第六話 宝剣の定め
「今朝10貴族については話したな」
10貴族、建国の勇士達の末裔で今もなおこの国の中枢を担い重用官職に就く一族達。
目の前のマクマーン家の方々もこの10貴族の内の1つと聞いている。
「彼らは自らの血を守るために1つの規則を敷いたのだ」
「それが宝剣の定めというわけですね」
始祖の10家とはいえ裏を返せば他人同士、何かしら具体化した規則を定めておくのは自然なことだが血を守るためとはいったいいかなる取り決めであろうか。
「この10貴族はそれぞれ家宝として建国の勇士達が使ったとされる宝剣を所有している。それこそが10貴族の証であり、またこれを持たない家同士の婚姻は一切認めないといった取り決めだ」
つまり10貴族とは各々の家どうしが相互に子供を送りあって成立しているクローズドな一族という事か、たしかにこの取り決めであれば他の家の者は一切10貴族に接触することはできない。
そうなれば政治の主導権をどこぞの新参に譲り渡すようなことも起こらない、永遠に権力は彼らの手中というわけだ。保守的だが堅牢な考え方だろう。
それに先祖の勇士達への敬意も相当なものだ、言葉をそのまま受け取るのならば剣1つ失うと同時にその地位も丸ごと失うというのだから恐ろしい。事情はどうあれ家宝1つ守り通せない半端者に情けはないよという事か。
「で、今そんな事を説明されたという事は」
「想像の通りだよ。マクマーン家の家宝である宝剣が盗み出され現在所在不明だそうだ」
なるほどそれは確かに一大事だ、マクマーン家に関しては言うまでもないがその恩恵にあずかっているホスキンスさんにとっても死活問題だろう。
「君の魔法で直ちに宝剣を探し出してくれ、相応の褒美は取らす」
「はい今すぐに・・・と申したいのですが魔法とは万能の奇跡ではないのです。私が捜索できる範囲には限りがあります。ですので今日一日屋敷に泊まらせていただいてくまなく探索してみようと思うのですがいかがでしょう」
「なんだ、存外使い物にならんな。それでは屋敷の外に持ち出されていた場合最早打つ手なしと言っているのと同義ではないか」
当主殿はいら立ちを隠せない様子で組んだ腕の指を頻繁にトントンと打ち付けている。確かに魔法で見つけてみせますと言われて出来うるのがこの程度では落胆するのも仕方がない。
「ですが少なくとも可能性の中から屋敷の内にあることを排除できます」
ホスキンスさんがすかさずフォローを入れてくれる。自分で推薦した手前何か手柄を立てないと引き下がれないその気持ちもわかる。
わからないのは・・・。
「わかった。では一晩泊っていくが良い。表向きにはお前達をもてなす席を用意したことにする、ディナーまでにできうる限り行ける場所を回っておけ」
ディナー・・・!国を牛耳る貴族のおもてなしとあれば今晩は相当豪勢なご飯に在りつけそうだ。昨日ホスキンスさんの奥さんが振舞ってくれたご飯も美味しかったし昨日今日と胃袋は幸せに満たされそうだ。
それから2時間ほど私とホスキンスさんは屋敷の半分程を僅かな空間すら見落とさないようにくまなく探したが結局宝剣は見つからなかった。
みるみる青ざめていくホスキンスさんの顔を見ているのは辛かったがこればっかりはどうしようもない。
日も完全に落ちた頃、丁度屋敷の東側を全て探し終えたあたりで昼にあったメイドさんが私たちを迎えにやってきた。
「ホスキンス様、ディナーの準備が整いました」
「そうか、もう少し後でというわけにはいかんよな」
「皆お待ちになっておりますので・・・何かご用件でしたら私に申しつけを」
では、と言いたいところだろうが今回の事は口外不要の一軒だ。屋敷の人間であっても口にするわけにはいかない。
「いや、構いません。食事にしましょう」
ホスキンスさんは肩を落とし目は虚ろになってしまっている。探しているのは私とは言えなんの手柄もなしですとあの顔の怖い当主殿に報告するのは彼なので、その足取りが重くなるのは必然だ。ごめんね。
振舞われた食事はたいそう美味なものだった。食材は新鮮そのもので厚みと歯ごたえがあり味は濃厚、それでいてその主張を決して邪魔しない的確な調理は食材のポテンシャルを存分に発揮しておりまさに言う事なしだった。
ただ味など気にしていられたのはおそらく私だけで、名義上もてなしの席だというのに笑顔はおろか会話1つない異様な空気間のまま食卓は進んでいった。
まあ彼らにとっては首に輪っかがかかった状態で食事しているようなものと例えても過言ではないような状況なので気が気でないのだろう。
最悪これが文字通り最後の晩餐となる可能性すらあるのだ。しかし元死人の私から言わせてもらえば明日終わるかもしれないからこそ今を楽しむべきだ。過去に手を伸ばしたって取り返せるものなどなに1つないのだから。
「食事がすんだら用事を済ませろ」
それだけ言って当主と息子殿は去って行ってしまった。用事とか変に勘繰られるような発言をすることは自身の首を絞める可能性があると思うのだが、もはやそんな事にすら気が回らない様子だ。
デザートまでしっかり堪能した後一度用意された部屋に戻る事となった。食後すぐに屋敷をウロチョロしても不審だし一度部屋に戻り今晩は各々別れて探索を行おうという私の提案を、ホスキンスさんはすんなりと受け入れてくれた。
1時間ほどしたら探しに出ようと私は部屋のベッドで横になり、これから起こりうる可能性について考えていた。
実のところすでに宝剣の位置は特定している。捜索範囲が極わずかなどというのは真っ赤な嘘、一応これは神の権能なのだそのような控えめな力にはなっていない。
問題は宝剣のもとにホスキンスさんと一緒に行くか1人で出向くかだったが、安全を取るならば前者、未知数の後者の選択で後者を選んでしまうあたり私はこちらの世界でも長生きできないかもしれない。
部屋を出て階段を下り、屋敷の西側から外に出る。やや肌寒い静かな夜の庭園を抜けほのかなランタンの光を頼りに進むと宝剣の眠る場所にたどり着いた。
しかしその手前にはこの場所を守る守護者のように人影が1つ待ち構えていた。
「こんな時間まで仕事ですか?果実の手入れとは思った以上に過酷な仕事なのですね」
「これはこれはアルマ様。このような冷える夜に散歩なされては夜風がお体に触りますよ」
やっぱり居た。そう、ここは昼間通りかかったトワイライトオレンジの生る果樹園。
「まあそう言わずに少しお喋りしましょうよ、久々なんですよねガールズトークなんて」
さてここからは鬼が出るか蛇が出るか、出たとこ勝負とまいりますか。
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