第16話 ウィン公爵家への効果
フリージアは、ステージ袖に置かれているピアノに座り鍵盤に指を置くと、ステージ中央でピアノに向かうダリアを、じっと見つめる。
ダリアが手をほんの少し上に上げると、それが弾き始めるサインで、フリージアは練習していた通りのテンポで、うまくダリアの指の動きに合わせながら音を奏でていく。
今回も、ダリアはピアノに消音装置をさりげなく付けることに成功したため、ダリアのピアノの音は聴衆には聞こえなくなっている。
曲は、子どもが好きそうな動物をイメージして作られたものにした。
リズミカルで、所々に動物の鳴き声を表すようなメロディーも入っていて、幼い子どもでも楽しんで聞けるだろうと思ったからだ。
だからと言って、子ども騙しの曲でもなく、大人が聞いても曲に物語性を感じられ、時にダイナミックに、時にリズミカルに、時には穏やかに、動物をイメージできて充分に楽しめる曲だ。
フリージアは演奏しながら、音に願いを込めていく。
(兄弟2人が健やかに、仲良く暮らして行けますように…それから、家族全員が仲良く幸せでありますように…)
フリージアの弾くピアノの音は、ステージ下で聴く、ウィン公爵と夫人、そしてクラウスとロード、全員に優しく届いていく…。
◇◇◇◇
「ふぅ〜。今回も、何事もなく無事終わって良かったわね」
待機室に戻ったダリアは、腕を上に伸ばし、大きく息を吐いて腕を下ろし、体の凝りをほぐす。
「そうね。今回は演奏時間は少し長めにしたから、家族間でのギスギスは、当分ないはずだし、ね」
フリージアは待機室内の椅子に座りながら、撤収のための片付けを始めている。
ダリアから受け取った消音装置や、持ってきた楽譜などをカバンに入れていくが、少し動くだけでフラフラし、暑くもないのに額から汗がツーッと垂れてくる。
通常の演奏時間は10分〜15分だが、今回は父であるシード公爵と友人とのことで、サービスで少し長めの20分弱にした。
(マリア夫人宅で弾いた後と、同じような症状だわ…)
フリージアは体が重くなり、歩くだけでも疲れてしまい早く家に帰って自室で休みたかった。
「フリージア、大丈夫?この前も思ったけど、やっぱり15分が限界よ。それ以上は、あなたが危ないわ」
「そうだよね…。でも、こうやって回数こなしていくうちに、だんだん体が慣れていって、長時間の演奏もできるようになっていくかもしれないし…」
「だとしたら、うちで練習して試してからの方がいいわね」
「そうなんだけれど、…お父様もお母様も、依頼外で願いの効果をかけるのは嫌がるじゃない…うちで練習しようがないわ…」
「じゃあ、また私にやる?」
「もうっ!それは二度とやらないわよ、ダリア。お父様とお母様に無断であなたに効果をかけたことで、どれだけヒヤヒヤしたか」
「でも、バレなかったじゃない」
「今のところ、たまたまバレてないだけで、これからも大丈夫だ、という保証はないわ。実際、あなた朝食室で毎日出る卵料理を突然褒め出して、奇妙がられていたじゃない」
「はいはい、分かったわ」
ダリアは両手をあげ、降参といったようなポーズを取り、フリージアから離れていく。
コンコン、とまた扉がなり、クラウスが現れる。
「失礼ます。本日は、大変素晴らしい演奏をありがとうございました。主催者側にも関わらず、招待客と一緒になって聴き入ってしまいました。あっという間の時間でしたが、こんなに気持ちが高揚したのは久しぶりで、とても感動いたしました」
「まぁ!そのようにお褒めいただき、こちらこそ身に余る思いでございますわ。私達2人とも今日、こちらで演奏できたことを大変感謝しております」
「招待客の方々も、お2人の演奏に感銘を受けておりましたので、お2人のお名前は、今後より一層多くの人に知れ渡ることとなるでしょう。有名になり、お近づきになれなくなる前に、私はお2人にお会いでき良かったです」
「そんな嬉しいことを!私…いえ、私達2人こそ、本日クラウス卿にお会いできたことに、感謝しておりますわ!あの、あの、もしよろしければ…」
(ダリア、まさかもう告白する気…?)
「…お手洗いを、教えていただけないでしょうか…」
「ご案内します、こちらへ」
ダリアは、ウィンクした嬉しそうな顔をフリージアに向けた後、クラウスに近寄り、クラウスの腕につかまって部屋を出ていく。
フリージアは1人、待機室に取り残される。
「はぁ〜…疲れたなぁ…」
椅子に座ったまま、目の前のテーブルにゆっくりと崩れ落ちる。
(でも、明日はやっとファビウスに会える日だわ)
そのことを考えると、この疲れも吹き飛ぶ気がする。
「さぁ、早くここから撤収しなきゃ、後片付け後片付け…」
フリージアは気合いを入れると、疲労で重い体で椅子からゆっくりと立ち上がると、部屋の中の荷物の片付けをしていく。
15分くらいはたっただろうか、ダリアとクラウスが戻ってきた。
「あ、ダリアおかえり。ダリアの荷物も、もう片付け終わったわよ」
「そう、ありがとう」
フリージアはダリアにカバンを手渡すも、ダリアは無表情で受け取っただけだった。
「クラウス卿、荷物はもうまとめ終わりましたので、これで私達は帰らせていただきます。おそらく忘れ物などはないかと思います」
「分かりました。そうしましたら、帰られる前に父上にお会いしていただけませんか。おそらく、父上も会いたがっていると思いますので、その後に馬車のところまで行きましょう」
クラウスに促されて、フリージアとダリアはウィン公爵に会うため、先ほど演奏したホールへと向かう。
ホールでは、まだまだ多くの招待客がおり、ウィン公爵も楽しく話していた。
しかし、先程と違うのは、ウィン公爵が隣にいるロードを時々気にしている様子で、ロードも少しリラックスしており、子どもらしくウィン公爵につかまり、服の裾をひっぱったりして甘えたりしている。
ロードが少し飽きた様子をみせれば、ウィン侯爵は話を切り上げて招待客の場を離れ、ロードを抱き抱えたり話しかけたりと、子どもを優先している姿が見られた。
(良かったわ。なんとか、願いの効果が表れているみたい)
ウィン公爵とロードの一般的な親子の関係に、フリージアは少し安心し自然と笑顔になる。
そんなフリージアを見ていたクラウスが、ふっと微笑む。
「皆、演奏を聞いた後から気持ちが穏やかになったようで、この場の空気も柔らかくなった気がします。私も気持ちに余裕が出た気がしますし、こんなに晴れ晴れとした気持ちは、実の母がいたとき以来です。本当に不思議な演奏ですね」
「そう言っていただけて、光栄でございます。ご家族が幸せそうにしている姿を見るのは、私も嬉しいですから」
フリージアが笑顔をクラウスに向けると、クラウスにも笑顔が伝染する。
「その優しい気持ちが、音に表れているのでしょうね」
「えっ?」
クラウスが小さく呟いた言葉が聞き取れず、フリージアは聞き返す。
「さぁ、父上は話しが一旦落ち着いたようです。行きましょう」
フリージアとダリアはクラウスに連れられ、ウィン公爵の方へと向かった。
「おやおや、これは今日一番のスペシャルなお二方、ダリア嬢にフリージア嬢ではないですか。本日は、真に素晴らしい演奏を、ありがとうございました。私並びに招待客の皆様全員が、大変感銘を受けました。今度は、私が個人的に、またお呼びしたいくらいですな。例えば、ピアノを教えていただくとか…はっはっは!まぁ、お二方ともお忙しいでしょうし、なかなか難しいでしょうな」
「こちらこそ、本日はこのような素敵な場にお呼びいただきまして、ありがとうございました。またお呼びいただけるとのこと、大変嬉しく思いますわ。またご依頼いただけましたら、予定が入っていない日であれば、お受けできますので。その際には、またご連絡いただければと思います」
ダリアがドレスをつかみ深くお辞儀をし、ニコリとした笑顔で受け答える。
「はっはっは、そうですな、やはり正式に依頼しないといけませんな。他にも、ロードのピアノ講師としてでもいいですな」
「まぁ、ウィン公爵様は教育熱心でおられますのね!ただ、私もフリージアもピアノを教えたことがありませんので、うまくできるか…そういえば、ロード卿はどちらに?」
「ロードは今、妻と席を外しておりまして。今日は一日中、少し頑張りすぎたようでしてな、疲れが溜まってきたようで、他の部屋で休んでいます」
「まぁ、そうなのですか!それでは、こちらにいらっしゃいますお客様方を、公爵様お1人でお相手なさっているのですね!私達がここで公爵様をお引き止めしてはいけませんわ。私達は、ここで失礼いたします。本日は、ありがとうございました」
ダリアとフリージアは、再度深々と膝を曲げお辞儀をし、出口の方へと向かう。
「父上、私がお二方を馬車までお送りしてきます」
「あぁ、クラウス、いつもお前にばかり頼ってしまってすまないな。よろしく頼んだぞ」
背中で聞くウィン公爵とクラウスの会話に、フリージアは自分のかけた願いの効果を感じ取り、クラウスがウィン公爵から冷たい扱いを受けていないようで安心した。




