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第5話 思いと想い

 フリージアはウィン公爵と、誕生日会について打ち合わせを始めた。当日、願いを演奏にのせるために、子どもに対してどのような思いをもっているのか、フリージアは尋ねた。


「そうですね、まずは健やかに育って欲しい、それから私のように優秀に、そして素直に、それから…」


 よっぽどロードが可愛いのだろう、ウィン公爵の口からは、次から次へと願いが出てくる。


 使用人をはけさせた部屋の中にはウィン公爵と2人きりのため話を遮るきっかけもなく、延々と続く公爵の息子への理想をフリージアは頷きながら聞く。


「…のように育って欲しいと思っておりまして。おや、すみません、長々と話してしまいました」


「いえいえ、問題ありません。息子様を思うお気持ちはよく分かりました…」


 フリージアは、慣れた作り笑顔で対応する。


「いや〜そうですか、ありがとうございます。…して、フリージア嬢、話は変わりますが…、噂は本当ですかな…。フリージア嬢が弾くピアノの演奏を聞くと、願いが叶うというのは」


(私が弾くピアノ?)


 フリージアは噂の内容に、笑顔だった顔が若干ひきつる。


「…そんな噂が出回っているのですか。私達は皆さんのご希望にそって、演奏をしているだけで、演奏で願いが叶うことはありませんわ。それに、ステージに上がって弾くのは私ではなく…ダリアですわ」


「ふむ…ダリア嬢…ですとな…。…昨日、ダリア嬢と話をしましたが、ピアノを2台準備するよう話がありました。1台をステージに、1台をステージ袖に配置するよう言われましたが、なぜ2台必要なのですかな?ダリア嬢のみの演奏であれば、2台用意する必要はないかと思いますがね」


「それは、もし当日にステージ上のピアノに何か問題が起こったとき、すぐに交換などの対応ができるよう、予備のピアノをステージ袖に置いておきたいという理由です。せっかくの特別な日ですもの、失敗は許されませんわ」


「それは本来の理由を隠す、体裁ですかな」


「事実ですわ」


(ウィン公爵は何が言いたいの…)


 フリージアは、ウィン公爵の歯切れの悪い発言に、少しずつ不安が募る。


「昨日、ダリア嬢と曲目について話しましたが、彼女は詳しくないようでしたがね。本当に彼女が弾いているのですかな?」


「はい、当日もダリアが演奏しますので楽しみになさっていてください」


 フリージアはじっと見つめてくるウィン公爵の目が怖くなり、どうにかこの場を打ち切る方法はないか頭を巡らす。


「フリージア嬢、今日の黄色いワンピースも、とてもよく似合っていますな。あなたの母親もよく…」


 急に恍惚な顔で話しかけるウィン公爵が怖くなり、フリージアは逃げ出したくなったそのとき、コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえた。


「…誰かね?」


「クラウスです」


 クラウスの声が聞こえるや否や、露骨に嫌な顔をしイラつくウィン公爵に、フリージアは嫌な気持ちになる。


「そろそろ日が暮れますので、フリージア嬢にはお帰りいただいた方がよろしいかと思い、声をかけました」


「お前に言われなくとも分かっとる。フリージア嬢、今日はありがとうございました。当日までに、また打ち合わせや話ができれば…」


「いえっ!今日のお話で十分ですわ。当日はお約束の時間までに、ダリアと共にこちらに参りますので」


(なんでまだ話したがるのかしら…なんだか気持ち悪いわ…)


 フリージアは失礼を承知で、ウィン公爵の話を遮って拒否する。


 2人のやり取りを冷静に見ていたクラウスが、口を開く。


「父上、私がフリージア嬢を馬車まで案内します。弟のロードが、先ほど父上を探していましたので、探して話を聞いてあげてください」


「なにっ、ロードが!…だが、フリージア嬢とここで別れるのは…」


「お構いなく…ですわ!ありがとうございました、失礼いたします。クラウス卿、お願いいたします」


 名残惜しそうなウィン公爵を残し、フリージアは足早にクラウスと共に部屋を出る。



「申し訳ありませんでした」


「えっ?」


 無言で歩いていたクラウスが、口を開きぽつりと話す。


「父上が、あなたに迷惑な態度をとっていたように思いましたので…」


「えっ、あ、いえいえ、大丈夫…ですよ」


 本当は、クラウスが来てくれて助かったのだが、流石に初対面の彼に、あなたの父親が気持ち悪かったので助かりました、などと正直には言えない。


「それに驚かれたかと思います、父上の私と弟のロードに対する態度の違いに」


「…それは……」


 フリージアは言葉に詰まる。

 正直、クラウスの言う通りだ。あからさまに、次男のロードを可愛がっているようだった。


「いいんです。本当のことですから。父は私よりロードの方を可愛いのです。私とロードは兄弟ですが、私の母は父と離婚し家を出されてしまいまして、今はロードの母…私にとっては血の繋がっていない母とロードと父上と、3人仲睦まじく過ごしているわけでして。私のことは目障りなようです」


 クラウス卿とロード卿の扱いの違いと、なぜこんなに歳が離れているのか分かったフリージア。

 家族3人だけが仲良くして自分だけが取り残される、そんな状況のクラウスを、自分と重なり心を痛めるフリージア。


「…今度の誕生日会には、クラウス卿もご出席されるのですか」


「はい。ロードは私を慕ってくれますし、弟は可愛いですから」


 笑顔で言うクラウス卿の顔からは、その言葉に嘘はなさそうだった。


 馬車の前まで来ると、クラウス卿は足を止めフリージアの顔をじっと見つめる。


「フリージア嬢、父上の行動でもし何か困ったことがありましたら、遠慮せず私にすぐ言ってください」


「はい、お気遣いを、ありがとうございます」


 営業スマイルで見つめ返すフリージアだったが、どこか心配そうに見つめるクラウスに、その言葉の裏に何か他に理由があるのか気になった。


「当日は楽しみにしています。よろしくお願いいたします」


「はい、こちらこそよろしくお願いいたします。ここまで連れてきていただき、ありがとうございました。それでは、失礼いたします」


 クラウスに支えてもらい馬車に乗り込みドアが閉められ、フリージアが中から軽く会釈したところで馬車は出発した。


 クラウス卿が見えなくなったところで、フリージアは馬車の中で大きく息をつき、姿勢良く座っていた体勢を崩す。


「ふぅ〜…。なんだか息のつまる時間だったわ…」


 馬車の窓から外を見ると、夕焼けが綺麗だった。


(こんな気持ちのまま屋敷に戻るのは、なんか嫌だな…)


 シード公爵家の家族からは、日が暮れてからの外出は禁止だと約束させられていた。ただ、ウィン公爵から屋敷までの道のりの間で日が暮れるのは間違いなく、これからどこかへ行くなど、家族との約束を考えれば無理だった。


(でも、ちょっとだけ…ちょっとだけあのお店を覗くくらい…昨日の私の演奏の効果で、今日はどのくらいお店に人が来ているのか気になるし、見るだけですぐ帰ればいいわよね)


 どうせ帰っても家族の団欒には入れてもらえないし、それに来ている人が気になるだけでファビウスとの約束のためじゃない、とフリージアは納得いく理由をだして自分に言い聞かせる。


「ちょっとお願いがあるんだけど、いいかしら?」


 馬車に座る御者ぎょしゃに声をかけ、フリージアは屋敷の前に行きたい場所があることを告げる。



 ◇◇◇◇


「ありがとう。用事はすぐ終わるから、その辺で少し待っててくれるかしら」


 お店の近くまで来られては、家族にバレてしまうと思い、お店から少し離れた場所で待っているよう、御者ぎょしゃに告げる。


(えっと…今日はどんな感じかしら?)


 徐々に日が暮れ始め暗くなってきた中、例のお店へと急ぐ。


(ここね…えっ!?)


 お店の扉を少し開けると、店内は半分以上が人でうまっていて、思っている以上に賑わっていた。


(私の効果、そんなにあったのかしら??)


 思っていた以上の人に、フリージアは入るのを躊躇い、少し開けた扉を静かに閉め帰ろうとする。


 すると、フリージアが持つ扉の上の方をガシッと大きな手が掴んだ。


「こんばんは、フリージアさん。来るのを待っていましたよ」


 見上げると、にこやかな笑顔のファビウスが立っていた。


「あっ、こんにち…こんばんは。ファビウスさん、今日もいらしていたんですね」


 当たり障りない返事をしながらも、フリージアはファビウスが来ていたことと、また会えたことに内心嬉しくなる。


「今日は店に入らず帰られるのですか?演奏されるのを、楽しみに待っていたのですが」


「そうなのですけど…今日は思ったより人がたくさんいらしてますし、それに私ここでまたピアノを演奏していいか、マスターに聞いてないですし…」


「それなら問題ありません。私がマスターに聞いておきました。マスターは、フリージアさんになら、いつでも演奏してもらいたいと言っていましたよ」


(えっ、行動早いわね…!)


 ファビウスの端正な顔からつくりだされる優しい笑顔を向けられ、フリージアは気持ちがほだされ、顔がほころびそうになるのを必死で止める。


「今日も演奏していただけませんか。フリージアさんの演奏が聞きたいです」


 差し伸べられるファビウスの手に、フリージアは顔を赤らめながら自らの手をのせる。


(今日もお客様がまた来るように願って演奏して、その後すぐ帰るだけよ…)


 ファビウスに手を引かれ、前に置かれるグランドピアノの方へとゆっくり連れて行かれるフリージア。

 ファビウスは人より背が高く、よく見ると鍛えているのか体もしっかりしていることもあり、人々の中を歩くだけで目立ち、注目を集める。


 前に向かう途中で、カウンターにいるマスターと目が合う。マスターは優しい目と嬉しそうな顔で、フリージアに深く頭を下げる。


 そして前方の円卓には、昨日いた男女のペアが今日も座っていた。

 フリージアに気付くと、笑顔で小さく手を振り小さく拍手をしてくれる。


 フリージアは、それらの光景だけで胸が温かくなる。自分のかけた効果の結果だとは分かっていても、自分に向けられる温かい眼差しが嬉しかった。

 ファビウスに手を引かれる恥ずかしさの中、昨日いた店内の人々から受ける自分への優しさに感動すら覚える。


 外が暗くなってきており来るかどうか迷ったが、やはり今日またこの店に来て良かったと心から思った。


 グランドピアノの前まで連れてこられたときには、薄暗い店内でもよく分かるほどに、店内にいる全員の視線がフリージアに集まっていた。


「フリージアさん、弾いていただけますか」


 ファビウスが優しい笑顔で、フリージアを見る。


 フリージアはファビウスに笑みを向けると、小さく頷きピアノの椅子に座る。


 ファビウスは円卓の席に戻り、フリージアは鍵盤に手を乗せ願いを心の中で唱える。


(今日、このお店に来てくださった素敵なお客様たち。またこのお店に来てくださいますように。そして、皆さまに幸せが訪れますように!)


 ピアノを弾きながらも願いを何度も心の中で唱え、音にのせ店内に響かせていく。


 軽やかで優美なその演奏は、店内全員を柔らかく優しく包んでいく。

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