勇者は魔王に霊魂滅殺の言霊を放った!
遂に勇者の剣が、魔王を貫いた。
身体が密着する距離で、刹那、間近に交差する視線。お互いの瞳は、それぞれの志に似て澄んでいた。
柄をねじり、引き抜く。魔王の腹から、血の塊がボトトトとこぼれた。喉を一色に染めるほど吐血し、よろめいて、魔王は壁に背中を預ける。足から力がぬけ、壁をずり落ちるにつれ、血が垂直の線を描いた。
血の線は、壁につけられた垂直の斬り傷と交わり、十字を成す。
静かに項垂れる魔王を、勇者は構えを解かずに見下ろした。
「終わりだ。魔王」
戦闘で荒れ果てた玉座の間。その床に視線を落とし、魔王はこぼした。
「なるほど。今回は、負けか」
だがな、と嗤う。
「世界に絶望が満ちたとき、余は必ず戻って……」
「それなんだけど……」勇者は申し訳なさそうに、しかしずけずけと口を挟む。「だったら、今なんじゃないか?」
しばらく、玉座が静かになった。魔王が、霞む目でじろりとねめ上げた。
「……何だと?」
勇者は首を傾げ、腰に手を当て、剣を肩に担いだ。
「だってそうだろ? 魔王が討たれたなんて、ここにいる俺たち以外知らない。世界はまだ絶望に満ちていて、これから少しずつ復興していく、って段階じゃん。まだ魔王さ、復活チャンスあるだろ? 普通に考えて、悟る前に回復するのが筋じゃねえの、って」
魔王の目が泳ぐ。そんな風に考えたことなど、一度もなかった。ましてや、敵である勇者に指摘されるとは夢にも思わなかったのだ。
「戯言を」
「論理的帰結だって」
勇者は、またまたご冗談を、と言いたげに失笑した。「だったら、こう言ってやろうか?」その目は冷ややかに告げた。
「魔王さ、復活しねえんだろ」
息を呑む音が、耳に迫るようだった。
魔王が、腹の底でクツクツと嗤う。腹の傷を抑える手の隙間から、滾々と血が湧いた。
「何をほざくかと思えば……余は歴々の魔王の記憶を引き継いで……」
「魂とは言わねえんだな」
魔王が言葉に詰まる。そのまま、勇者が発話の権を奪う。
「俺は魂を信じねえ。こんな思考実験がある。ある人間を真っ二つに斬る。左半身、右半身をそれぞれ治療した結果、どちらも奇跡的に一命を取り留める。この際、元になった人間の意識はどちらに宿るのか。右か、左か、両方か」
沈黙、あるいは絶句。
「肉体的に隔たりがあれば、同じ意識を共有するのはあり得ねえ。遺伝子が同じなのに違う意識を持っている双子なんか良い例だ。ましてや、後世に生まれる野郎の意識が、記憶までが同じになるなんて……」
「黙れ」魔王の口から、血反吐が飛び散る。「それ以上、その臭い口で余の威光を乏しめるのであれば、刺し違えてでも……」
「魂は」勇者の圧が、再び魔王を閉口させた。「命を長らえさせたいっていう肉体の欲求から始まって、餌を味わい、触れて、嗅いで、聞いて、見て、時々我慢したり、危険を察知したり、それだけだと限界があるから増えようとして、異性にモテるためにあれこれ頑張るとか、そういう色々な選択肢を統御するため、束にした欲の隙間を満たす水のようなものだよ、魔王。結局のところ、魂は五感があるせいで存在すると錯覚してしまう、身体機能の一種なんだ。筋肉と一緒だよ」
「だ、まれ……!」
「記憶は本当に引き継いでんだろう。じゃなきゃ、これまでの所業は説明できねえ。だけど、微に入り細を穿って個人を描いた伝記を読んだって、同じ芸当はできる。でもさ、今の喩えで言うとなあ。お前、記憶は引き継いでも、経験として実感してねえんじゃねえか」
「余は……余は、必ず……必ず蘇って……!」
「俺たちに言い聞かせているあたり、余計に信じられねえんだよなあ……それとも、自分に言い聞かせてんのか? だって、そういう切り札があるなら、黙ってこっそり勝手にやりゃあ、人間なんて目じゃねえだろ……」
いっそ憐れむような勇者の溜め息が、魔王の頭頂に散りばめられた。
「よ……余、は……」
魔王の声は、喉で一握の石となった。
魔王の真心が、喉で水となって、石のつっかえをすり抜けた。
「死、にたく……な」
「やっと言えたな」
人好きのする笑顔でニッコリと白い歯を見せ、勇者は魔王の首を刎ねた。死に際の底知れなさを払しょくされた魔王の首は、いくつもの戦場に転がった有象無象と、同じだった。
剣の血を払い、勇者は鞘に納めた。
「ふー。往生際の悪い。こっちが勝っても後味悪いじゃんか。魔王の型にドハマりして、神格化したまま殺したって、戦争が報われねえよ。さ、姫様」
勇者は振り返り、これまで旅を共にしてきた姫に、魔王の血と、手を差し伸べた。
「帰ろう」
姫は青ざめて、後ずさった。
「お、恐れながら、勇者様……」鈴を転がすような声が、震えていた。
「ん? 何?」
「勇者様がこ、殺しっ、殺した魂は……」
勇者は心底わからず、首を傾げた。
「最初から存在しないものは殺せないよ?」
姫は涙を堪え、死を覚悟して、一息に声を荒げた。
「勇者様は、魔王以外の魂をも殺したのですよ!」
魂を信じる者たち。魔族にとっても、人間にとっても、勇者の言葉は禁忌であった。なまじ筋が通っているだけ悪質で、かつ魂の不滅を象徴する魔王が、己の命を惜しむ醜態をさらしたのは、王族として看過できなかったのだ。
もはや姫は、後戻りできない。
姫にとって、勇者の剣と魔王の血が壁に刻んだ十字は、全ての者の魂の墓標であり、それを背負う勇者は今や、その宣告者でしかなかった。
勇者は頬を掻いた。
「あれ? 俺、また何かやっちゃった?」
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