか?

    ったくしつこい奴らだ。

    まぁ…いま考えてみると、俺ァ今年で六十一ろくじゅういちだ。

    この年は本卦帰ほんけがえりと言うそうだな。

    てことは子供に帰ったようなもんだから、こいつは博打ばくちじゃねえ

    、遊びだと思ってやってやろう。

    その代わりいっぺんだけだ。いっぺんこっきりしかやらねえぞ。


留公:えぇもう、いっぺんだけやっていただけたらみんな大喜びですから

   、それじゃ、どうぞお上がりくだせェ!


老親分:で、おめえ達はなにして遊んでるんだ?


留公:へっ、あっしらはもう、チョボイチばっかりなんで。


老親分:ほぉチョボイチか。

    サイコロ一つで勝負する、かつての俺も好きな遊びだった。

    しかしどうも年は取りたくねえもんだ。

    博打ってのはな、しょせん目と耳だ。

    どんな小せえものでも見えなくちゃならねえし、どんな些細な音

    でも聞こえなくちゃならねえ。

    だが近頃ちかごろは目はかすみ、耳も遠くなって、だらしねえもんだ。

    いくらそばで小せえ声で内緒話ないしょばなしされてもそれを聞きのがすようじゃ、

    もう勝負はできねえ。だらしのねえもんだ。

    おい、壺皿つぼざらはどこにある。


留公:え、どこって、親分の目の前にありますけど…。


老親分:うん?おおこれか…。

    この壺皿つぼざらを持つのも二十年ぶりだ。

    こうやって持ってみると、悪いもんじゃねえな。

    ところでサイコロはどこにある?


留公:へっ?親分のひざの前にありやすけど…。


老親分:んん?おぉここか…。

    な?だらしのねえもんだろ?

    …サイコロも二十年ぶりに持ったはずだが、なんだかそんなに昔

    のような気がしねえなァ。


留公:へへ、そうでござんすか?

   みんなそいつを見ただけでニコニコしちまうんですよ。


老親分:あ、そうか、きのう御御御付おみおつけの中にさいの目切りにした豆腐を入れた

    な。


留公:と、とうふ…そりゃサイコロにしちゃ、ずいぶんとやわらけえこと

   で…。  

   それじゃ、お願いしやす!


老親分:おう。

    しかしまぁ、考えてみりゃあ情けねえもんだ。

    わけえころは盆茣蓙ぼんござの上で寝泊ねとまりしたもんだがなァ…。

    もう一度断っておくが、いっぺんきりだぞ。


留公:ええもう、いっぺんやってもらえりゃ、みんな大喜びなんで。


老親分:そうかい。

    じゃ、伏せるぞ。

    ッ!【サイコロを壺皿つぼざらに入れて盆茣蓙ぼんござの上に伏せる】


    …さ、伏せたぞ。


留公:【声を落として】

   はぁぁ見たかい?あの手つきの鮮やかさ!

   さすが親分だ……あぇ?


   いや、あの親分、ちゃんと伏せておくんなさい。


老親分:伏せたぞ?


留公:え、いや、あの…それ、張ってもようござんすか?


老親分:ああ、いいから張りな。


留公:は、はぁ…。


   【声を落として】

   おいごらんよ。昔は博打ばくちの神様とかなんか言われたか知らねえけど

   もよ、すっかり耄碌もうろくしちまったんだね。

   壺皿つぼざらの外にサイコロが転がりだしてちまってるよ。


博徒1:【声を落として】

    本当だね、しかもピンの目がでてるじゃねえか。

    ぁのーー


博徒2:【↑の語尾に喰い気味に声を落として】

    しッ!

    かまうこたァねえ。

    みんなでピンに張っちまおうじゃねえか。


    あの!それ、張ってもよろしいんで!?


老親分:ああ、かまわねえからどんどん張れ。


留公:あ、そうすか!

   あの、勝負の時にこうガチャガチャってかき回したりなんか、

   そういう事はしねえんで?


老親分:ああ、そんな事はしねえから、どんどん張れ。


留公:そうすか!

   じゃ、あっしは持ってるだけピンに張らしてもらいやす!


老親分:おおピンか。

    ピンは俺も好きな目だった。

    さあ張れ張れ。

    おめえはどうする?


博徒2:へっ、あっしも子供の頃からピンが好きだったんで、ピンで!


老親分:ほぉ、おめえもピンか。

    おめえは?…なに、おめえも、そっちも?…みんな揃ってピンか

    。こいつは目がかたよっておもしれえな。

    けどな、壺皿つぼざらの中にゃ、六つの目があるんだ。

    ピンが出れば良し、他の五つの目と出りゃ、このぜにはみんな俺の

    もんになるぞ。


留公:えぇえぇ、そりゃもうよく分かってますけど、今日はなんかこう、

   みんなピンがいいなって思っちゃったんで。

   じゃ、ひとつ勝負しておくんなさい。もう張りましたんで。


老親分:おう、いいのか。

    張りは決まったんだな。

    じゃ、勝負といくか…?


留公:【声落として】

   へへへ、結果の分かってる勝負ほど楽なもんはねえや…。


博徒1:あっちょッ、待っておくんねェ!いまあっしァ思い出したんで!

    いざってえ時のための…っと、とっときのぜにがね!

    このふんどしに隠しといたぜにをね、こいつもピンに追加

    で張りやす!


留公:おいおい、そりゃツルじゃねえか。

   そいつも張っちまうのかい。


老親分:なんだ、それもピンに張るのか。

    さっきも言ったが壺皿つぼざらの中には目が六つあるんだぞ。

    そのうちピンと出ればーー


留公:【↑の語尾に喰い気味に】

   えぇえぇ!それァもうよく分かってますんで!

   【声を落として】

   年寄りは話がくどくっていけねえよ…。


博徒1:しかし、こいつがピン出た日にゃ、大変な事になりやすよ!


留公:こいつァ親分と言えど払い切れるか…。


老親分:何を言いやがる。笑わせるんじゃあねぇ。

    どう出ようと、五十や百の事でおめえ達に泣きを入れるような

    俺じゃあねえんだ、安心しな。

    それと断っておくが、勝負はこの壺皿つぼざらの中だ。開けてみるまでは

    分からねえ。


博徒2:ぁいえ、開けてみなくてもわかりまーー


博徒1:【声を落として】

    余計なこと言うなバカ野郎!


留公:ままま、親分、どうぞ。


老親分:じゃ、いいな。勝負するぞ。


博徒2:【声を落として】

    へへへ、これで負け分は取り返したって事よ。


博徒1:まったくだ。

    ありがてぇありがてぇ。


留公:けど年は取りたくねえもんだな。


老親分:どれ、勝負の張りが決まったところで、看板のピンはこっちへし

    まうぞ。


留公:ええっ!?


博徒1:そ、そいつは看板だったんで…!?


博徒2:じゃ、じゃぁあっしらは、ハメられた…!?


老親分:だからさっきから言ってるだろうが。

    壺皿つぼざらの中には目が六つだと。

    誰がおもてにあったこいつの事を言ったんだ?

    だいたいな、おめえ達のうち一人でも俺にこの事を言った奴が

    あるか?


博徒2:ぅ、そ、その、そいつは…。


博徒1:あっしら、てっきり狙い目だと思って…。


留公:ま、まさかこんなことになるなんて…。


老親分:バカ野郎、そういうズルい了見りょうけんだから、いつまでたっても

    ピーピーピーピーしてなくちゃならねえ、三下さんしただってんだ。

    ついでに壺皿つぼざらの中の目を教えてやろう。俺のにらんだところ、

    出目でめだ。


    見とけ…勝負ッ。

    …そら、だろ。


留公:あ、あぁ…だ…だぁぁ……!


博徒1:う、嘘だろ…。

    俺ァ、ふんどしの中のぜにまでけに張っちまったよォ…。


博徒2:出目でめまで当てちまうなんて…。

    留公とめこうッ、おめえのせいだぞ!

    うっ、ううぅ…!


老親分:バカ、泣くんじゃねえ。

    おめえ達からぜにを巻き上げたって、何の自慢にもならねえよ。

    よしよし、ほら、みんな引け。張ったぶんだけ引けーーって

    こらこら、余計よけいに取ったりするんじゃねえ!

    そういうズルい了見りょうけんだからダメなんだってのがまだ分からねえの

    か!


    いいか、おめえ達も他へ行ったらどんな手を使われるかわからね

    え。

    これにりたら、博打ばくちなんざやるんじゃねえぞ。


    ほれ、寺銭てらせん代わりだ。

    これで蕎麦そばでも食え。


留公:あ、ありがとうございます親分!

   どうも、ご馳走ちそう様です!


博徒1:も、もうお帰りですか?お気を付けなすって!

    はあぁ、博打ばくちってのは怖えもんなんだなぁ…、俺ァもう博打ばくち

    やめよう。

    さっき、鳥肌とりはだ立っちまったよ…。


博徒2:俺もだ…あれが他のとこでやられてみろ。

    首くくんなきゃならねえ羽目はめになっちまう。

    しかしさすがは親分だ、貫禄かんろくが違うよ。

    かっこいいなぁ…!


博徒1:だなあ、かっこいいよ!

    人の良いじいさんだと思ってたら、やっぱり親分と呼ばれるだけ

    の事はあるね!

    よし、俺の行きつけの蕎麦屋そばや行こうや。


    【二拍】


留公:こいつは驚いたね…まさかあんなやり方があるなんてよ。

   さすがは親分だ、かっこいいねェ!

   けど、こいつはすごくいい手だね。俺もやってみようかな。

   そうだよ、やればいいんだ!

   さっきの今のじゃ、誰も知らねえもんな!

   二度は使えねえ手だけど、一度ならみんな引っかかっちまう。

   さっきは親分だからぜにを返してくれたけど、俺だったら何も返すこ

   たァねえもんな!

   そりゃあ壺皿つぼざらの外に転がったサイコロがピンの目ェ出してたら、

   みんなピンと張るってもんだよ。

   ようし、そうと来りゃあ辰公たつこうのとこ行こ。


   【二拍】


   へへへ、ここはいつもやってるからな~。

   【戸をドンドン叩きながら】

   うぉぉーーーいッ、辰公たつこうッ!いるかいッ!

   博打ばくちやってる?辰公たつこうッ!

   みんな集まってやってんだろ!?辰公たつこうッ!

   博打ばくちやってんだろ?辰公ッ!

   辰公たつこう辰公たつこうッ!

   博打ばくちッ!ばくちッ!

   ば く ちッ! ば く ちッ!


辰公:【勢いよく戸を開けて声を落として】

   ッうるせえッこの野郎!博打ばくち博打ばくちって!

   おかみに聞かれてみろ、手が後ろに回っちまうだろ!バカッ!

   ったく、こっちへ入れ!


留公:なァんだみんなやってるじゃねえかァ博打ばくちィ。

   なぁ俺も混ぜてよ博打ばくち、お願い混ぜてよォ俺博打やりたい博打ばくちィ!


辰公:【声を落として】

   だからうるさいってんだよ!

   静かにしろォ!


留公:へへへ、わかったって…。


   【親分の真似っぽく】

   …おめえ達は大勢集まってなにしてやがる。


辰公:いやさっきおめえ博打ばくちって言っただろ!

   だから静かにしろって言ったじゃねえか!


留公:【親分の真似っぽく】

   博打ばくちなんかするな!

   …場でちるぞ。


辰公:うるせえ!おめえにだけは言われたくねえよ!

   毎日やってんじゃねえか!

   いいからこっち上がれよ!


留公:上がれ…?

   【親分の真似っぽく】

   「親分こちらへお上がりください」

   くらいの事を言え。


辰公:なんだその親分てのは。

   誰が親分だよ。


留公:俺だよ。


辰公:なに言ってやがる。

   親分てツラかおめえは。

   ほら、上がれよ。


留公:【親分の真似っぽく】

   …俺は、思うところがあって、四十二しじゅうにの年に博打ばくちをやめた。


辰公:おめえいま二十六だろ!

   いちばん年下じゃねえか!


留公:【親分の真似っぽく】

   うるせえ野郎どもだ。

   …まぁそこまで言うなら、いっぺんぐらい胴を取ってやらねえこと

   もねえ。


辰公:な、なに言ってやがんでェこの野郎。

   まだ誰も何も言ってねえじゃねえか。

   胴を取りてえんなら構わねえからやれよ。


留公:【親分の真似っぽく】

   …考えてみりゃぁ、今年で俺も六十一…。


辰公:いやだから二十六だろうが!

   なんで六十一になりたがってんだよ。


留公:【親分の真似っぽく】

   …あぁ、どうも年は取りたくねえもんだ。

   年を取るってェと、どうにもだらしがねえ。


辰公:だから年下だろうが!

   なに?年勘定としかんじょうがだらしねえのか?

   そこに壺皿つぼざらがあるから。早くしろ。

   …早くしろィ。

   なんだ?きょろきょろしやがって。


留公:【親分の真似っぽく】

   …目は聞こえなくなる。

   耳はかすむ。


辰公:そりゃあべこべじゃねえか。


留公:【親分の真似っぽく】

   …壺皿つぼざらはどこにある。


辰公:なに言ってやがる、張り倒すぞこの野郎。

   いま右手に持ってるじゃねえか!


留公:【親分の真似っぽく】

   フッ…こいつを手にするのも二十年ぶりだ。


辰公:おいおいおめえ、三つのころから博打ばくちしてたってのか?

   てか毎日やってるだろうが!


留公:【親分の真似っぽく】

   …サイコロはどこにある。


辰公:だからいま左手の人差し指と中指にはさんで持ってるじゃねえか!


留公:【親分の真似っぽく】

   ふ…考えてみりゃあ情けねえもんだ。

   昔は盆栽ぼんさいの上で寝泊ねとまりしたもんだ…。


辰公:いや何してんだよ!?

   盆栽ぼんさいつぶす気かおめえは!

   盆栽ぼんさいじゃなくて盆茣蓙ぼんござだろうが!


留公:ぇ~…断っておくが、俺はいっぺんこっきりしか勝負をしねえぞ。


辰公:分かった分かった。

   いっぺんならいっぺんでもいいから、早くやれ。

   早く伏せろよ。


留公:【親分の真似っぽく】

   それじゃあ、入るぞ……んッ。

   …伏せた。

   さ、張れ。


辰公:なんでェその無様ぶざまな入れ方は…。

   それよりちゃんと伏せろよ。


留公:ちゃんと伏せたよ。


辰公:…張っていいのかそれ。


留公:…いいから張れ。


辰公:ん、んん…?

   【声を落として】

   おい、あれ見てみろよ。

   壺皿つぼざらの外にサイコロが転がり出て、ピンの目ェ出してやがる。


   おい留公とめこう、それ張った後でかき回したりなんかしねえだろうな?


留公:…いいから早く張れ。


辰公:あそう?

   じゃあ俺ァ、あるだけピンに張るぞ。


留公:【親分の真似っぽく】

   …ピンか。すっきりとした、いい目だ。

   俺は好きだ。

   そっちはどうする?


博徒1:俺もピンだ!


博徒2:俺も!


辰公:へへへ、ピンピン、ピピピンってな。


留公:【親分の真似っぽく】

   …残らずピンか。

   こいつは目がかたよっておもしれえな。

   【声を落として】

   へへへ、来た来た…ぜにで前がいっぱいになっちまった。


辰公:うるせぇこの野郎、もしピンと出た日にゃあ、えれぇ目にあうぞ!


留公:【親分の真似っぽく】

   笑わせるなィ!

   百や二百のぜにでおめえ達に泣きを見た事があるか!


辰公:いやおめえはのべつじゃねえか!

   こないだまで五十のぜにが無くて泣いて逃げ回ってただろうが!


留公:【親分の真似っぽく】

   サイコロの目は一から八…。


辰公:いや六だろ!普段どんなサイコロ使ってんだよ!

   この時代は六までのサイコロしかねえよ!

   あとの時代でも八面体はちめんたいとか珍しいわ!


留公:【親分の真似っぽく】

   これで蕎麦そばでも食え。


辰公:いらねえよこんなはしたがね

   それより借りた金返せってんだ!


留公:【親分の真似っぽく】

   …他に張る奴ァいねえか?

   ふんどしからぜには出ねえか?


辰公:んなとこから出すような間抜まぬけな奴はいねえよ!

   早くやれ早く!

   早く開けろってんだよ!


留公:【親分の真似っぽく】

   張りが決まったな。


   張りが決まったな?じゃ、勝負の張りが決まったとこで、

   看板のピンはこっちへしまってっと…。


辰公:んなっ、なんだおいこの野郎ォ!

   看板だとォ!!?


留公:【親分の真似っぽく】

   ハハハ…だから俺がはなからさんざっぱら言っただろ!

   勝負は壺皿つぼざらの中だ、開けてみるまで分からねえと!


辰公:いやそんなの一言も言ってねえだろ!


留公:【親分の真似っぽく】

   大体おめえ達の中に、俺に一人でもそれを言った奴があるか。

   そういうズルい了見りょうけんだからおめえ達はいつまでたったってズルいん

   だ。

   ついでに俺が中の目を教えてやろう。

   …俺のにらんだところ……だ。

   よく見とけよ…そら、勝負ッ!!



   あぁぁ中もピンだ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


柳家小三治(十代目)

三遊亭円楽(七代目)



※用語解説


盆茣蓙ぼんござ

博打で壺を伏せる所に敷く茣蓙(いぐさなどの草の茎を平たく織って作っ

た敷物)。


・壺皿

1:本膳料理に用いる小さくて深い食器。煮物などを盛る。

2:博打のさい(サイコロの事)を入れて伏せるのに用いる器。

今回は2の事を指す。


胴元どうもと

賭博においての用語の一つ。

賭博が行われる場合の主催者や、丁半が行われる場合にさいころを振る者

や、賭博を行う場所を貸して寺銭を得ている者のことなどが胴元と呼ばれ

る。


本卦帰ほんけがえ

生まれた年の干支(えと)と同じ干支の年がまためぐり来ること。

還暦六十歳の事を指すのだが、昔は数え年で年齢を計算したため、

【ゼロ歳が無く、一歳から数える】六十一歳で本卦帰りとなる。


・チョボイチ

江戸時代に流行った博打の中の一つ。

サイコロ一つで勝負し、壺皿の中の目を当てる。

他にはよく聞く丁半博打や、大目小目というものがある。


御御御付おみおつけ

みそしるの事。


・ツル

命の金ヅル。

昔、犯罪を犯して捕まって牢に入れられると、中には牢名主と言って官憲

から器量のある者を選んで任命された囚人たちの長がいた。

悪どいのになると気分次第で扱いが変わる為、手心を加えてもらおうと

ふんどしの中に金を隠しておいて牢名主にそっと渡す、いわば袖の下。


・ピン

サイコロの出目の一のこと。

だからゾロ目になるとピンゾロ、となる。


博打の場においては「ご」ではなく「ぐ」と読む。


寺銭てらせん

昔、賭場は寺で行われることが多かった。

これは奉行所と寺社奉行とでは管轄が違う為、市中を取り締まってる

奉行所の役人が寺に踏み込んで賭場を現行犯で取り押さえるのが難しかっ

たからである。

で、寺銭は場所代の事を指す。

賭場を開くことを御開帳、一文無しになる事をお釈迦になる、という。


三下さんした

博徒の役職に「貸元、代貸、出方」と三段階あるが、そのさらに下である

意味。


・おかみ

この場合は大きくは江戸幕府、小さくは奉行所の役人。




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