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第三話 10貴族

 まさか昔の夢を見るとは。

 脳がどのような記憶の棚分け作業をしていたのかは知らないが、あの日私が死んで胡散臭い神と出会いこの世界に飛ばされるまでの出来事をまざまざと思い返されるとどこか煮え切らない不快な気分になる。あの神に大きな不満があるわけではないのだがどうにも腫れない靄のようなものが心の奥にかかって鬱陶しいのだ。

 

 そんな私とは正反対に雲1つない空は陽光が煌々と輝き、窓からは溢れんばかりの光が差している。確かに今日はいい天気のようだがこの明るさは朝のそれではない、どうやら私は久々のベッドを相手に眠りこけ昼まで落ちていてしまったらしい。

 ベッドから降りてややギシギシと軋む階段を降りると店主の奥さんが食事の準備をしているのが見えた。

 

「ああおはよう、よく寝たね。揺すっても起きないから病気かと思ってびっくりしたよ」

 

 もともと寝つきは良い方だがそれほど深く眠ってしまったのか。

 

「しかしではなぜ体調不良ではないと思ったのです?」

 

「どってほらあんたここだよ」

 

 奥さんは笑いながら口の下あたりを指さした。私がついていた深い眠りとそのジェスチャーの持つ意味を考える恥ずかしくなり頬が赤くなる。

 

「顔を洗ってきます!」

 

 洗面所の鏡に写った自分の顔にはくっきりとよだれの跡が残っていた。一応一人の乙女としてこのような醜態を晒してしまうとは情けない。

 蛇口から出るよく冷えた水を手ですくい、入念に二度三度顔を洗ってリビングへ戻るとちょうど昼食の準備が整っていた。


 「おはよう、どうやら我が家のベッドは相当に気に入ってもらえたようだな。どうせなら店先で寝てもらえばよかった、あの寝顔を見れば同じ寝具をくれと注文が殺到したろう」


 店主、もとい家主のホスキンスさんにもだらしない寝姿を見られていたようで開口一番茶化されてしまった。しかしその声色に嫌味な要素は全くなく、私がここに馴染みやすいようにあえて話題を振ってくれているといった風だ。


「いいですけど出演料として売り上げの10パーをいただきますよ」


「おおっと、これは厳しい要求だ。しかして名女優を起用するにあたってはいたしかたないかな」


 冗談に冗談で返してやると、バケットに入れられたこんがりと焼けたパンと油の滴る大きく切り分けられた肉を豪快に口に運びながらホスキンスさんは満足げに笑った。


 「それでアルマよ、今日からしばらく何をするんだ?」


 何をするか、正直それは目下の問題であった。

 この町にさしたる用事があって来たわけではないのでやらなければならない事は無い。しばし街を見て回ってまた別の場所へ根無し草のようにフラフラと赴く、それだけだ。

 ただ路銀が底をついてしまったので衣食住が約束されている内に何か日雇いの仕事を探して貯えを得なければならないだろうと伝えた。


「それならばうちの仕事を手伝うと言い」


 流石商人、素晴らしく話の早い人だ。会話の節々から私の考えを読み欲しい言葉を見繕ってくれる。心底今回は拾ってくれる人に恵まれた。


「そうさせていただけると助かります」


 私はこの話を快諾し、しばしここで奉公人としてお世話になることが決まった。



 食事を済ませてから外に出て店の掃除かもしくは客の呼び込みか、そう言ったことをしなければならないのだろうと普段それほどいじめることもない肺に空気をたっぷりと送り込み発声の準備運動を行っていると、ホスキンスさんが店の裏手に停めてある荷馬車にいくつか荷物を放り込んでいるのが見えた。


「手伝いましょうか」

 

 様子を伺いがてら何か手伝うことがないか声をかけると、荷馬車を指さし私に乗り込むようにと指示される。


「店番はいい、家内で十分だ。あいつは時に俺より物を売る、それよりも俺についてきてくれ大事な仕事がある」


 奥さんは歯に衣着せぬ正直な物言いが特徴的だが不思議とその言葉に逆らえないというか、人を従順にしてしまう様な魔力がある人に思う。私ももし客として会っていたなら、会話していくうちに何故かあれやこれやと物を買わされてしまっている姿が容易に想像できた。


「大事な仕事とは?」


「依頼品の納品さ、頼まれて遠くの街まで仕入れに行ってたもんをこれから受け渡しに行く」


「私が何か役に立てるとは思わないのですが」

 その仕事で私が出来ることはこれと言ってなさそうだ。積み荷の荷下ろしも非力な私よりホスキンスさん一人で行った方が安全だろう。


「なにも商談をしろというんじゃない、傍にいてくれたらいいんだ。多く諸国を巡ってきた経験と知識を必要に応じて貸してほしい、それにお前はちと便利な勘を持っていそうだからな」

 

 なるほど、どうせなら店先の掃除なんかじゃなく最高効率、最大のリターンを得られる形で私を使いたいという事か。確かに各国の名産や流行りについての話ならば私が放浪して得た知識や経験は多少なりとも役に立つかもしれない。

 それに先日のそろばん探しの件、種明かしこそしていないが私がただなんとなしに事をやってのけたとこの店主は考えてはいないようだ。


「しかしわざわざ荷馬車を率いて店主自らの納品となると相手はそれなりに大口の取引先ということでしょうか」

 遠方の物資をこれだけ大量に仕入れる客、大きな組織化お金落ちでなければ採算が合わない。


「ああ、10貴族って知ってるか?」

 

 10貴族。

 なんでも彼らはこの国の建国に携わった10人の勇士の末裔たちだそうで、今でもこの国において重要なポストに就き国を治めているらしい。

 持つ権力は絶大で、その威光はただの要職に収まらずこの国では半ば神格化されるような存在なんだそう。

 ただこの国の繁栄を見る限り暴君の集いというわけではなさそうだ。己の既得権益は確保しながらもあえて領民の反感を買うようなことはしないと実にクレバーな思考を持っているようで、どうやら今のところ国の足を引っ張るような存在ではないらしい。


「今から向かうのはその内の一門にあたるマクマーン公爵が有する大屋敷だ。マクマーン様には随分贔屓にしていただいている」


 一介の商人かと思っていたがそれほど高名な貴族とパイプがあったとは驚いた、おおよそ時折外に出て仕入れを行っては商品と共に市場の動向を探らさせられているといったところか。

 

 繁華街を抜けて馬車で30分ほど走るとのどかな平原に出た。平原を横断するように延びる道に沿う形で四角に切られた石材が50センチほど土から頭を出して順に埋められており、その中心部に位置する形でひと際大きなお屋敷が見えてきた。


「この石の敷居より内がマクマーン公爵の所有地というわけですか、広いですね」


 まだまだお屋敷は遠くにポツンと点のように見えるだけだ、隅っこしか見えていないので何とも図り様がないが50ヘクタール程はありそうに思う。


 「ん?そりゃお屋敷の土地って意味じゃおおよそあってるだろうが所有地って意味じゃあ全く違う。そもそもこの国の所有権は10貴族様の間で分配されてるから国の中心から北西、北北西のあたりの土地は国境までマクマーン公爵の領地だ」


 国境は確かお屋敷のさらに奥に佇む山脈の稜線だったはず、このあたりで考えるのが馬鹿らしくなって領地面積を数えるのは止めてしまった。

 土地を持つという事はそこに住む者へ土地を貸している形になるという事だ、それを口実に徴収する税金は一体総額いくらになるのだろうか。

 そうこう考えている間に荷馬車は屋敷の前方300メートルほど前にある正門へとたどり着き、ホスキンスさんがなれた様子で門番とのやり取りを済ませると門は内に開いて私達を迎え入れた。

 お屋敷までの道の左右に広がる庭園は枝のほつれ1つないほどに手入れされ、今も庭師がせっせと両手持ちの鋏で剪定を行っている。

 色とりどりの花が咲く前庭とは裏腹に、側面に見える敷地には花もない木々や草本が植えられており色彩も単調で見た目に統一感も感じられない。


「あちらはなにが植えられているんです?」


 気になったので質問をしてみる。流石のホスキンスさんも大領主のお屋敷の中とあっては緊張して私の興味まで気に掛ける余裕は無い様だった。


「ああ、あれは異国の植物や野菜、果物だよ。マクマーン家はこの国において特に農業の分野で力を持つ一家だからな、色々と仕入れてはこの国の気候でも育つのかとか文化に会うかとか調べてんのさ。今回俺が仕入れてきたのもそういうもんだ」


 なるほど、国を成してなおそれを維持するためにはそれ以上の努力が必要という事か。庭の花が奇麗に咲くのには庭師が必要なように国が栄えるためにはまた相応の仕事をするものがいるのだろう。


 「やあ来たなホスキンス」


 お屋敷の前に馬車を着けると待っていたと言わんばかりに正面2階のバルコニーから男が顔を出し、手すりに手を掛けこちらに手を振っている。

 白を基調にきめ細やかな刺繍の入った豪華な装い、おそらく彼がこの家の跡取りといったところだろう。


「これはこれは、ご多忙の折待っていただいていたとは知らずとんだご無礼を」


 ホスキンスさんは慌てて馬車を折り男に向かって頭を下げた。まずいな、考えてみればこういった社会での礼儀マナーを私は知らない。

 まあなるようになるか、幸いあの男の懐は広そうだ。


「待たせた自覚があるのなら頭など下げておらずに荷を下ろして中に入れ、遊興に時を割く気は無いぞ」


 正面の扉よりさらに一人、皺と髭をたっぷりと貯えた50歳は超えていようかという初老の男性が姿を現した。

 年老いてなおその双眸には光が指し力に満ちている。斜め上に切れるよう上がった目尻が似ている事からしてあの二階にいる男の血縁に見える、つまり10貴族マクマーン家の当主にあたる人物だろう。


 「では失礼いたします」


 お屋敷の従者に荷を任せ、ホスキンスさんの後に続いてお屋敷へと足を踏み入れようとしたその時。


「まて」


 低い声がお屋敷のエントランスに響いた。

 その声が伝播した者から順に緊張が走る、そしてその声の矛先は紛れもない私だった。


「貴様の様な小汚い娘が中に入る事を許可をしたつもりはないが」


 それもそのはず私は旅人の装いそのものだ、どうしたって服のいたるところに小さい傷やほこりは付いてしまう。大貴族のお屋敷にお呼ばれする身なりではない。

 それにこの御仁からすれば私は全くの見ず知らずの部外者だ。それなりの理由がなければ屋敷の中、ましてや今後の政策について語るかもしれない場に居合わせるなど許可できないのは当然と言える。まあそれならそれで外でゆっくり待っていられてよいのだが、この国の政治になど興味はないし。


「では私が許可しましょう」


 活舌の良いはっきりとした口調の声が緊張したホールの空気を吹き飛ばす。迷いのない声の正体は先ほど2階にいた青年だった。


「ホスキンスは自己の利益より国益を優先する信頼できる男です。何かつまらん策を講じているなどとは到底思えませんしそれをこれほど堂々と晒すような愚かな男とも思いません」


 男はニコニコと笑いまたホスキンスさんに手を振って見せた。どうもこの男にとって手を振るとは友好の印らしい。


「ふん、勝手にしろ」


 ぶっきらぼうだがどうやら立ち入りの許可は下りたようだ、ホスキンスさんは隣でほっと胸をなでおろしている。

 さて、足取りは重いがこうなった以上は前に進むしかない。なに同席だけしていればお賃金がいただける美味しい仕事だ臆するな私、目先の路銀の為に。


ご清覧ありがとうございます!

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