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第7話 つきぬ依頼

 馬車から屋敷が見えてくると、暗い中に僅かに明かりがさすエントランスホールの前の階段で、義理の父のシード公爵がウロウロと歩き回っているのが見えた。


「フリージア!!」


 馬車が屋敷前に着くと同時に、シード公爵が急いで階段を降りてくる。

 表情は焦ったような心配しているような、冷静ではなさそうだった。


「心配したんだぞ、こんな遅くまで。何かあったのかと。ウィン公爵家での打ち合わせに、そんなに時間がかかったのかい?」


「ごめんなさい、お父様。予定より時間がかかってしまいました。心配をおかけしたことを謝ります」


「まぁ、無事に帰ってきて何よりだ。次からはこんな遅くならないように、娘を明るいうちに帰して欲しいと、先方にあらかじめに伝えておかないとな。…あぁ、そこの君、今日はフリージアの送迎をご苦労だった。もう片付けていいぞ」


 義父のシード公爵は、馬車の前に立つ御者に声をかけ、下がるよう伝える。


 フリージアも御者の方を振り返ると、御者の目を見て小さくお辞儀をする。

 御者はフリージアと目が合うと少しオドオドしたが、丁寧にお辞儀をすると馬車に乗り込み去っていった。


(ふぅ、御者がお父様に何も言わなくて良かったわ…)


 フリージアは心の中でフウ、とため息をつく。


 実は、屋敷の少し手前で馬車を止めるよう御者へ声をかけ、御者に今日寄り道したことは、父上や家族には黙っていて欲しいと、伝えてあったのだ。

 そして、ファビラスの店で得た謝礼金から多めにお金を渡した。


 御者は驚いてお金は受け取れないと拒否したが、フリージアは半ば強引にお金を握らせ、強くお願いした。見方によっては、買収となるのだろうが。


「それでフリージア、ウィン公爵とはどんな話をしたんだい?」


 義理のシード公爵がフリージアを見る目は、心なしか少し鋭い。


「今週末の誕生日会の話ですわ、お父様。公爵のご子息様ともお会いしまして、とても親切な方でした」


「そうか…。ウィン公爵から何かされたりしなかったかい?」


「…されては…いません…なぜですか…?」


 フリージアは、ウィン公爵の自分へ向けられた視線と態度を思い出す。

 嫌な気持ちならなったが、具体的に何かされたというわけでもなく、なんとなく話すのはやめておいた。


「いや、それならいいんだ。さぁ、いつまでも外にいては風邪をひいてしまう、中に入ろう」


 義父のシード公爵が、フリージアの背中に手を当て中へと押す。フリージアは急に触れられ驚き、エントランスホールに置いてあったポールにぶつかってしまう。


 その拍子で、ポールにかけてあった金髪のウィッグがフリージアの足元に落ちる。


(あっ…ウィッグ…そういえば、私今日被っていってないわ…)


 フリージアは、今日ファビウスに会ったときは、地毛の黒髪だったことに今頃になって気づく。

 昨日、初めて会ったときには変装もかねて金髪のウィッグを被りピアノを演奏したのだが、今日は打ち合わせの帰りだったため、変装せずそのまま行ってしまっていたのだ。


(あれ…髪の色が違ったのに、どうしてファビウスは私だと気付いたのかしら)


 フリージアは金髪のウィッグを床から拾い見つめながら、1人考え込む。


「フリージア、どうしたんだね?」


 フリージアの表情を、シード公爵が怪訝そうに見る。


「なんでもないわ、お父様。そういえば、ダリアはどこにいるの?」


「ダリアは今入浴中だ。それから、妻は外出していて不在にしている」


「お母様が、こんな遅くに?」


「友人から呼ばれてね、まぁすぐに帰ってくるだろう。さぁ、フリージアももう遅いのだから、お風呂に入って着替えて寝なさい」


 フリージアの背中をシード公爵がぬるっと撫でる感触に、フリージアは鳥肌が立つ。


「…わかったわ、ありがとう…」


 フリージアは、義理の父のシード公爵の顔を見ることなく、俯きながら足早にこの場を去る。


 義理の父のシード公爵は、公爵夫人である義理の母と、大抵一緒に行動している。

 なので、夫人もダリアもいない中、こうやって屋敷の中で1対1で接することが初めてで、このスキンシップに気持ち悪さを感じた。


 シード公爵夫人である義理の母とは、フリージアが養子としてこの公爵家に引き取られて以後、ほとんど会話したことも、ましてや一緒に外出したこともなく、義理の母といえど赤の他人とほぼ変わらなかった。


 ダリアやシード公爵がいれば、4人で会話もし食事もする、はたからから見れば仲の良い普通の家族の形だ。

 現実は違うが。


(誰もいないときは、シード公爵と2人きりにならないようにしよう…)


 フリージアは義理の父のシード公爵の自分への接し方が、今日のウィン公爵を彷彿とさせ、気分が悪くなる。


(ファビウスに会いたいな…早く明日の夕方にならないかな…)


 ファビウスもフリージアに触れたりしたが、それは全く嫌でなかった。

 ファビウスに捕まれた自分の手を見つめて、2人だけの時間を思い出し口元がゆるむフリージアは、明日が待ち遠しくて仕方なかった。


 ◇◇◇


「おはよう、フリージア!昨日は帰ってくるの遅かったみたいね、大丈夫?疲れてない?」


 朝食を食べに朝食室へ入るフリージア。

 食事は、毎回家族4人で食べることになっている。

 フリージアが行ったときには、ダリアだけが座って待っていた。


「おはよう、ダリア。大丈夫よ。それより、昨日ウィン公爵家で聞いた話を、あとで伝えたいんだけど、朝食後いいかしら?」


「もちろんいいわよ、ごめんね、フリージアに全て任せてしまって」


 フリージアが席に着いたとき、朝食室の扉が開き、義理の父のシード公爵と義理の母の夫人がやってきた。


「おはようございます、お父様、お母様」


 ダリアとフリージアが挨拶をすると、夫人が顔を曇らせダリアへ近寄り、ダリアの肩にしなやかに手を置く。


「おはよう。朝から早々に悪いんだけれど、2人に話があるの」


「どうしたの、お母様?」


 ダリアは優しく夫人の手に触れる。

 2人に話があると言いつつも、フリージアの方は見向きもせずダリアばかりに顔を向け話しかける夫人。


 こういうことは、いつものことで慣れっこではあったが、夫人がお願いをしてくることは初めてだったので、フリージアは夫人のお願いが何か興味があった。


「あのね、私の友人なんだけれど、友人のお父様がもう長く無いそうなの。病気のせいで体の痛みがあって、毎日辛そうらしくてね、友人もそんな父親を見るのが辛いって…。それで、あなた達2人に、友人のお父様の前で演奏して欲しいのよ。彼女のうちは裕福でピアノも2台あるから、準備に問題はないと思うの。急で本当に悪いんだけれど、今日これから行けるかしら…?」


「そうなの…ご病気で辛いのは可哀想ね…。うん。いいわよお母様。私達行って演奏するわ」


 夫人もダリアも、演奏するフリージアには確認も意見も聞かないで決めているが、それはいつものことでフリージアも慣れっこで、黙って聞いているのが常だったが、今日だけはそうもいかなかった。

 なぜなら、夕方ファビウスと会う約束をしていたから。


「…お母様、ご友人宅はどちらなのですか?ここから遠いいのでしょうか?」


 口を挟んだフリージアに驚く夫人とダリア。

 いつもは黙っているフリージアが話に入ったと珍しい出来事に、2人とも不思議そうにフリージアを見てくる。


 でも、仕方ないのだ。

 昨日に続き、今日もまた急なアポイントで自分の予定が狂わされては困る。

 どうにかして、今日もファビウスに会いたいという気持ちが強かった。


「遠くはないわよ。朝食後に行って演奏して帰ってきても、昼食には間に合うんじゃないかしら?」


(それなら、ファビウスにも会いに行けそうだわ)


 近い距離にフリージアは一安心する。


「そうと決まれば、さぁ朝食を急いで食べないとな」


 シード公爵の掛け声で、全員が席に座ると食事をいただく。

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