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第一話 白髪の少女

 店主は困っていた。

 大事な仕事道具であるそろばんを何処に置き忘れたのか無くしてしまったのだ。

 すっかりそろばんでの計算が身に沁みついてしまってあれがないと商売にならない。買いしてもいいがこの世界でそろばんはマイナーな道具なのでそうそう売っているものでもない。


「一体全体どうしたものか・・・」


 困り果てた店主はまだ活発に人の往来のある稼ぎ時だというのに店の奥に引っ込んでまいってしまっていた。


「どうかしましたでしょうか」


 肩を落としたままちらりと視線だけを上にやると白髪の少女が機嫌よさそうに口角をつんとあげてこちらを見ている。


「ああ、お客さんかい。悪いねこんな姿見せちまって。そいで何をお探しかな。」


「何かを探しているのは店主さんの方ではありませんか?先ほどからお店の中を羽虫のようにぐるぐると回っていらしたので何かお困りかと」


 なるほどそういう事か、この少女は何かを買いに来たわけではなく困った様子の俺を見て力になりたいと思っただけの典型的なお人よし、つまるところ客ですらないわけだ。

 何のプラスにもならないと判断した店主は余計に肩を落とし、ため息をついて気の抜けた風船のようにちじんでしまった。


「気持ちは嬉しいがお嬢ちゃんに解決できることじゃないよ」


 用がそれだけなら出て行ってくれと言わんばかりの口調で店主はそう吐き捨てた。


「何故そうお思いです?私が出しゃばると店主さんの都合が悪くなるような事柄なのでしょうか?それならば潔く身を引きますがそうでないというなら抱えている問題を吐き出すことを推奨します」


 白髪の少女は自信あり、といった風にその場に仁王立ちし一切動じるそぶりを見せない。獲物に食らいついた蛇のようにその瞳は店主を捕らえたままだ。


「だったら言うがな、商売道具のそろばんをどっかにやっちまったのよ。あれがなきゃ数字をはじけねぇ、計算で躓くんじゃあ商談もできやしない。新しいのを取り寄せたとして一月はかかる、まいったよ全く」


 観念した店主は素直に現状を吐露した。それを食い入るように聞いていた少女はコクコクと何か納得したかのように首で相槌を打っている。


「問題は以上でしょうか、でしたらその謎見通せるかと」


「謎ってのは大げさだが何かいい方法があるってわけだな」


 薄っすらとだが見えた光明、店主は藁にも縋るように少女が得た答えを待った。果たしてこの少女は何を行うつもりなのか。


「ふむふむ、そのそろばんでしたらここから少し離れた古道具屋に流れているようです。珍しいものでしたら売られてしまう前に買い戻した方がよろしいかと」


 なんと少女は何にも触れず、また動くこともなくそう断言して見せた。

 いったい何を根拠にそんな事を言っているのか皆目見当もつかなかったが、根も葉もない情報でも今は試してみるほかない。

 店主は少女に連れられて通りを2つ跨いだ古道具屋へと足早に向かう。

 店に入り煩雑に陳列されている商品を物色すれば、なんとそこには本当に店主愛用のそろばんが売り出されているではないか。


「こ、これは確かに俺の相棒だ。おい、今すぐこれを売ってくれ」


 店主はそろばんをもう離すまいとがっちりと両手で持ち、会計を済ませる。


「しかしいったいどうしてこんなところに」


 無事にそろばんを取り戻したものの、古道具屋に流された理由に見当がつかない。


「どうしてと言うのであれば売られたからでしょう。問題はいつ誰がそうしたかですが」


 当然店主ではない、しかしあの店は一人で回しているので他の店員という線はない。

 妻はいるがそんなことをすれば困るのは自分だ、わざわざ自らの首を絞める理由もない。


「少しそれをお借りしても?」


 店主からそろばんを受け取ると少女はじっとそれを見つめしばらくその場に硬直した。


「おい、何かわかったか?」


 店主が声をかけるも少女はまるで何も聞こえていないかのようにそろばんを見つめたまま動かない。

 揺すっても返事がないので仕方なしに少し待つと少女の方から口を開いた。


「見えました、この謎の真相が」


 まるでスイッチを入れたかのように快活になる少女にやや驚いたが、どうやらまた何か掴んだようだ。

 見ると少女はそろばんの一部分を指さしている。


「この傷は無くなる以前からあったものでしょうか」


 指さす先を見てみると微かに木がえぐれて白太が剝き出しになっている部分がある。


「いいやなかった、買い戻すときは興奮してて気が付かなかったがそのそろばんは毎日使ってるもんだから間違いない」


 このそろばんはそれこそ肌身離さず寄り添ってきた相棒だ。店主にはたとえ数ミリでも歪みがあれば必ず気が付く自信がある。


「これはおそらく何か大型の鳥類の爪の後でしょう」


 確かに奥に入るほど細くなる傷の形状は鳥の爪の特徴に類似している。


「店主さんは朝このそろばんを店先に置いてその場を離れましたね?その隙に食べ物か何かと勘違いした鳥がこれを盗ってしまった。でも当然食べられないので諦めた鳥はこれを路地裏に捨ててしまったのです。そしてそれをたまたま拾った少年がお小遣い欲しさに古道具屋へ売ってしまったというわけですね」


 なるほどそれならば全て辻褄が合う。まさか野鳥に盗みを働かれていたとは考えもしなかった。仮にそうでなくても悪人が掏っていた可能性もあるのだ、これからは気を付けなくては。


「まあなんにせよ世話になったな、最初は面倒な客に絡まれたかと思ったが今となってはとんでもない。大切な相棒を取り返してくれた礼がしたいが何か欲しいものはあるか?受けた恩は倍にして返す主義でな」


 これでまた商売に精を出せる。店主は先ほどまで縮こまっていたのが嘘のように活力を取り戻しており、口ぶりもどこか豪胆になったように思える。


「では少しの間泊めていただくことは可能でしょうか。商人さんの前で言うのも恥ずかしいのですが私少々銭に厳しい旅路を歩んでおりまして」


 ポケットから子袋を取り出し逆さにして揺すって見せるとコインが数枚申し訳なさそうに顔を出し少女の掌に収まった。


「少々厳しいどころか今日食う物にも困るレベルじゃないか。いいぞ好きなだけ泊っていけ何と三食飯付きだ」


「本当ですか⁉嬉しい!よしよし、今日から野宿しなくて済むぞ!ついに鬱陶しい虫や固い地面とお別れだー!」


 しばし安息の地を手に入れた少女は両手を天に突き上げ大いに喜びを体現した。


「それで嬢ちゃん名前は何て言うんだ?」


 そういえばまだ名前を聞いていない。


「私はアルマ。アルマ・イエリチと申します」


 こうして店主はそろばんを、少女は宿を手に入れたわけだが店主には気がかりな点がいくつかあった。

 過程はともかく何故このアルマと名乗る少女はそろばんが古道具屋にあると断言できたのかはわからないままだ。

 そしてこれは最悪の話だが、全て少女の自作自演と考えればそこにも説明がつく。

 それともう一つそろばんを見つめているとき比喩でなく文字通り目の色が変わっていたような気がしたが何故か・・・少し頭を捻ってみたが答えが解るはずもなかった。

 ただ確かなことは商人として培ってきた勘が目の前の少女は信頼に足ると告げている。なに、もしも自作自演だったとしても貧しい少女を数日匿うだけだ。

 店主はひとまず今はそれで十分だと判断した。

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