第七話 机上の盗賊
「お話でしたらお部屋で伺いましょう、お茶を淹れてお持ちいたします」
つまり私にここから離れろと、露骨だが当然の対応か。
「いいですよ、ただ内容はそこに埋まっている宝剣の件だとは言っておきますね」
隠してもしょうがないのでここは先に相手の逃げ道を断っておこう。
「宝剣・・・?いったい何のことでしょうか」
だんだんと夜闇に慣れた目には、ランタンでほんのりと照らされている彼女の表情が一瞬にして強張り、両の手にグッと力の籠ったことがよく見えた。
明らかに狼狽している。しかし彼女が盗人でしたハイ終わりというほど単純な話でもないだろう。
「さて、これ以上彼女に場を任せるのも酷でしょう。そろそろあなたの口からも何か語っていただきたいものですね御子息殿」
私がそう言ってランタンを後ろへと向けると屋敷まで抜けるはずの光は途中で遮られ、代わりに人型の影が浮かび上がった。
「まいったな、そこまで見透かしていたとは」
姿を見せたのはマクマーン家の息子だった。
しかしそこには今日見たあの人当たりの良い笑顔はない。頭は俯きぎみで声にも力がなく目は泳いでいてなんとも哀れな姿だった。
「だってアリアナさんが私の能力や目的を知っている訳がないじゃないですか。ここに彼女がいたと理由はつまりあの場にいた誰かの指示があったという事の裏返しでは?」
私が今日宿泊することになった経緯を知るものは私、マクマーン家の当主、息子殿、ホスキンスさんしか知りえない情報だ。
「まずホスキンスさんではないでしょう。アリアナさんと組んでの窃盗が目的なら私を使う必要はなかった」
ホスキンスさんがこんな事をしたとなれば重い罰は免れないだろう、そこにわざわざ私を連れ出して罪を明るみに出す意味は全くない。
「で、当主殿もまた違うでしょう。屋敷内をくまなく探せという指示は自分の首を絞めるようなものです。それにそもそも宝剣を隠す意味も分からない」
当主殿が犯人であったとしたら理不尽にでも私を屋敷から遠ざけるべきだ、泊っていけなどという発言は出てこないだろう。
「それではなぜ僕だと」
「あなただけが私を遠ざけようとしていたからです、私が部屋に戻ったあの時カップの試験を考えたのはあなたでしょう」
「何故そう思ったんだい?」
ここで即座に否定しないのは流石だ。
違う、などと言えばでは当主殿の元へ行って確認しましょうかとなる。それはあちらにとっては嬉しくない展開だろう。
ただ素直にそうだと言わずにはぐらかすのは何か後ろめたい隠し事があるからか。
「それはもちろんそもそもカップを持っていたのがあなたで、かつ当主殿から見て私のカップは対角にあたる位置に置かれていたものだからですよ」
わざわざあの当主が自ら一番遠い位置にあるカップを取りに行くとは考えづらい。彼なら数歩歩けばカップに手が足りる。
「証拠としては薄いんじゃないかなそれは」
それはその通り、これはあくまで推測であって決定的な証拠などない。
しかしこの男は見かけによらず小賢しいところがある。ニコニコとした笑顔に真意を隠して表と裏を使い分ける、思ったよりも厄介な人かもしれない。
ならこちらも少し意地悪をしてみようか。
「まあ水掛け論に興味はありません。そこにある宝剣を掘り出せば全てすむ話です。あなた方が何も御存じないのなら直接当主殿の元に話をしに行きますが」
我ながら悪辣な手段だが相手が真意を隠すというのであれば致し方ない。
「・・・わかった、認めよう。今回の件の主犯は私だ」
まずは第一段階、一先ず犯人は特定できた。
「しかし消去法とは言え何時から私は疑われていたのかな、それほど怪しい素振りをした覚えはないが」
「素振りというか露骨に態度変わりすぎですよね、屋敷に着いた時はあれ程快活に私達を受け入れてくれたというのに私の特技が物探しだと分かったとたん無口になって私を追い出そうとするんですから裏があると考えるのは自然な事かと」
実際屋敷に戻ってからというもの彼はほぼ無言で私と目もあわそうとすらしなかった。
「なるほどそこまで観察されていたとは。これはもう正直に打ち明けるしかあるまい、私が企て、彼女に無理を言って隠ぺいを指示したんだ君の読み通りね」
この2人は繋がっているとは考えていたが意外だったのは彼がこの場でアリアナさんを庇った事だ、てっきりアリアナさんに罪を着せ逃げおおせるものだと思っていた。
ただ庇われたアリアナさんはというと目を伏せたまま何も言わず俯いている。
「ではついでにもう1つ質問いいかな」
「どうぞ」
「君はここに探索にというよりは確信をもって来たように思えたが、何故ここへ来る前に父さんへ報告しなかったんだい」
そのとおりだ、宝剣の位置が分かっている以上私が果たすべき役目は当主殿への報告をおいて他にない。それを怠ってまでここへ来た理由は1つ。
「そんな事をすればあなた方は罪を免れないではないですか」
「なに・・・そんな事のためか⁉」
「ダメですか?」
この事が当主殿の耳に入れば大事だ。おそらく当主殿は烈火のごとく怒りどのような理由を繕ってもその怒りを鎮めることは叶わないだろう。
その際どのような処分が下るのか考えるだけで寒気がする。であれば先にこちらの言い分を聞いておいても良いと考えただけだ。
ただの金銭目的の盗人なら何の遠慮もなく突き出せるのだが。なにか理由があるのなら一考しなければなるまい。
「ダメではないな、むしろ歓迎だ。正直今お嬢ちゃんの思慮深さでもってこの首は繋がっていると言ってもいい」
「早速理由を伺っても?ここにいるところもあまり見られたいものではないですし」
メイドならともかく当主殿やホスキンスさんにこの場を直接目撃されることはなるべく避けたい。そのためにホスキンスさんはこことは真反対の畑を放浪してもらってはいるが。
「盗賊さ」
彼はやれやれと言いように両の掌を空に向けて語った。
「盗賊?」
そんなワードはここに来て初めて聞いた。
「とある確かな筋からの情報でね、西の盗賊団が今このあたりに潜伏しているらしい。狙いは言うまでもなく10貴族有する宝剣だ。シンプルに売っても良し、表に代理人を立てて10貴族の政治に絡んで良しのコストパフォーマンス最高の逸品だからね」
宝剣による定めは確かに外部からの政治的干渉に強いと言えるが、その反面持っている力が強すぎて手を離れた場合に融通が利かないというのは確かなデメリットだろう。何事も一長一短という事か。
「メンツ重視の父さんに盗賊が去るまでの間宝剣を隠しておこうなんて言っても無意味なのは目に見えてる。だからアリアナにも協力してもらって一時的にここに隠しておくことにしたわけさ。ここであれば彼女以外手出しはしないし土が掘れている事にも不自然がない」
一度でもそんな話を口に出せばいざ断られたからと盗み出したとて疑われることは明白だ。であればより確実な窃盗と隠ぺいでもって事態を収めようと言うわけか。
「自分の部屋にでも隠しておけばいいではないですか」
「それじゃあ掃除のメイドに見つかるだろう」
なるほどボンボンめ。
しかして確かにこれならば話としては一応纏まっている。私としてもそういう理由を聞かされたらもう簡単に報告もできない。
だが・・・。
「まったく器用な嘘をつく人だ」
それでもまだ彼は嘘をついている。
発された言葉に場は一瞬にして凍り付いた。私の態度1つで彼らの人生は早々に終了する、叫び声1つない穏やかな会話であったが彼らにとってすればこめかみに銃口を突き付けられているに等しい状況なのだ。事態が思うように運ばなければ焦るのも無理はない。だがそれでもこの眼は簡単にはごまかせない。
「う、嘘ではないよ。分かっているさ口止め料は払う。だから見逃してくれないか」
私を口で懐柔できないかもしれないと分かった途端、彼は現実味を帯びてきた不安の波から逃げるように口早になり、早々に金銭での解決を申し出てきた。
アリアナさんの表情も隙1つない凛々しい表情は崩れかけ、目に見えて不安の色が表れ始めている。
「嘘ではないだなんて冗談を、だって盗賊なんて存在しないではないですか。この眼にあなたの言う盗賊なんて誰一人引っ掛かりませんでしたよ。まさか確かな筋から得た情報とか言っておいて盗賊の顔も名前すら知らないとは言いませんよね」
本当に盗賊がいて何か明確な特徴を彼が掴んでいるのであればどこにいようと私の目がそれを捕らえているはずだ。何も映らないという事は漠然と盗賊としか情報を得ていないかそもそも盗賊など存在しない可能性が高い。
「ははは・・・魔法とはそこまでわかってしまう物なのかい」
彼は完全に諦めたのか暗に嘘を認め、額に手を当てて何か考えている。
「この家のために仕方なく、悪意はなく善意で。そう言われては告げ口をしてはまるで私が悪者みたいではないですか。全く持って狡猾でいやらしい手口です」
私の善性に付け込んで同情を買おうというわけだ、正直何も切り返すカードを持っていなければ丸め込まれていたと思う。
「私が知りたいのは真実だけです。正しさに興味はないのであなた方を裁きたいなどと息巻いているわけではありません。ちょっとした出来心程度ならばれない様に剣を元の位置に戻しておいてくださいと言うつもりでした、まあ理由があまりにも救いようがなければ対応を考えますが」
「わかったよ、もうはぐらかすのはやめにしよう。いいねアリアナ」
「はい、もう真実を打ち明けましょう」
2人は見つめあってから私に対して正対した。
なぜメイドである彼女に確認を取らなければならないのかはわからないがともかくようやく事の真相に在りつけそうだ。
ああ、この人たちが私を始末するとか短絡的な結論に至らなくて本当によかった。
ではこんな大胆な行為を働いた理由とやらを聞かせてもらうとしようか。
ご清覧ありがとうございます!