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第8話 病床の者

「フリージア、曲はどうする?お相手は病人だし、やっぱり穏やかな曲がいいとは思うんだけど」


「そうね、考えていたんだけどこの曲はどうかしら」


 屋敷から持ってきた楽譜を、揺れる馬車の中でダリアに見せるフリージア。


「うんうん、いいわよ、これなら私も前に弾いたことあるし、弾くフリはできるわよ」


「よかった。そしたら、はい、これ。ダリアのピアノにつける消音装置をもう渡しておくわね」


 フリージアは、ダリアに銀色の小さい3cm程の丸状の物を渡す。

 これは消音装置といい、フリージアがフリージアの実の母が生前のときに、譲り受けたものだ。


 グランドピアノ、あるいはアップライトピアノの蓋を開けた内部にくっつくようになっていて、くつけるとそのピアノは鍵盤を押しても音が鳴らなくなる。


 ダリアの弾くピアノにはいつもこれが付けられていてる。なので、鍵盤上で多少ミスをしても分からないし、それをカバーできるくらいの弾くフリがダリアはとても上手かった。


「ありがと。無くさないように気をつけるわね。でも、今日はよくあるステージじゃないわよね、お母様のご友人のご自宅だし…。2台あるうちのピアノ1台を、隠すとかの準備はされてるのかしら…うまくいくかしら?部屋の規模によってはご病人と私との距離が近くなってしまうし、私が弾いていないことバレないかしら」


 ダリアは、いつになく心配そうだ。


「そうね…。確かにそれは私も気になってはいるんだけれど、お母様は私達の演奏スタイルを知っているし、その上で大丈夫と判断して私達を行かせるのだろうし、たぶん、なんとかなるとは思うんだけれど…」


「なんとかなる、って…なんとかならなかったらどうするのよ。お母様からの依頼よ、失敗したらお母様も悲しむしきっと失望するわ。フリージアは楽観的過ぎるのよ」


 今日は、いつになくピリピリしているダリア。

 母親からの初めての依頼に、プレッシャーを感じているのか、ダリアの表情は固い。


 フリージアは楽観主義のつもりではなかったし、真剣に今回の依頼について考えているのに、ダリアの言葉にフリージアは少し傷ついた。


「もうすぐ着きますよ」


 御者からかけられた言葉に、2人は窓の外を見ると、シード家よりも更に2倍は広い大きな屋敷が現れた。


「すっ…ごぉ〜い…」


 どこまでも続く屋敷を見ながら、ダリアは小さくそう呟く。


 馬車が止まりドアが開けられると、そこには優しそうな夫人が立っていた。


「シード公爵家のお嬢様方ですね。お母様から突然話があり驚いたことでしょう、急にごめんなさいね。昔からお母様とは仲良くしているのよ、私はマリアといいます。今日はよろしくお願いしますね」  


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」


 物腰柔らかい話し方で、ピリピリしていたダリアも緊張していたフリージアも、肩の力がふっと抜ける。


「お聞きになられているかと思いますが、私の父はもう長くないの。着いてすぐで申し訳ないのだけれど、早速演奏をしていただきたいの。こちらですわ」


 マリア夫人に案内され通された部屋は、ダンスパーティーでもできそうな程に広い部屋で、そこにベッドが1つと、ピアノが2台置いてあった。

 1台は部屋の中央付近に、もう1台は仕切りが置かれた後ろに。


(ピアノ2台の置かれ方はバッチリだわ。問題なさそうね)


 フリージアは気になっていた点がクリアになり、ひとまず安心する。


「こちらへどうぞ」


 ベッドの方へと案内され近付く2人。

 大きすぎるそのベッドには、痩せ細った年老いた男性が1人横たわっていた。

 胸元まで布団がかかっているが、出ている手や首顔は皮と骨でほとんど肉はなく、喉には何か装置をつけている。


「お父様…私の友人のお嬢様方がいらっしゃいましたよ」


 マリア夫人が年老いた男性の顔の近くで声をかけると、男性は先ほどまで瞑っていた目を薄らと開ける。


「今日はね、このお嬢様2人がピアノを演奏してくださるそうよ。良かったわね」


 マリア夫人が笑顔でそう言うと、年老いた男性は、口を開け何かを喋ろうとする。

 しかし、ガッ…ガッ…と言葉にならない声を出すだけで、何を伝えたいのか分からなかった。


「ごめんなさいね、痰が絡んでしまって、うまくお話できないの」


 どうしたらいいか分からず立ち尽くしているダリアとフリージアに、優しく微笑むマリア夫人。


「いつもは声をかけても寝てるんだけれど、今日は綺麗なお2人がいらしているからかしら。お父様が起きているのは、珍しいわ。またすぐ寝てしまうかもしれないから、もしご準備が宜しければ今弾いてくださらないかしら」


 マリア夫人に言われて、固い表情のまま動き出す2人。


「はい、それでは弾かせていただきます」


 ダリアとフリージアは、足早にピアノの方へと向かう。


「フリージア、どんな願いをこめるの?」


「そうね…痛みがなくなりますように、あとは苦しくありませんように、かな…。あ、あとダリア、今思ったことなんだけど…」


 2人はピアノに向かう間に、小声でコソコソと話し合う。


 馬車の中から2人の間はピリピリしていたが、今はいつも通りの2人に戻っていた。


 仕切りが設置され、誰からも見えない場所に置いてあるピアノに座るフリージアと、部屋中央にあるピアノに座るダリア。


 ダリアはピアノの椅子に座る前に、さりげなく消音装置をくつけていた。


 ダリアがピアノの鍵盤の上に手をのせ、息を吸い演奏を始める。

 その指の動きに合わせて、フリージアは仕切りの後ろからピアノを演奏する。


(男性の体から痛みがなくなりますように…そして、苦しくありませんように…)


 願いを音にのせ、フリージアは流れるように優しい音色でピアノを演奏する。

 そして、だいたい10分くらいで終える曲を、もう一度繰り返し演奏する。


 大抵、おおよそ10分〜15分くらいの曲で演奏を終える。その理由は、願いをこめ演奏をすることは、とてつもない集中力と体力と精神力を使うため、長時間演奏をすると疲れ果ててしまうためだ。そのため、長い演奏はしない。


 しかし、年老いた男性の苦しそうな姿を見たフリージアは、自分のかける効果がどうか長くかかっていて欲しいと、先ほど弾く前に、ダリアに曲を1回繰り返したいと伝えたのだ。


 フリージアは願いと演奏に集中をし、年老いた男性にピアノの音色を届ける。


 20分が経過したころ、やっと曲が2回目の最後までいき演奏を終える。


 ダリアは椅子から立ち上がり、マリア夫人と寝たきりの年老いた男性に向かって笑顔でお辞儀をする。


 その後、斜め後ろに設置されている仕切りの中に入ると、ピアノにもたれかかるように座り肩で息をするフリージアに駆け寄る。


「大丈夫なの!?ちょっと無理し過ぎたんじゃない?」


「だい…じょうぶ…よ。ちょっと疲れただけ…」


 想定していた以上に体力が削られ、フリージアはなかなか立てずにいたが、自分のこんな状態をマリア夫人に見られて問われては問題になると思い、なんとか気持ちを奮い立たせ、ピアノの椅子から立ち上がる。


 よろけるフリージアの脇腹を、さっと支えるダリア。


「ごめん…ありがとうダリア…」


「行くわよ」


 ダリアが顔を引き締め、フリージアも息を吸い気を張ると、2人でマリア夫人と年老いた男性のいるベッドまで歩いて行く。


「ありがとうございました。素敵な演奏でしたわ。ね、お父様」


「あ…っ…ガッ…」


 年老いた男性が、力の入っていない手を上げ、2人を手招きする。


 ダリアとフリージアは顔を見合わせ、年老いた男性に近寄ると、年老いた男性が掠れたような声を出す。


「おれは…もう…だめだ…」


 目を潤ませ悲しそうな表情をする、年老いた男性。

 ダリアとフリージアはなんと返したらいいのか言葉に詰まり、その場で固まってしまう。


「何言ってるの、お父様。まだまだ長生きしてください」


 マリア夫人が優しい笑顔で、寝ている年老いた男性のお腹あたりをポンポンと優しく叩く。

 マリア夫人も顔こそ笑顔を作っているが、その瞳は涙で潤んでいた。


「さ、お嬢様達はそろそろお帰ししないと。お父様、彼女達を送っていきますね。また来ますね」


 マリア夫人はダリアとフリージアに行きましょうと、優しく首をかしげ合図をする。

 すると、年老いた男性が手をまた力なくあげる。


 ダリアはどうしたらいいのか戸惑っていたが、フリージアはその手をさっと握る。


「ありがとうございました。よろしければ、またここでピアノを弾かせてください」


 年老いた男性の手はフリージアの手を握り返す力もなく、そして冷たかった。



 止めてある馬車まで戻ると、マリア夫人が2人の手を取り優しく握る。


「今日はありがとうございました。お母様がおっしゃる通り、とても素敵な演奏でしたわ。お母様にもよろしくお伝えくださいね。それから、お気をつけてお帰りくださいね」


 マリア夫人は優しく微笑みながら、2人が乗る馬車をいつまでも見送ってくれていた。


 ガタガタと揺れる馬車にのる2人は、互いに話さず黙ったままいた。車輪の音だけが、妙に響く。


 フリージアは、窓の外を見ながらダリアに話しかける。


「ねぇ、ダリア。私たち…役に立ったのかしら…」


「願いを込めて演奏したんでしょ…?それなら、きっと効果あるし…役に立つわ、そうでしょ」


 行きとは違い、2人の乗る馬車の中には、暗い重たい空気が漂っていた。

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