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第6話 ファビアス

 パチパチパチ!!


 演奏を終えると、盛大な拍手を送られフリージアはピアノの椅子から立ち上がり、胸元に手を当て控えめにお辞儀をする。

 そして、ピアノから離れると、人々が座る円卓の方へと移動する。


(今日ここにいる全員に、またこの店に来たくなる効果をかけたから、明日はきっと店内満員ね)


 昨日は3人に効果をかけて、今日は半分以上埋まったのだ。明日は店内に人が入りきらないくらいになるだろう、とフリージアは期待する。しかし、逆に迷惑なことをしてしまってないか心配にもなる。


 人々の間をぬって出入口の扉の方に歩くフリージアに、皆すれ違いざまに笑顔で拍手をしてくれる。

 恥ずかしさに周囲に小さく会釈しながら進んでいると、目の前に現れた人にトンとおでこをぶつける。

 驚いて目の前を見ると、そこにはお腹があった。ゆっくり顔を上げると、ファビウスが立って、フリージアを笑顔で見下ろしていた。


「今日も素晴らしい演奏でしたね。私を含め、皆フリージアさんの演奏を聞いて、気持ちが高揚しているようです。ありがとうございました」


「いえいえ、そんな…こちらこそ2日連続でお聴きいただきまして、ありがとうございます」


「扉の方に向かっているようですが、今日はもう帰られるのですか?」


「はい、そうなんです。実は、今日はお店を覗くだけにしようと思って来ただけでしたので…。もう帰らないと」


 店内の小窓から外を見ると、もう日は落ちどっぷり暗くなっている。


「そうだったのですか。そうとは知らず…、無理やり演奏をお願いしてしまい、申し訳なかったです」


「いえ、私も言わなかったですし、それに…ファビウスさんにピアノを弾いて欲しいと言われて、私は嬉しかったです」


 フリージアは、ファビウスに照れ笑いの顔を向ける。


 実際、ダリアとの公式な演奏活動では、フリージアは人前で演奏をしない。なので、人前に出て演奏をしそれを喜んでもらえるのは、本当に嬉しかった。


「…そうですか。あなたの演奏は不思議な魅力があります。今聴いたばかりなのに、また聴きたくなる。私は、あなたのために、ここに通い詰めてしまいそうです」


「ふぉっふぉっふぉ。私は、いつでもお2人を歓迎しますよ」


 マスターが、優しい笑顔で2人に近寄る。


「マスター、本日はまたピアノを弾かせてくださり、ありがとうございました!あのっ、弾く前にマスターに確認せず、ファビウスさんのマスターに許可を得てる、という言葉を信じて演奏してしまったのですが…」


「ファビウス様の言われた通りですよ。私はフリージア様が好きなときに、いつでもあのピアノを弾いてもらっていいと思っています。それにしても珍しいですな。あのファビウス様が、あんなにも熱心に…。あなたの演奏は、とても気に入られたようですね。私はいつでも歓迎しますので、好きなときに来店いただき、ピアノが空いていれば私に声をかけずいつでも好きに弾いてください。それから、こちらを」


 マスターから、封筒に包まれた厚さ1〜2cm程の長方形のものを手渡される。

 受け取ると、見た目以上にズシッと重い。


「これは…?」


「今日の演奏の謝礼です。フリージア様が昨日演奏をされたときにいた男女のペアとファビウス様の3人が、本日はたくさんの人を連れてきてくださいました。フリージア様が演奏された翌日にはこんなにお店が繁盛したのです。その感謝の気持ちも込めております。本当にありがとうございます」


「そんな…そういうつもりでは…いただけません…!それに、昨日は飛び入りの演奏者には、謝礼はしていないと言われていたではないですか。私も納得したうえで弾いていたので…!」


「フリージア様は、本日から飛び入りではございません。もし宜しければ、ここの店の専属ピアニストになっていただけないでしょうか」


「えっ…専属のピアニスト…ですか!?」


「いいのではないでしょうか」


 マスターとの会話に集中していたフリージアは、ファビウスの存在を忘れており、急に彼の声がして驚き振り返り見上げる。


「でも…こんなにたくさん…私、やっぱりいただけません…!」


 手渡された謝礼を持ちながら、首を振り困った表情をするフリージア。


「マスターがせっかく用意したのですから、ここはそのまま受け取ってみてはいかがですか」


 ファビウスに促されるもフリージアは戸惑いマスターを見ると、マスターも笑顔でファビウスの言葉に頷いており、フリージアは申し訳ない気持ちがありながらも、そのまま受け取ることにした。


「ありがとうございます。すみません」


 確かに、実際は能力を使いピアノの音に願いをのせ効果をかけ、店内に人を呼び寄せることに成功している。それは、有償に値するだろう。ただ、フリージアが好きでやったことで、依頼を受けたわけではないので、金品を受け取ることには抵抗があった。


「フリージアさん、帰らないといけないんでしたよね。外は暗いので私が送ります。ここからは、どのように帰るつもりですか?」


 ファビウスに言われ、ハッと我にかえるフリージア。


「そうでした!早く帰らないと!マスター、本日は本当にありがとうございました。またぜひ、こちらに伺います」


「はい、お待ちしておりますよ」


 フリージアはマスターにお礼を言うと、背の高いファビウスがフリージアの前を歩き、店の扉まで連れて行く。ファビウスが歩けば他の人は避けるので、後ろを歩けば楽々と扉まで辿り着いた。


「ここに段差がありますので、気をつけてください」


 扉を先に出たファビウスが、手を差し伸べてくれた。

 フリージアはドキドキしながら、ファビウスの手を掴むと、ファビウスは優しくフリージアの手を握る。


(大きい手…)


 夜になり外がひんやりしているせいなのか、温かくて大きなファビウスの手に、男らしさを感じてフリージアはドキドキしてしまう。


 ファビウスに引っ張られ出た店先では、街灯が一定間隔で設置され、街中を暗すぎず明るすぎず照らしており、夜道を歩く男女のためにムードある雰囲気を出していた。


 店の扉を閉めたファビウスは、扉の上の看板を指さす。


「知っていましたか、この店の名前を」


 フリージアは気にしたことがなかったが、そこには小さな看板がぶら下がっており、そこには、「ファビラス」とあった。


「あっ…知らなかったです…。お店の名前、ファビウスさんと似ていますね」


 フリージアの言葉に、ファビウスはしばらくキョトンとした顔で固まる。


「あはははっ!」


 すぐに笑顔で笑い出すファビウスに、フリージアは赤面する。


「そんな…なんか私変なこと言いましたか…!」


「いえいえ、申し訳ありません。ただ、あなたの着眼点はすごいなと思いまして。ははっ…!」


(も〜…なんなのよー…!)


 まだ楽しそうに笑うファビウスを見るフリージアは、彼の体を初めて電気の下で見て、店内では分からなかったが、彼の体が鍛えられて引き締まっていることに気付く。

 服の上からも分かるほどに背中はがっしりとしており、しかし腰にいくにつれ綺麗に引き締まっており、女性ならそのラインに惚れ惚れしてしまうほどだ。


(それでいて背がこれだけ高くて顔も整ってるのだから、きっとモテるんでしょうね)


 フリージアは、自分の目の前にいるファビウスが、想像以上に外見がとても魅力的なことに気付く。


「それで、どちらの方角に帰るのですか?」


 楽しそうな笑顔を向けるファビウスに、外見をまじまじと見ていたフリージアはドキッとする。


「あっ、えっとその先に馬車を待たせていまして。すぐそこなので大丈夫です、1人で行けます」


 フリージアは1人で帰ろうとしたが、ファビウスに手をグイッと引き寄せられる。


(あっ、私ファビウスと手をずっと繋いだままだったわ…)


「近くても夜道は危険です。送りますので一緒に行きましょう」


「ありがとう…ございます」


 急に引き寄せられ間近で見るファビウスに、またもフリージアはドキドキしてしまう。


 フリージアはファビウスに手を握られたまま、静かな街中を歩き出す。


(何か話しかけなきゃ…)


 沈黙をどうにかしようと、フリージアは何か話題をと考えていたとき、ファビウスが優しく話しかけてきた。


「馬車を待たせているとのことでしたが、フリージアさんの家で所持している馬車ですか?」


「あっ、はい、そうです。家族全員で使っておりまして、移動の際によく使っております」


「今日はここへ来る前に、どこかに行かれていたのですか」


「はい、所用で隣の領地のウィン公爵の所へ行っておりました」


「隣の領地のウィン公爵ですか。ここからですとそれなりに距離もありますし、時間がかかって道中大変だったでしょう。それで、公爵家での用事はもう済んだのですか?」


「はい、なんとか…終えられたと…思います…」


 ウィン公爵の自分への興味とも取れる態度を思い出し気持ち悪くなったフリージアは、無意識にファビウスと繋いでいる手をギュッと強く握る。


「…何か困ったことでもありましたか」


 フリージアの暗い表情を見たファビウスが、真っ直ぐな目でフリージアを見つめる。


 フリージアはファビウスを見ると、口を開きかけたが、すぐに視線を落とし俯いた。


 ウィン公爵のあの気持ち悪い視線と態度について、フリージアは誰かに話したかった。しかし、それを話すには、その前の情報としてダリアとの公式の演奏活動のことも話さなければならない。


 しかし、今はファビウスとの関係を、ダリアを含めた日常生活に組み込ませたくなかった。


(何も話せないんだから、言いようがないわね…)


 ファビウスに何の言葉も返せず、視線を下に落としたまま歩く。

 ファビウスはそんなフリージアを質問攻めすることなく、黙ったままゆっくりと歩いてくれた。


「あの前に見える馬車がそうですか?」


 ファビウスに言われ顔をあげたフリージアは、馬車の前で御者が心配そうに歩き回っているのを見て、申し訳なくなった。


「そうです、無事に着けました。ありがとうございます」


(着いちゃった…もう少し一緒に歩きたかったな…)


 御者はフリージアが男性と共に来たことに最初は驚いたようだったが、無事戻ってきたことに安心したらしく、深々と頭を下げると馬車の扉を開けたあと素早く持ち場に戻った。


 ファビウスは、フリージアが馬車に乗り座るところまで優しくエスコートしてくれ、まるでお姫様のような気分になる。


「ありがとうございました。もうここまてで大丈夫です」


「気をつけて帰ってください。馬車とはいえ、夜道は危ないですから」


「はい、ありがとうございます。ファビウスさんも、気をつけて帰ってください。それではお先に失礼いたします」


 少し話せるような仲になったのに、ここで別れることに寂しさを感じるフリージア。


 すると、ファビウスは馬車の扉の取手を掴んだまま、何か考え込むような顔をしていた。


「…ファビウスさん?」


「フリージアさん、次はいつ、ファビラスに来ますか?また、あなたに会いたいです」


「えっ…えっと、…明日…、明日またお店に行けたらいいな…と思っております…!」


 ファビウスからの会いたいとの言葉に舞い上がり、早く次も会いたくて思わず明日も行くと伝えてしまうフリージア。


(これじゃあ、私暇人みたいじゃない、恥ずかしい…)


「明日ですね。私は用事がありますので、夕方過ぎに店へ行きますね。フリージアさんにまた会えるのを、楽しみにしています」


 優しい眼差しを向けるファビウスに、フリージアは心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思うほどに胸が高鳴る。


「はい、私も…お会いできるのを楽しみにしています」


 恥ずかしながらも微笑むと、ファビウスは嬉しそうに笑顔を向けた。

 ファビウスは丁寧に馬車の扉を閉めると、フリージアの乗る馬車が見えなくなるまで、その場で動かず見送ってくれていた。

 フリージアもまた、ファビウスの姿が見えなくなるまで、ずっと馬車の窓から見つめていた。

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