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第二話 回る世界廻る命

 私は心底何の変哲もない人間であった。  


 容姿や性格にもさしたる個性はない、強いて言えば推理物の作品が好きでよく見るというだけ。

 高校二年になった春もそれは変わらないままだった。


 だがしかしそれでいい、普通に生き普通に死ぬ。

 それの何と尊い事だろうか。傍から見れば没個性で面白みのない人生だとしても私自身がそこに意味を感じているのであれば何も問題はない。


 私はこれまでもこれからもミステリー作品に埋もれながらそれなりに楽しくそれなりに満足な人生を歩んでいくのだ。

 

 あえてもの押すなら、私の生きる現実世界はいささか以上に高度になりすぎた。

 無数に設置された監視カメラ、残留物1つから犯人を特定できるDNA鑑定、国中に配置された警察組織、どこからでも連絡が可能な通信機器。ここまで技術が発展した昨今では私が触れている作品の様な脳細胞の身が頼りの事件は起きえない。事件は淡白に淡々と、探偵など入る余地もなく処理されていくのみだ。


 しかしそれは良い事なのだ、人類がより安心して生きるために必死に努力を重ねた結果なのだから。

 そうして保たれた平和の上にぬくぬくと生きている以上感謝こそすれ疎ましく思うなど恩知らずにもほどがある。

 ただ願うならばこうした技術の関与しない経験と知識がものをいう世界で未知の事件に関わってみたかったとも思う。

 


 などと不謹慎なことを考えていた罰が当たったのかもしれない。


 登校中今日の帰りは何か新しい本でも買って帰ろうと考えていると、背中に何かに衝突されたような衝撃が走り、私は流されるままよろよろと数メートルほど前へ押し出された。

 人か大型犬か、私にぶつかってきた何者かを確認しようと振り返ろうとした時、背中に今まで感じたことのない焼けるような痛みが走った。自分では見えないからわからないけどその時の私の顔は相当に歪んでいたと思う。


 すぐに立っていられなくなりその場に倒れこむ私へ馬乗りになる形で男が覆いかぶさる。私をはるかに超える体重と力で全く身動きが取れない。片方の手で口元を抑えられ叫ぶことはおろか呼吸すらままならない私に向かって男は何かを振り上げた。太陽が反射してよく見えないが、振り上げた際の衝撃でそれから飛散した何かが私の顔に飛び散った。


 何か、液体。それも常温で冷たくはない丁度人肌の温度。


 男がそれを振り下ろした時、陽光が逸れて握っているモノがハッキリと視界に映った。包丁、決して人に向けられるべきではないモノだ。その刃先は真っ赤に濡れて鈍い光沢を放っている。


 次の一撃が私のみぞおちに突き刺さるまでの数瞬、私は先ほどの痛みの原因と顔にかかった液体の正体を理解すると同時に自らの最後を悟った。この男が誰なのか、何故私が刺されているのか皆目見当がつかないがそんな事関係なしに私は今ここで死ぬのだ。

 二度三度繰り返し耐えがたい激痛が走る。だが四度目になるころには痛みも息苦しさも消えて徐々に視界が塞がっていく事だけが理解できた。


 これが終点、何とあっけない。


 とうとう視界は閉ざされ、私は意識と感覚を底知れぬ深い闇へと手放した。



 あれからどれだけ経ったか、気が付けば私は見ず知らずの空間で簡素な白塗りの椅子に座っていた。

 辺りは果てが見えないほどどこまでも地平が続いていて果てが見えない。いや地平と言ったがそもそも今立っているのは大地ではない、言葉にするならば固定された水面。ところどころ波紋が伝っていてどう見ても水面なのだが私の足はそこに吞まれることなくアメンボの様に水らしきものを捕らえて立っている。


 それ以外にあるものと言えば、目の前にドアが一つ。こちらも無垢の白塗りでポツンと何もない空間に配置されている。


 それ以外何もないので好奇心に任せ奇妙なドアのドアノブへ手を伸ばすがなんとドアはひとりでに開いて、中からヌッと背の高い女性が現れたではないか。


「おや、もう目を覚ましていたか」


 私は驚いて二、三歩後ろに退いてしまった。

 その隙にできたスペースへ入り込まれ、通ってきたドアは再び閉じられてしまう。


 ドアから入ってきた人物はなんとも浮世離れした風貌で、鮮血の様に真っ赤に染まったショートヘアはやや外にはね、上質であろう布で編まれたドレープの映えるシルエットのワンピースを着ている。

 極めつけは臀部から生えているであろう大きな尾だ。

 その鱗を纏った巨大は尾は、上方向に向かって反り立ち頭の上でくるりととぐろを巻いている。

 なにもかもおおよそ普通の人間のいで立ちではないが。


「こんにちは、私はオーフィス。悠久の輪廻を司る神だ」


 神、そうだ。


「理解しているとは思うが君は先ほど死んだ身だ。死した魂は浄化され再び新たな命へと生まれ変わるのが通例だが」


 神でオーフィスと名乗る存在は大げさに手を横に広げてそれらしい演説をしてみせる。ただ含みのある双眸はこちらを品定めするかのように私を捕らえて離さない。

 酷く胡散臭い状況だが、あの眼球の中で炎が燃えているかのように揺らめく瞳がうっすらと、しかし堅固な緊張感を作り出している。


「特例として私が見込んだものはその理から外すこととしている、わかりやすく結論から言うと君には君の人格と記憶を保ったまま別の世界へと降り立ってもらいたいのだ」


「はぁ」


 視覚からも聴覚からも、もたらされる情報が兎に角現実離れしているので私はその場合わせの相槌を適当に打つしかできなかった。


「あなたが私を気に入ってくれたことは何となく察しますが何故にその・・・別の世界とやらに行かねばならんのですか?」


 この際この人が神かどうかという事はいったん置いておこう。それよりも私の身がどうなるのかが重要だ。


「そうだね、わかりやすく説明するとだ」


「魂は生まれ変わる際にその記憶や能力、人格の全てを洗い流し無垢の状態に回帰させられるんだよ。しかし優秀な能力を持った魂をそのまま無に帰すのは忍びない、だからと言って同じ世界にまた生まれ変わらせたのでは世の理が崩れてしまう」


 なるほど、世にはびこる死後の概念において輪廻転生の思想が正解だったわけか。これでは天国を信じて善行を積み上げている人にはやや気の毒な話だ。


「ん?だってそうあるべきだろう。人は産まれや育ちの環境を選べない、悪徳を重ねることは確かに罪深いがそこに至った過程は千差万別だ。その罪科を結果のみで判断することは不可能だしなにより理不尽だとは思わないか」


 こいつ心が読めるのか。いや失礼、あなたと訂正しておこうか。


「ま、一応神なんでね。色々と必要な権能を授かって入いるわけさ。神が舌先三寸であっさり騙されましたなんて威厳も何もないだろう」


 ここまでくれば流石に認めざるを得ないか。ここは夢でも何でもない、私は確かに死んで神が私を別世界に送ろうとしていると。全くなんて状況だ。


「話を戻しますが何故私が選ばれたんです?優秀な魂と申されましたが私にはこれと言って特筆すべき特技などは無いのですが」


 実際私はごく一般的な学生でしかない。例えばインフラ整備を推し進められるだけの建築技術、世の中を便利にするような化学、工学の知識、ささやかでも日々を彩れるような料理の才など別世界とやらで力に慣れそうな能力など何一つ所持していない。


「ああうん大丈夫さ。私が気に入ったのはその魂だから」


 魂、とはいったい何を指しているのだろうか。


「だってさっき君が考えたような知恵者を送っちゃったらその世界の文化や歴史に多大な影響を与えちゃうじゃないか。そんなのは望んでないんだ、重要なの事はもっと他にある、言わないけどね」


 言ってくれないのか。


「急にそんな事言われても・・・いきなり知らない世界に落とされて生きていく自信なんてないですしまたここで会う日もそう遠くないと思いますが」


 恵まれた日本でさえ突如何の知識もないままに捨て置かれてはまともに生きていける自信はない。全く秩序のわからない異世界ならば尚更だ。


「心配いらないさ私が選んだ魂なんだからね。それに私も鬼じゃないんだ丸腰で送り出すつもりじゃない、君の様な転生者には物か能力か望むものを1つ与えているんだ。特に君には異世界を生き抜くうえで必要な権能を1つ分け与えよう」


 まあ何かしらアドバンテージは付与されるというわけか。まあそれくらいなくてはフェアではない。


「では無限に金の湧き出る権能を所望します」


「のっけからサボる気満々だな君は、やれる訳ないだろうそんな権能。少し不安になってきたぞ」


 社会経験もない一般人に期待なんぞされましてもね、それに不安なのは私なんだぞ。

 えっとなんだっけか、無茶振りを司る神とやらよ。そもそも自分が死んだという状況すらまだ呑み込めていないのに急に異世界に行けってなんだ。

 そもそも私は旅行は行く前が一番憂鬱なタイプだ、それが片道切符の異世界となればもう正直色々と涙がちょちょぎれそうだ。


「ま、そう悲観せずに頼むよ。生きてりゃあいいことあるぜきっと」


 今まさに死んだ私に言う事かそれは。なんとデリカシーのない神だ。


「ま、たまに様子を見に行くかもしれないから気を落とさず頑張ってくれ」


 いやかもしれないってなんだ無茶振りとついでに無責任を司る神よ。

 などと考えるもつかの間、笑顔で手を振るオーフィスを捕らえていた視界が突如暗転する。浮いているのか落ちているのかわからない無限に広がる闇に抱かれながら私は再び眠るように意識を手放さざるを得なかった。


 こうして息つく間もなく私の異世界放浪生活が始まったわけだが、目覚めた後の事についてはまた追々語るとしよう。


  


 その日日本の一面を飾ったニュースは以下の通りだ。

 

 高2女子生徒襲撃事件で容疑者を逮捕 女子生徒は死亡。

 某日早朝通勤や通学で賑わう道路にて市内の高校に通う女子生徒が腹部を複数回刃物を突き刺されて死亡した。県警は女子生徒に対する殺人容疑でその場にいた刃物を持った男を逮捕、現在取り調べが行われている。

 本事件は通り魔的犯行であり事件当時は通学途中の小学生等も現場近くに居合わせたが女子生徒以外に死傷者はでなかった。

 現場を目撃した女性の証言によると、容疑者は女子生徒を複数回刺した後混乱し硬直する小学生に狙いを定め襲おうとしていたが刺された女子生徒が離れなかったという。容疑者は「離しやがれ!」と絶叫しながらさらに複数回女子生徒を刺したが結局振りほどくことが出来ず更なる凶行は防がれた。

 専門家によると・・・

  

 

 「君は優秀だよ。君はあの時間あの場所に多くの弱者がいることを知っていた。薄れゆく意識の中で君は貴重な判断を下したんだ。この男を行かせてはならないと」


「思考も理由も無い、いわば心の反射だ。そしてその意志は死してなお弛緩することなく組み続け更なる惨劇を防いだんだ。死んじゃった君は知らないだろうけどね。私はその心根を高く評価する。だから頑張っておいで、君には第二の人生を生き抜く権利と力があるよ」


そう呟くとオーフィスは再びドアの中へと消えた。




ご清覧ありがとうございます!

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