第1話 旋律
「フリージア、どうしても彼が欲しいの。お願いだから、これが最後でいいから・・私を手伝って・・!」
ダリアはフリージアの手をギュッと握ると、潤んだ瞳で見つめる。
フリージアは、ダリアから目を逸らし小さくため息をつく。
「わかったわ・・これで最後よ、約束してね」
フリージアは力のない声でそう答えると、ダリアの手をそっと放す。
(大丈夫よ、フリージア。この能力を使うのも今日で最後だから。そう、最後だから・・)
フリージアは、ステージ下で椅子に座る彼の顔を見つめ胸がいたむ・・。
◇◇◇
今日は、自分の娘の結婚式を行なう、とある公爵家にフリージアとダリアは来ていた。
娘の結婚式でピアノ演奏を行って欲しいとの依頼を受け、フリージアとダリアは2人だけでやって来た。
「本日はお越しいただきまして、ありがとうございます。お噂はかねがね・・娘の結婚式を更に素晴らしいものにするべく・・とは言っても、まだ娘は結婚するには早いと思うんですが・・ね・・はぁ・・それに相手の男ときたら・・」
本日の依頼者である公爵は、噂で聞くに娘の結婚相手に不満があるらしい。というのも、自分の地位より低い侯爵家の息子との結婚だからだ。政略結婚ではなくお互いを好きあった末の恋愛結婚らしく、当事者の2人にとっては最高にハッピーな展開なのだろうが、娘の父親である公爵はこの結婚をまだ認められないらしい。
「公爵様、ドレスを着られたソフィアお嬢様の綺麗なお姿といったら・・私とフリージア共々、こちらにいることができまして、本当に心から光栄に思いますわ」
ぶつぶつと呟く公爵の愚痴を遮り、ダリアはニコリと笑顔をつくり膝を曲げて公爵へお辞儀をする。
フリージアはダリアの少し後ろで、同じように膝を曲げ控えめにお辞儀をする。
「ありがとうございます。今日はまたお綺麗なお姿で、シード公爵もこんな素晴らしい娘を2人ももってさぞかし鼻が高いでしょう。あぁ、それでは、ステージはあちらになりますので、どうぞ声がかかるまでご待機をよろしくお願いします」
公爵の示した手の先には、結婚式のために華美な装飾を施された公爵家の広い庭の中に、ピアノが1台、設置されたステージの真ん中ではなく端っこの方に置かれている。ピアノの椅子のすぐ後ろはもうすぐステージ袖である。なので、ステージ袖からすぐに出てピアノの椅子へ座ることができる、そんな位置だ。
「承知いたしました。つきまして、お1つ確認をよろしいでしょうか」
ダリアは大きな瞳を見開き、公爵の顔をじっと見つめる。
「事前にお約束しておりました通り、演奏が始まってから終了するまでは、決して私達以外の人間を舞台、それから舞台袖に上がらせないこと、また近づかせないこと。お約束は守っていただけますわよね」
先ほどまでの無邪気な笑顔とは打って変わって、若干脅迫めいた表情に、公爵も思わずたじろぐ。
「もちろんでございます!お約束は絶対に守らせていただきます。そのために、誰か間違って近づかないよう、こちらも警護人を置きますので」
「それなら安心できますわ。私達演奏を誰かに邪魔されるのが、一番嫌いなんですの。ご厚意に感謝いたしますわ。それではフリージア、行きましょう」
急に元のように可愛らしい笑顔に戻ったダリアに促されて、フリージアはピアノの置かれるステージへと向かう。
今日は結婚式ということもあり、ダリアとフリージアは2人とも控えめな薄い緑色のストレートなドレスをお祓いで着ていた。
ステージに上り舞台袖で待機する2人は、ちらっとステージ下を見る。結婚式に呼ばれた多くの人達で埋め尽くされ、式が始まるまでガヤガヤとしている。
「緊張するわね〜」
ダリアがその大きな瞳で、ゲスト達を見回す。
「フリージア、今日は盛大にみんなが楽しく、そして幸せになるような演奏をするわよ!」
「わかっているわ、ダリア。それで、もうアレをつけたの・・?」
「えぇ、実はこの会場に来る前に、メイドの1人につけてもらったの。だから問題ないわよ」
「それならいいんだけど・・アレがちゃんと起動するか心配で」
「そうね・・う〜ん、でもまぁ今日は私達の演奏に合わせて花婿と花嫁が踊るらしいし、ゲストの視線もそちらに向くでしょ。何かあってもなんとか誤魔化せるわよ」
ダリアはウィンクして、ニコッと笑う。
「そうだけれど、でも私は心配だわ・・」
フリージアは舞台袖からチラリとゲストを覗くとあまりの人数の多さに驚き緊張し、すぐに引っ込み呼吸を落ち着かせる。
「もうっ、フリージアはすぐ緊張するんだから〜」
ダリアは腕組みをし、フリージアを見てため息をつく。
フリージアはステージ下のゲスト達からは見えない、ステージ袖に隠すように置いてあるもう一台のピアノの上で、両手の指をならすように動かす。
「ちゃんと私達の要望通りにステージ袖にもピアノを1台用意してあるし、問題はないわね」
緊張の面持ちでステージ袖のピアノの上で練習するフリージアを見ながらダリアは満足げに微笑むと、またゲストを見る。
「あっ、そろそろ出番みたいよ」
ダリアが言うと、フリージアは胸に手をあて深呼吸を何回も繰り返す。
「お集まりの皆様、本日は娘の結婚式に〜・・」
先ほどの公爵がゲストに向かって、スピーチを始めた。
「本日は、シード公爵家から素晴らしい演奏者をお迎えしております。それではこれから演奏していただきます!どうぞ!」
公爵の合図と共に、ゲストの視線がステージ上に注がれるのを、フリージアはステージ袖にいながらも感じ震えた。
「じゃ、行くわよ」
ダリアが小声で言うと、ダリアは笑顔をつくりステージ袖から歩き出しピアノの前まで行く。
そして、ゲストを見渡すと胸に手をやりゆっくりとお辞儀をする。
ワーーー!!パチパチパチ!と歓声と拍手が沸き起こり、それがやまないうちにダリアはピアノの椅子へと座る。
フリージアはステージ袖に隠された、ゲストからは見えないステージ袖に置いてあるピアノの椅子に座ると、ステージ前方に座るダリアの手の動きに注視する。
ダリアが弾き始めようと手を少し上にあげたその瞬間に、フリージアも一緒になり演奏を始める。
(今日は結婚式・・皆さんが幸せになれますように・・そして楽しい1日を過ごせますように・・)
フリージアは心の中で祈りその気持ちを指から音にうつしていき、演奏を響かせる。
そして、途中から演奏をワルツに変えると、花婿と花嫁がニコニコと笑顔でゲストの前に出て体をくっつけて踊り出す。
フリージアはその様子を見られないが、聞こえるゲストの、おぉ〜〜という感嘆の声に、きっと素敵なダンスを踊られているのだろうと嬉しくなり、弾きながら笑顔になる。
そして、ダリアの手の動きにも注意しながら演奏すること10分。
最後は盛大な演奏で終わり、観客からはブラボー!と大きな割れんばかりの拍手が沸き起こる。
ダリアは椅子から立つと、ピアノの前に行き胸に手を当て片手はピアノに手を置き、深々とお辞儀をする。
そして、すぐに舞台袖に引っ込むと、ステージ袖のピアノに座っているフリージアに笑顔で飛びつく。
「今日も大成功ね!フリージア、やったわ〜!」
満面の笑顔のダリアを、フリージアも優しく抱きしめ返す。
「ダリア、アレも忘れずに回収しないと・・」
「もう、分かってるわよフリージア!アレなら、さっきはけるときに回収してきたわ」
ダリアは親指と人差し指で掴んだ丸い直径3cmほどの銀色の装置を見せると、イタズラってぽく笑いステージ袖に置いていたミニショルダーの鞄の中へと入れる。
フリージアはほっと胸を撫で下ろすと、ピアノの椅子から立ち上がり、そっとピアノを撫でる。
(今日もありがとう。お疲れさま)
フリージアは微笑みダリアに続きステージ裏から出る。そこは結婚式場からは離れた公爵家の庭へと繋がっていた。
すると、公爵が会場から抜け出し2人の所へとやってきた。
「素晴らしい演奏でした!本当に、本当に・・!娘が最高に幸せな結婚ができることを、私はこころから嬉しく思います!こんな幸福がこの世にあるのでしょうか、娘が素晴らしい結婚をするのだ・・!本当に幸せだ!」
演奏開始前までのグチグチ言っていた公爵とはうって変わり、娘の結婚に感動し涙ぐんでいる父親になった。
(ふぅ・・今日もうまくいったみたいで、良かったわ)
フリージアは胸を撫で下ろす。
「ダリア嬢、本日は素晴らしい演奏をありがとうございました!」
公爵はダリアの手をギュッと握ると、嬉しそうにダリアを見る。
フリージアはその様子を、ダリアの一歩後ろで控えめに微笑みながら見ていた。
「それでは私は娘の式に戻ります」
フリージアに一言もかけることなく、背を向けて去る公爵。
ダリアは笑顔で手を振り公爵を見送っていたが、遠くに行ったのをみるとフリージアにゆっくりと抱きつく。
「ごめんね、フリージア・・本当は私は弾いてるフリで、皆んなが聞いていたのはあなたの演奏だったのに・・。なんか私にだけ感謝されるのは心が傷むわ・・」
「平気よ、いつものことじゃない。さ、帰りましょ」
フリージアはダリアの手を引き、そばで待機している馬車の方へと行く。




