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第九話 薄い紙束

 次の朝になり、昨晩に引き続いて用意された豪華な朝食に舌鼓を打った後、他の探索していない場所を数か所巡って一先ず屋敷を後にすることとなった。


「どうなるんだ俺の人生。せっかくマクマーン様のお抱えにまで上り詰めたって言うのに」


 つむじが正面に向くほどうなだれてしまっているホスキンスさんにはもうどんな励ましも届きそうにない。


「まあ帰ってから街中も探索してみましょう」


「恩に着るよアルマ。君だけが頼りだ」


 頼られたところでどうにもならないのだが、一宿一飯の恩を残したまま去るのも申し訳ないのでこの後は街中を巡っての探索フェーズ2が予定されている。


 「もう行くのかい」


 屋敷の正門で荷物を詰めていると昨日と同じく2階のバルコニーから明るい男の声がした。


「もっとゆっくりしていけばいいのに」


 すっかり調子を取り戻した彼はニコニコと笑いながらこちらに手を振っている。どうやら私も友好的行為の対象となったようだ。

 私はペコリと頭を下げて荷馬車へと乗り込んだ。

 ホスキンスさんも今持てばどれだけ重いのだろうという頭を下げ力なく荷馬車の席へと着く。

 

 結局昨晩のディナーから一度も当主殿が顔を出すことはなかった。もう私たちに構っている余裕は無いのだろう、こればかりはとんでもない息子を持った自分を呪ってくれ。


「そうだ、私も君に聞きたいことがあったんだ」


 いざ出発のタイミングで再び2階の彼が大きな声で問いかけてきた。話しかけるのはいいが迂闊に関係を疑われるようなことは言わないでいただきたい。


「はい、なんでしょう」


 私は仕方なく荷馬車から顔を出して彼の方を見た。


「君はなぜ旅をしているんだい?もっと楽な生き方もあったろう」


 私が旅をしている理由か。この世界の事をもっと知りたいだとか、そもそも帰る場所がないだとかいろいろ理由はあるけれど一番大きい理由はこれだ。


 「探し物があります」


 「探し物だって、よりによって君が?」


 彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた、その豊かな表情筋を存分に使って。


 私は死んだ。例えばそんな私の人生や生き方を文字に変えればどうだろう、きっと薄っぺらい本とも呼べぬ紙束が出来上がる程度だろう。

 それもそのはず私の1日は学校でうたた寝をして家で本を読む事だけで形成されていて、その先に掴みたい未来など思い描いていなかった。

 何というか随分と空虚な人生を送ったものだと思う。故にあの時死を自覚してなお生にしがみ付くことなくあっさりと意識を手放したのだ。

 

 だが彼らならどうだろうか、跡取り息子殿とアリアナさん達は私のようにあっさり死を受け入れたりはしないだろう。

 地べたを這ってでも助けを呼び、気が狂いそうな激痛と戦ってでも生き残ろうとするはずだ。

 彼らはしっかりと己の意志の根を張り、競争や障害に立ち向かってでも得たい未来があり生きようとする覚悟がある。根無し草の私と違って地に足を付けて歩もうとする強い人間だ。

 

 正直私は事の善悪や正しさには興味がない。

 正しさに縋るのであれば今回の一件は早々に当主に報告し事を収めるべきだっただろう。それが一番当たり障りなく無難な道といえる。

 そんな道を放棄して今回私の下した決断がマクマーン家とアリアナさん、そしてホスキンスさんにどういった影響を与えるのかは不明だ。もしかしたら破滅を招く最悪の選択であったかもしれない。ただそれでも自分たちの意思で運命を切り開こうと藻掻いた彼らの行動を尊重したいと思った。そうして私もいつか譲れない何かに出合いたい、それが私の旅の探し物だ。


 1人の旅は辛いこともある。だが色んな人の人生に触れることは悪くない。こういう出会いができるのなら、この過酷な旅ももう少し続けてやろうじゃないか。

 それにもう1つやらねばならない事もある。


 荷馬車が動き出し、屋敷の門へと向かっている時ふと外を見るとトワイライトオレンジの果樹園でアリアナさんも手を振って私たちを見送ってくれていた。

 友好の証。と受け取っても良いのだろうか。私もそっと手を振り返し屋敷を後にした。


 ホスキンスさんは結局その後一言も喋らなくなってしまったが、一応口止め料として10貴族に返り咲いた際には何かしら彼にボーナスをあげてやってくれと頼んでおいたのでどうにかしばし我慢してほしい。

 あんなにおいしいモーニングもあまり手についていないようだったので今後の栄養状態も心配だ。


「そうだ」


 私は鞄からギュッと実ったトワイライトオレンジの果実をとしだしてハンカチの上に置き、ナイフでいくつかに切り分けた。


「これ食べて元気出してください」


 1つつまんで渡すとしぶしぶ口に運んでくれた。


「おいしいねこれ」


 ホスキンスさん半泣きになりながらもオレンジをもむもむと噛み味わっている。


「もう1つ貰っていい?」


「どうぞ」


 もう1つ取って手渡す。意気消沈で味など感じないであろうホスキンスさんの舌にすら感動を与えるアリアナさんの仕事熱には恐れ入る。彼が危ない橋を渡ってでもそれ以上を欲するのもどこか共感できるかもしれない。


「安心してください、きっとこのオレンジみたいに甘い未来が待っていますから!」


 細かい事は言えないのでそう言って背中を押しておく。


「どういう励ましなのそれ」


 こうして宝剣の盗難事件は一応の収まりをみせそうな未来があると判明したわけだが。結局ここでも私の知りたい情報は見つからなかった。

 だがこうして旅をしていればいろいろな謎を解くカギにもいつかきっと出会えるはずだ。


 ただひたすらにそう願って明日も私の旅は続く。

ご清覧ありがとうございます!

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