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祈りの電話

作者: 宵野 雨

 ねえ、『祈りの電話』って知ってる?

 ああ、最近有名だよね。願いをかなえてくれる公衆電話ってやつでしょ。

 そうそう。不思議だよねぇ。割と信ぴょう性が高いらしいし。

 まあ、割と願いが叶ったって話も聞くからね。

 あの電話の場所、行ってみない?

 オッケー。ある意味肝試しみたいな?

 怖い話があるわけじゃないんだけどね。

 超常現象的が起こる場所に行くってことは肝試しでしょ。

 まあまあ、願いが叶えばラッキー、でしょ?

 叶えばね。



 そんな話が最近広まっているらしい。願いをかなえる公衆電話、通称『祈りの電話』。そんな電話を一目見ようとその電話に群がる人が多いらしい。

 かといって、俺はそんな人に混ざるつもりはなかった。正直に言ってしまえば、この噂自体が気に食わなかった。なんでも願いを叶えてくれる?そんなものがあるわけがない。あってはいけない。

 そもそもとして、何でも願いが叶うというのならば世界は完全に壊れてしまっているだろう。願いが平和的なものばかりなわけではない。せいぜい、好きな人と付き合うことができましたとか、そんなところだ。少なくとも一人くらいは億万長者とか願っていても不思議ではないだろう。

 そんな話を聞き流しつつ、俺は教室を後にしようとする。そんな俺に話しかけてくる奴がいた。

「なあ、今日『祈りの電話』のところに行ってみようと思うんだが、お前も来ないか?」

 こいつは山本空。数少ない俺に話しかけてくる友人だ。幼馴染の腐れ縁ってやつだが⋯⋯。ちなみに俺は志賀華納しがかなやという名前だ。漢字は女性みたいだがれっきとした男である。

「そういうのは俺が嫌いだって知ってるだろ」

 俺は空にそう返す。

「まあそうだよなぁ。友達に誘ってみてくれって言われたんだよ」

 そう答えられることは分かっていたようで、空は特に気にした様子もなくそう言った。まあ、頼まれた手前誘わないというわけにはいかないのだろう。俺もそれを責めるようなことはしない。

「そうか。もう行くぞ」

 俺はそう言って再度、教室を後にしようとする。

「おう。また明日にな」

 空はそう言って手を振った。俺はそれに小さく振り返しつつ、教室の中から出る。



 それからしばらくして、用事を済ませた俺は帰路についていた。街灯のほの明るい明りに照らされた、ほの暗い道を歩く。街灯にはハエなどの虫がたかっている。そろそろLEDに変えるべき頃ではないだろうか。そんなことを考えながら、歩を進める。こつりこつりとした足音と虫の鳴き声が妙な雰囲気を演出する。

 人通りはほとんどない。この辺りに飲み屋があるわけではないので酔っ払いがふらふらとしているようなこともない。

 歩き続けて数十分。俺の視界に一つの電話ボックスが目に入った。最近は電話ボックスを使う人も減ったよな。携帯電話、スマホの普及が原因だろう。


『電話ボックスには一つ一つに電話番号が決まっているらしいよ。鳴らすこともできるって』


 そんな話を聞いたのをふと思い出す。まあ、電話ボックスだけではなく公衆電話すべてに番号は決まっているし、大概は犯罪などで使用できないようにと電話番号は分からないようになっているようだが。

 ぼぅっとそんなことを思い出しながら、電話ボックスを見ていた。気づけば足は止まっていた。思い出しているうちに、ここが話題の『祈りの電話』だったなと思い出す。空やその友人の姿が見えない。もう見てから飽きて帰ったのか、まだ来ていないのかどちらかは分からないが、少なくとも今この場にはいなかった。ちなみにこの公衆電話が俺の家から一番近い。そう考えると結構歩いたなと、そんなことを思って再度帰路を辿ろうとしたときだった。

「ジリリリ」

 と、けたたましい音が鳴った。紛れもなく目の前の公衆電話からだ。先ほども言ったように公衆電話が鳴るということはある。それにこの電話は『祈りの電話』と呼ばれる、地元じゃ有名な場所だ。だから、誰かがいたずらでかけるということもあるかもしれない。だというのに、俺はその電話を無視することができなかった。

 薄暗い電話ボックスの中へと入り、その受話器を手に取る。そして、その電話から声が聞こえてきた。

『繧ゅ@繧ゅ@』

 少なくとも日本語ではない。そんな言葉が聞こえてきた。声もどこかくぐもっており、男女の判断もできない。だというのに、俺にはその言葉が理解できた。『もしもし』とそう言っているのだと何故だか理解できた。

「もしもし?」

 そんな非科学的な状況に困惑しつつも俺はそう返答した。すぐに電話を切るべきなのかもしれない。だがその時の俺は、そんなことをしようとは思わなかった。

『貴方の叶えたい願いはなに?』

 電話の主は唐突にそう言った。『祈りの電話』、願いを叶える電話。そんな都市伝説のようなものがこの町にはある。それが俺のもとに起こった。どういうことなのか?誰が電話しているのか?どこからかけているのか?いろいろな疑問が俺の頭の中をめぐる。

 叶えたい願い。そう言われて一つ思い浮かぶ願いがあった。だが、俺はそれを頼むようなことはしなかった。

「どこまでの願いをかなえてくれるんだ?」

 願いを言うわけではなく、俺はそんな質問を投げかけた。どんな願いでもかなうのならばかなり危険な電話だ。それがなくても、正直この電話自体が気に食わない。

『願い次第だから何とも言えないんだけど、不老不死とか億万長者とか、無理難題を言われても困るよ』

「そうか⋯⋯」

 まあ世界が動くような願いは叶えられないってことかと納得する。

『いやぁ、最近はそんな願いばっかでさ、私個人で叶えられる願いなんて限度があるのにね』

 電話の主、軽くないか?思ったよりも人間らしい『祈りの電話』の主に驚きつつも冷静を装う。

『さて、じゃあ願いはなに?変なことじゃなければできる限りの努力はするよ』

 神秘さのかけらもない多い一言を聞きつつ、俺は考える。何かしらの願いを言うべきなのだろうか。かといってぱっと思いつくわけではない。

 そんな俺はきっとこの状況に混乱していたのだろう。変なことを口走ることになる。

「だったら俺を雇ってくれないか?」

 そんな言葉を口走った。都市伝説的な電話にバイトの申請である。もう意味が分からないとしか言えない。ただ、なんとなくでそんなことを決めてしまった。

『⋯⋯給料はないよ?生産性のない仕事だから』

 まあ、願いをかなえる仕事が生産性のあるわけがないよな。そんなことを思っていたが、バイトをしようという気持ちがないわけではなかった。

「それでいい。俺を働かせてくれ」

 俺はそんなことを言っていた。もう、意味不明な状況である。

『⋯⋯完全に想定外なんだけどなぁ』

 ため息交じりであるような声音で電話の主は返してきた。相変わらず言語は日本語ではないというのに、声音まで分かる電話はもうホラーというか理解しがたい状況と言える。

『分かった。じゃあ、携帯番号を教えて。願いが入ったら電話して協力してもらうから』

 都市伝説、思ったよりも現実的な手段で連絡するんだな。俺は雇ってもらう側だというのにそんなことを考えていた。

「分かった」

 そうして俺は自分の電話番号を伝える。それを聞いた電話の主は区切りごとに繰り返して確認をしてくる。人間らしいやり取りに今が異常な状況であるということを忘れさせられる。

『よしっと。じゃあ手伝ってもらいたいことができたら電話するから』

 そんな声がしたと思ったら、電話は切れた。よしって、メモでもしていたのだろうか。メモを取る『祈りの電話』ってなんだか幻滅だな。

 俺は切れた受話器をもとの位置に戻す。ガチャリと音を立て、受話器をかけた俺はその電話ボックスの中から出る。そうして、自分の携帯電話を取り出しそれを開く。最近はスマホばかりを使っていたからこっちの携帯を開くのは久々だな。

 この電話にかかってくるのかと、そう思って開いたわけだが、特に目的があって開いたわけでもない。待ち受け画面を一瞥してぱたりとその携帯を閉じる。

 そうして俺はそこから家へ向けて歩き出す。再度、虫の集る街頭を頼りに道を進む。

 そして、特に何事もなく家までたどり着いた。家のドアを開け、電気をつける。ただいま、と言う必要はない。現在家には俺一人が住んでいる。親は健在だが事情で俺一人で暮らすことになった。

 リビングにまでたどり着き、俺は荷物をソファに放り投げる。そして、キッチンに行き冷蔵庫の中にあるものを適当に炒める。料理は得意ではなかったが、一人暮らしなので必然的にやることになった。

 炒めた料理をフライパンのままに机の上に置く。そのままで、箸を取り出し食べる。昔はこうではなかったのだが、時間が経つにつれ面倒になった。加えて、食事も段々と味がしなくなっていた。

 だというのに、今日は久々に味を感じた。料理自体は雑なので、美味しいとは言えないのだが⋯⋯。

「ご馳走様」

 食事を終えた俺は手を合わせる。そして、食器を流しに置いて、風呂に行きお湯を入れる。お湯がたまるまでの間に、食器を洗う。

 食器を洗い終わる頃には、風呂のお湯がたまっている。俺は服を脱ぎ、浴室に入る。体を洗って、湯船につかる。そうして、今日のことを思い返していた。

 なんで俺はあそこで雇ってくれなどと口走ったのだろうか。自暴自棄にでもなっていたのだろうか。あの時の俺はおそらく落ち着いていたと思うのだが⋯⋯。

 第一に、都市伝説に対して雇ってくれとか意味不明な発言だろう。都市伝説が企業による経営がなされているとなれば少し、いやかなり幻滅だろう。そもそもあんな発言は⋯⋯。

 まあ、それが承諾されてしまったわけだが⋯⋯。都市伝説の願いをかなえる電話の手伝いをするとか、何をさせられるのか、まったくもって見当もつかない。

 願いをかなえる手伝いをされている間、携帯はずっと通話状態にしなければならないのだろうか。まあ、かけ放題のプランのため問題ないのだが⋯⋯。いや、都市伝説の電話となると国際電話扱いになるのだろうか?異界からの電話なわけだし⋯⋯。

 最終的にはもはやどうでもいいだろうということを考えていた。まあ、通話代に関しては気にしなくていいくらいの貯えはある。

 そこまで考えてある程度の時間がたっている。風呂から上がって、体をふく。そして、ドライヤーを使って髪を乾かし、洗濯機を回す。数日ごとに洗濯するくらいには俺は怠惰だったのだが、なんとなく今日は連続になるが洗濯機を回した。そのため、学生服は異常なくらいの予備がある。普段着も人よりは多いと思う。

 ぐっと伸びをして、キッチンに行きコーヒーを入れることにする。これもかなり久々だ。やかんに水を入れ、コンロにかける。棚から紅茶の箱の隣にあるインスタントコーヒーの箱から一袋取り出し、マグカップに入れる。やけにかわいい柄のマグカップだ。

 やかんがぐつぐつと音を立てだしたので、火を止めコーヒーパックにそそぐ。それを何度か繰り返し、パックを捨て、マグカップをもってリビングに戻る。

 そしてソファに腰を下ろし、コーヒーを口に含む。最近は、コーヒーを飲むことも減り、飲んだとしても冷蔵庫にあるペットボトルのものだった。こうして、インスタントを飲むのは本当に久々だ。昔はインスタントしか飲まないくらいだったのだが⋯⋯。

 確か、棚の奥にコーヒー豆と紅茶の茶葉がしまってあった気がする。最初はそれを作ろうとして、結局できなかったからインスタントで妥協するってことになったはず。味なんて分かるはずもないのにな。

 コーヒーを飲み終えた俺はマグカップを適当に洗ってから、自室に向かった。特にすることもないので、そのままベッドに横になる。


『おやすみ』


 そんな声が聞こえた気がした。



 翌日、目を覚ました俺はまた学校へ向かう準備をしていた。その時に電話がプルルルルと鳴り響いた。こっちの着信音は久々に聞いたな、と思いつつ携帯を取り出し、通話ボタンを押す。

『もしもし、こちら『祈りの電話』ですけど』

「都市伝説がそんな名乗りをするな」

 第一声でそんなことを言われたもんで俺は思わずそう突っ込みを入れた。

『そもそも『祈りの電話』なんて名乗ってないんだよ』

「まあそうだろうけどな。⋯⋯ってそこじゃなくてな、都市伝説からかかってくる電話での第一声ではないんだよ、その名乗りが」

『いやいや、部下君は身内じゃん?』

「なんだ?会社がホームみたいなことを言うのか?」

『同じ場所で働いていたらそれで家族のようなものだよ』

「⋯⋯はぁ」

『ため息?幸せが逃げるぞ』

「⋯⋯都市伝説が人の幸せを気にするな」

 どんどん、都市伝説らしさがなくなっていく電話である。

『都市伝説って⋯⋯。そんなんじゃないんだけどな』

「じゃあ何なんだよ」

『さあ?私にも分かんない。気づいたらできるようになってたんだよね』

「⋯⋯お前は何者なんだよ?」

 気が付けば『祈りの電話』になっていたってことだろ?じゃあもとはいったい何だったんだ?

『やっぱり、ミステリアスなほうがいいじゃん?』

「教えない、と」

『そうそう』

 確かに『祈りの電話』の名前に恥じないミステリアスさは必要だと思うが、それを本人?が言ったら駄目だろう。

『と、話がそれにそれているわけですが』

「もう少しらしくしていたらよかっただけだろ」

 それに噛みついた俺にも責任はあるのかもしれないが。

『昨日、あの後電話があったわけですよ』

「それを手伝えばいいんだな?」

 昨日、『祈りの電話』に願いを伝えた人がいたらしい。『祈りの電話』で働くことにした俺はその時言われた願いをかなえる手伝いをしなければいけない。

『まあ、そういうこと』

「で、その願いっていうのは?」

『⋯⋯恋愛成就だってさ』

「また、ありそうな願いを」

『本当にそうだよねぇ。⋯⋯爆発すればいいのに』

「叶える側がそんなことを言うな」

『だってさぁ、私なんて恋できるはずもない立場なんだよ?』

 まあ、電話じゃあ恋はできるはずもないか。

「そういえば、どうやって今電話かけてるんだ?」

 ふと気になった俺はそう尋ねてみる。

『ん?普通に携帯から』

「⋯⋯公衆電話ではないのか?」

『そもそも私は、公衆電話そのものじゃないからね?』

 まあ、公衆電話にかけているなら公衆電話にかけている側が『祈りの電話』の主であって公衆電話そのものが怪異なわけではないのだろうが⋯⋯。それはそれで、都市伝説感がない。

『じゃあ、今回の願いの説明をするから』

「分かった。とりあえず依頼人は?」

 ⋯⋯そういえば、昨日空が友達と『祈りの電話』に行くっていっていたな。

『そうだねぇ。えっと空っていうんだって』

「⋯⋯」

 まあ、そういうことだろうな。案の定、願いの相手は空だった。

「分かった。で、俺は何をすればいい?」

 空の願いをかなえることが仕事一つ目になるとは思わなかったが、それが俺の仕事になったのだから、やらねばならない。

『そうだね、とりあえず思い人への接触かな』

「そのあとは?」

『柔軟に対応』

 おそらく、接触した後は電話を使う時間はないだろうからそう聞いたのだが、特に具体的に指示が与えられることはなく、そんな言葉が返ってきた。

「願いをかなえるんなら、もっと確実な方法をとれないのか?」

『特にないかなぁ』

「万が一、相手に拒否されたらどうするんだ?」

『その時はそのことを依頼者に伝えるだけだよ』

「怪異的なので強制的に惚れさせるわけではないんだな」

 願いをかなえる電話のわりに、叶えられない願いが多くないか?

『そんなことしないって。それに私自身がそういうの嫌いだし』

「言い方的にやろうと思えばできるのか?」

『できなくはないってだけ。やらないから』

「代償的なのがあるとか?」

『いんや、ない』

 代償もなしに願いをかなえられるのか⋯⋯。

「だったら、願いの制限って何なんだ?」

 以前、不老不死などの願いができないと言ったのを思い出して、そう聞いてみる。

『世界への影響度かな?一人に恋心を植え付けたところで大きく世界が変わるわけでもないし』

「⋯⋯そんなもんか。バラフライエフェクト的なもので変わらないのか?」

『直接の影響度が問題で、その後は自ずとあるべき方向へ進むよ』

「⋯⋯世界が訂正できないレベルの変化がアウトってことか」

『そうだねぇ。世界の強制力なんて、私の上位互換だろうしね』

 電話の主はそんなことを言う。つまり、願いを叶えても、それはなかったことにされることもあるのか。

「世界に意思があるのかは疑問だが」

『それはないと思うよ。どういう判断基準なのかは不明だけど』

「お前みたいなのがいる時点で、相当がばがばなんだろうな」

『確かに、それは言えてる』

 そう言って、電話の先から笑い声らしきものが聞こえてくる。

「じゃあ、お前自身の願いは叶えられるのか?」

 仕切り直して、別の質問をする。

『無理。誰かに願いを頼まれなければ、私はただの⋯⋯人擬きだよ』

 人擬きね⋯⋯。やけに人間らしいが、人間じゃないのか?

「お前は人間じゃないのか?」

 都市伝説だから人じゃないのは分かるが、そこにどうしても違和感を覚えた。

『人じゃない⋯⋯と思うよ』

「思うとは?」

『⋯⋯さあ、私は自分の姿なんて分からないからね』

 電話の主はそう言って、嘆息する。自分の姿が分からない?どういうことだ?

「鏡でも見ればいいんじゃないか?」

『見れないから、真っ暗な場所で私は電話をかけてる。そんな状況なの』

「⋯⋯それで分からないと」

『そもそも私は電話を掛けられるだけの存在だからね。うん。それが私だから』

 諦めたように電話の主は言った。なるほど、気づけば電話をかけて願いを叶える何かになっていたと、その常識も生まれた瞬間から持っていたんだな。今までどうやって願いを叶えていたのか疑問だが、それは何か方法があるんだろう。

「だったら俺がお前がこちらに来ることができるように願えばいいんじゃないか?」

『⋯⋯君はお人好しなんだね。⋯⋯でもいいよ。私の願いではないから』

 そう言って、黙り込まれてしまう。俺は特に叶えたい願いがないから言ったのだが、それは却下されてしまった。

「そうか⋯⋯」

『そうそう。この話は置いておいて依頼人の願いを叶えるよ』

「分かった」

 そう言って、電話の主は俺に願いの詳細を話し出した。

 要約すると、空の思い人と繋いでほしいと。で、その相手は空の幼馴染の長谷川麗華だという。空の知り合いというか俺も幼馴染の一人なので麗華のことは知っている。黒い髪を肩くらいまで伸ばして、すらりとした体形ながらに出るとこは出ている美少女だ。学校でも多くの人から告白を受けている。

 幼馴染に恋なんてベターだなぁと思いつつも、なんとなくだが空が意識しているのは分かっていた。俺は麗華のことが気になるみたいなことはなかった。気になったところで、だしな。

 ともかく、今回の願いを叶えるために接するのはどちらも知り合いってことだ。割とやりやすい仕事になりそうだな。

『じゃあ、これくらいでいいかな?』

「ああ、十分だ」

『分かった、また今日の夜にかけるからよろしくね』

 そう言って電話は切られる。俺は電話を閉じて、ポケットに入れる。

 時計を確認してから、学校かばんを持つ。電話していたらいつの間にか学校に向かわなければならない時間になっていた。

 そうして、俺は家を出る。特に何かがあるわけでもない通学路を歩く。

「おい、叶納!」

 後ろから俺を呼ぶ声がして、振り返る。そこにいたのは空だった。依頼相手だ。ふと思ったが、俺が『祈りの電話』の手伝いをしていることは伝えてもいいのだろうか。

「聞こえてんのか?」

 空は俺の目の前で手を振って意識確認をしている。それがうざったくなって、俺はその手を払う。

「意識はあるみたいだな」

 空はそう言って、手を下した。今まで歩いてたんだから意識はあるにきまってるだろう。

「んで、何の用だ?」

 俺は空に向かってそう問いかけた。

「用がないと話しかけちゃいけねぇのかよ?」

「まあいいけどな」

 俺はそう言ってため息をつく。

「おいおい、ため息をつくと幸せが逃げるぞ」

 そんな俺に空はそう言った。その言葉、朝にも言われたよ。怪異から。

「朝からお前の顔を見なきゃいけないとは、憂鬱でな」

「ひでぇなおい」

 おどけたように空はそう言った。少し押したら倒れてしまいそうなほどオーバーリアクションだ。

「それは置いておいてな、昨日俺は『祈りの電話』に行ったわけよ」

「⋯⋯」

 こいつの友人である以上言われる可能性もあっただろうに、空から話を振られたことに少し動揺して黙ってしまう。

「それでなんて願ったんだ?」

 俺はそう返答したが、空はそれに少し驚いた表情を浮かべる。

「⋯⋯いや、すぐに信じるのか。お前詐欺には気をつけろよ」

「お前に言われたかねぇな」

 俺はそんな軽口を返しながら、俺は内心焦っていた。確かに、空は『祈りの電話』に行くとは言っていたが、本当に電話がかかってきたとは言っていない。都市伝説の電話なんだから、一般的に考えるとかかるはずがない。本当にかかってきたことはその場に行った人にしかわからない。

「まあお前が詐欺されそうな話はいい、で、俺の願いは内緒だ」

 空はそう言って、口をつぐむ。⋯⋯まあ、麗華と付き合いたいと願ったとか言えねぇか。どこから本人まで漏れるかわかったもんじゃないからな。

「まあそうか」

 僕はそっけなさげにそう返した。特に問い詰めようとも思わないし、そんな理由もないけどな。

「内緒にしたのは俺だが、反応が薄くねぇか?」

「⋯⋯じゃあ、なんて願ったんだ?」

 そんな不服そうな声を上げるもので、俺は聞き返した。正直、今朝から知っているし気にはならないんだが。まあ、今朝の電話で嘘を言われていたら分からないが、それはないと思う。

「それはなぁ⋯⋯。いい恋人ができますようにって」

「⋯⋯」

 ごまかしたな⋯⋯。まあ、相手が決まっていること以外は言っているんだが、目が泳いでいるし。言葉だけ聞くと嘘をついているようには聞こえないんだが、いかんせん表情に出すぎる。

「できるといいな」

 とりあえず、僕はその場しのぎの返答をする。

「ふふふ、できても妬むんじゃねぇぞ」

 そう言って、得意げな笑みを浮かべる空。少し複雑な気持ちになるが、俺はその気持ちには蓋をする。

「妬まねぇよ」

 俺は軽く笑みを浮かべてそう返した。すると、空は俺を覗き込むように見つめてきた。思わず、俺は顔をしかめる。

「⋯⋯まあ、お前も探せよ。いい女」

 空はそう言って、俺に向けていた視線をやめた。

「ほっとけ」

 俺はそう返して、空から目を外す。

 ⋯⋯いい女ね。俺はそんな存在を探すつもりはなかった。そんなものを気にしたところで意味もないし、したくもない。

「誰か気になる相手はいないのかぁ?」

 空はそう言って、にやにやとした笑みを浮かべる。きっと殴り飛ばしたら気持ちのいいことだろう。

「いないな」

「えぇ⋯⋯。それでも男子高校生かよ」

 即答した俺に空はそんなことを言う。⋯⋯別にいなくたっていいだろ。

「俺は彼女とかはいらねぇよ。めんどくせぇし」

「⋯⋯青春できるのは今だけなんだぞ。来年、俺らのほとんどは就職だ」

 高校三年となった俺たちは来年卒業し、就職することになる。もう内定を得ている人も多い。空がどうなのかは知らないが、俺は特に内定をもらっている会社はない。これからとる予定もないが⋯⋯。

「まあ、それはそうだろうがな⋯⋯」

「お前は幸せにならなきゃいけないんだろ」

 空は俺にそんなことを言ってくる。確かに一時期の俺は幸せな未来を掴むとか言っていたな⋯⋯。

「俺はそれなりに生きれりゃそれでいいんだよ」

 今となっちゃそんな一時期の夢は無くなった。これには理由があるのだが、まあどうしようもないことだ。そういう運命だったとしか言えない。とはいえ、そうなったからと言って悲観しているわけではない。

「なんだ、夢がねぇな」

 空は俺の言葉をそう吐き捨てる。

「夢なんて見ても仕方ないからな」

 そう言って俺は、ため息をつく。

「ため息をつくと幸せが逃げるっての」

「わーてるよ、それくらい」

 それでも、出てしまうものは仕方ない。その後も、特に何事もなく学校へたどり着き授業を受けた。



 そうして、放課後。俺は麗華へ接触してみることにした。とは言っても、もともとの知り合いのため、ただ知り合いと話すだけだ。

 麗華は放課後、花壇の辺りにいることが多い。委員会の仕事で水やりの必要があるらしい。今日もまた、案の定花壇の前で花に水やりをしていた。

「よう」

 片手をあげて俺は麗華に声をかける。

「ん?ああ、華納。久しぶり~」

 俺の姿を見た麗華も軽く笑みを浮かべて挨拶を返してくれる。

「で、なんでまた私のところに来たわけ?」

 麗華は俺に向かってそう聞いてくる。

「久々に話そうかと思ってな」

 俺はそう返したが、麗華はふーんとどうでもよさげにそう答えるだけだった。やっぱり違和感のある答えだっただろうか。

「ま、いいけどさ」

 麗華はそう言って、水を止めこちらに向き直る。

「今日の告白相手は華納ってわけ?」

「だったらどうする?」

 唐突にそう聞いてくる麗華に俺はそう返した。

「罰ゲームでも疑うね」

 麗華はそう言って、ジトっとした目を向ける。俺から告白してくるのがそんなに想像つかないか⋯⋯。俺に男気がないと言われたようで少し傷ついた。まあ、俺は告白する気も仮にされたとしてもそれをオーケーする気もないのだが。

「辛辣だな⋯⋯」

 胸を押さえつつ、俺はそう言葉をこぼす。

「そりゃそうでしょ。あんたみたいな一筋な人間なんてめったに見ないっての」

 一筋か⋯⋯。麗華の言った言葉に俺はさらにダメージを受ける。いい加減、振り切らないといけないんだろうけどな⋯⋯。今となってはもうどうでもよくなってきてはいる。

「まあ、それは置いておいてな」

 俺はその話題から逃げるように、話を逸らす。それを特に麗華は咎める様子もない。

「逆にお前は気になる相手はいないのか?」

 早速俺は本題に切り込む。今回の目標は、麗華の空への思いの調査だ。

「ん?私に?いないわけがないじゃん。私だって人間ですから」

 麗華はあっさりと思い人がいると自白した。うーん、高校生ってもう少し恋愛に奥手なものでは?こう、ドギマギした様子を想像していた俺としては拍子抜けだ。

「ふーん。それが誰かは教えてもらえないのか?」

 俺がそう言うと、麗華はじっと俺を見つめる。やっぱりいきなりそんなことを聞くのは怪しまれるだろうか?

「怪しいと思ってたら、あんたは私の好きな人を聞きに来たスパイだったか」

 スパイって⋯⋯。あながち間違いじゃないけどさ。

「さぁ、吐け!誰からの差し金だ!」

 麗華は調子に乗って俺に向かってそんなことを言ってくる。どうして俺の周りはこうも悪乗り癖のある人ばかりなのだろう。

「言うわけがねぇだろうが」

 俺はそう返す。まあ、空からの直接の依頼だったら全然吐いただろうが、今回は『祈りの電話』からの依頼だ。あっさりと自白していいことではないし、言ったとして信じてもらえる気がしない。

「⋯⋯まあいいけどさ」

 そんな俺の様子を見た麗華はあっさりと追及をやめる。もう少し追及されることを想像してたんだがな⋯⋯。

「で、その依頼者さんに言われて私に脈があるか調べに来たと」

 ⋯⋯それはどうなんだろうな。『祈りの電話』自体に脈があるかとかを聞きに来たというのも変な表現だが、空の依頼で脈があるか調べに来たというのも間違いではない。とはいえ、空は麗華が彼女になりますようにと願ったのであって、脈があるかなと聞いてきたわけでもない。しかし、下手に答えれば空の株が下がることになるだろう。

「はっきり言って、人を使って調べに来ている時点で脈はないと思っていいよ」

 はっきりとそう断言する麗華。⋯⋯調べることを頼まれたわけではない俺は少しの罪悪感を感じた。

「なんというか、直接調べてくるように言われたわけではないんだよな」

 とりあえず、空の名誉のために弁明をしておく。

「⋯⋯嘘じゃない、か」

「分かるもんか?」

「長い付き合いだしね。そのくらいは分かるよ」

「そりゃ、嘘をつけねぇな」

 麗華はそう言ってクスクスと笑う。俺も軽口を返しながら、軽く苦笑する。

「⋯⋯分かった。まあ、そう言うなら信じるよ」

 少しして、笑いも引いた麗華は一言そう前置きをして、少し顔を赤くしつつ言った。

「私の好きな人は空。⋯⋯内緒だからね?」

 口元に人差し指を立て麗華は言う。妙に色っぽいしぐさで、多分この場に空が居たら悶絶でもしていることだろう。俺は、そんな仕草を見てもそこまで気にならないのだが⋯⋯。

「⋯⋯分かってるよね?言いふらしたりなんてしたら、どうなっても知らないよ?」

 黙り込んでいる俺を見てか、麗華はそんな念押しをしてきた。先ほどの色っぽさはなく、問答無用で恐怖を叩きつけるような、そんな微笑を浮かべて。

 そんな麗華に俺は、ああ、とどもった返事を返すことしかできなかった。

「幼馴染に恋なんてベタだけどね」

 そう言ってため息をつく麗華。幼馴染は家族のような感情を抱くことが多いとは言うが、俺らの中では幼馴染に恋するっていうのが決まっているのだろうか。

「ま、誰かに言いふらしたりはしねぇよ」

 俺は苦笑しつつそう言った。

「あんたも人のことは言えないからね?」

 麗華はそんな言葉を返した。⋯⋯確かにそうなんだよな。俺たちは幼馴染同士で恋していたわけだから。

「⋯⋯まあ、依頼者が誰なのかは知らないけどさ、あんまりそういうのはやめなよ」

 麗華は先ほどとは違い俺を憂うような目で見ながら、そんなことを言った。そんな様子に思わず俺は苦笑をこぼす。確かに俺がこんなことをするのは、麗華からすれば心配に思うだろう。実際は、ただ『祈りの電話』の手伝いをしているだけなのだが。

「心配するようなことじゃねぇよ」

 俺は麗華にそんな声をかける。麗華の気持ちも分からないわけではない。だが、これは俺がやりたくてやったことだ。まあ、衝動的にやろうと思ったことなのだが⋯⋯。

「心配することはないって⋯⋯。まあそれならいいんだけど」

 それでも麗華は俺のことを心配すような目で見てくる。

「⋯⋯これは俺の意志だよ。俺には助手があってる」

 そう言うと、麗華は少し驚いたような表情を見せたあと、心配するような目に戻ることはなかった。

「それならいっか。あんたはあんたで生きていくしかないんだから」

「そりゃそうだ。俺は俺らしくいるよ」

 俺は死ぬまでらしく生きる。

「じゃあね。私は委員会の仕事がまだ残っているから」

 そう言って、麗華は俺の前から去って行った。完全に麗華の姿が見えなくなった後で、俺は携帯を取り出す。辺りには人の姿はない。そもそも、委員会がない以上、花壇にまでやってくる生徒は恋愛ゲームでもあるまいしいない。

 そして、『祈りの電話』に掛ける。電話番号は表示されていないが、リコールはできるみたいだ。俺の電話まで異常の影響を受けていることに少し驚きつつ、再度『祈りの電話』が異常な存在なのだと認識する。

 プルルと、いくつかコール音が鳴った後ガチャリと電話が取られた。

『お、もうこっちに連絡してくるんだ』

「⋯⋯見てたのか?」

 俺の様子を見ていたのか、早く連絡してきたことに驚いた様子の電話の主に俺はそう問いかけた。

『見えてるよ。むしろ、今までどうやって願いをかなえていたと思ってるの?』

「⋯⋯それもそうか」

 確かに、こちら側に干渉できなければ願いをかなえることは出来ないか。となると、なぜ俺を働かせることを選んだのかは分からないが。

『まあ、こっちで麗華さんの気持ちは分かったから、それとなく私から空さんに伝えとくよ』

「直接言うのか?」

『ん?そんなことしないよ』

「⋯⋯なんか人間らしいな」

『それとなく伝えるだけ、直接言うのは違うじゃん。私は背中を押すだけだよ』

 俺の言葉を無視して、電話の主は言葉を続ける。

『人の気持ちは無視しちゃ駄目だから。言わないでって言われたら言わないよ』

「そりゃ、疲れそうな生き方だな。好き勝手やるのが一番楽だ」

『はは、それはそうかもしれない。でもやっぱり、相手のことばかり気にしちゃうんだ、私は』

 そう言って嘆息する電話の主。⋯⋯相手のことばかり考えるか、やっぱり俺とは相容れない考え方だな。

 俺は良くも悪くも自分勝手だ。自分のしたいようにやることしか考えちゃいない。だからか、俺は何かしたいことがなくなった時に何もできなくなる。

「まあ、それはそれでいいんじゃないか?俺とは合わない考えだが、嫌いじゃない」

 ⋯⋯そんな生き方は俺は嫌いじゃない。俺には眩しく見えるような、そんな生き方だがそういうのを見ているほうが安心する。

『⋯⋯そうなんだ。まあ、私も君の生き方は嫌いじゃない。うらやましいとさえ思うほどに』

「⋯⋯憧れるほど立派なもんじゃない。一長一短だ」

 人のために生きることはきっとかっこいいだろう。だが、それは疲れる。だから俺はそちら側に行こうとは思わないし、あちら側がこちら側に来ることも考えられない。

『⋯⋯はぁ。やっぱり君はそう言うんだね』

「ため息をつくと幸せが逃げるんじゃないのか?」

 ため息をつく電話の主に俺はそう声をかける。

『私はいいの!幸せなんて求めてないからさ』

「⋯⋯」

 そう言う電話の主に俺は何も言うことができなかった。

「ま、今回の任務はこれで達成だな」

 だから俺は、そんな風に話をごまかす。これ以上しんみりした空気にはなりたくない。

『あ、そうだね。今回の願いはこれで解決。じゃあ、君は次の願いが入るまで待機してて』

 そう言って、電話はプツリと切れた。俺は、携帯電話を閉じてポケットに戻し、花壇を後にするのだった。

 そうして今日もまた、用事を済ませた後で帰宅するのだった。



 後日、俺が登校しているとまたも空が声をかけてきた。

「やあ、華納」

 ハイテンション気味に話す空。俺は、そちらを振り返って、

「やあ、華納」

片手を上げつつ、挨拶する麗華の姿を確認した。

「なんで、同じセリフで挨拶をするのか⋯⋯」

 少し困惑しつつ、俺はそう返答した。

「彼氏彼女だし、ねー」

「ねー」

 そんな様子を見て俺はさらに困惑する。麗華のキャラ崩壊もひどいし、類稀にみるバカップルぶりに面食らった。なんだか、テンションについていけない。⋯⋯空はいつも通りかも。

「だったら、彼氏彼女の二人で登校しろよ、俺を巻き込むな」

 若干呆れ気味に俺はそう言った。

「いやいや、腐れ縁仲間としてさ、私たちの仲間に入れてあげようかなと」

 ⋯⋯せめて、付き合って初めての登校くらい二人だけで行けよ。そんな中に入り込む俺って完全に空気読めないやつになるんだよ。

「そうだそうだ!」

 それに同調する空。こいつは殴り飛ばしてもいいと思う。

 ⋯⋯にしても、こいつら付き合うことになったのか。『祈りの電話』が関わっているのかは俺には分からないが、もし関わっているなら、電話の主はうまくやったことになる。

 素直に尊敬するな⋯⋯。俺はそういうのは苦手だ。人の気持ちを考えて適切な言葉をかけるなんて出来ない。だからこそ俺は、素直に電話の主はすごいなと思う。

「どしたの?辛気臭い顔して」

 考え込んでいた俺を見て、麗華がそう声をかけてきた。

「生まれつきだ」

 俺はそう返して、そいつらを無視して歩き出す。

「それは言えてるな」

 空は俺の返答を聞いて笑っている。つられて麗華もふふと笑う。受けを狙った発言ではないのだが⋯⋯。

 実際、俺は表情が読みにくいとよく言われる。稀に、読みやすいとかいうやつもいたがまあ、それは少数派だ。それゆえに、辛気臭い顔をしているといわれることも多い。

 そんなことを思い出していると、俺の携帯電話が鳴り響く。

「あ、先行っておいてくれ」

 それに出ようと、空と麗華に声をかける。

「ん?別に待つけど」

「いやいや、かなり長い電話になりそうだからな」

 電話の相手を確認するふりをしながら、俺はそんなことを言う。

「そう?分かった、じゃあ先行ってるね」

「またな」

 空と麗華はそう言って、去っていく。相手の姿が見えなくなったところで俺は携帯にかかってきた相手を確認する。電話番号が表示されることもなく、非通知と書いてあるわけでもない。つまり、異常現象と言えるだろう。

 まあ、相手は分かりきっているので、その電話をとる。

『もしもし、私だけど』

 案の定、言語不明だが理解できる言葉が流れてきた。本当に不思議な現象なのだが、こいつが相手だと受け入れられてしまうのは不思議である。

「私私詐欺か?」

『私私、君に詐欺られちゃってさぁ』

「⋯⋯」

『君から振ったよね!?』

 きっと、『祈りの電話』には都市伝説としての自覚が足りないと思う。確かに俺も悪乗りしたけど、それに乗ってくるのは都市伝説としておかしいと思う。後、俺に詐欺られたってなんだ。詐欺をした記憶もないし、された相手を詐欺ろうとするとかどんな状況だ。

「じゃあ本題を」

『君は私の扱いが雑すぎやしないかい?』

「今更だろ」

『今更だね』

 そんなやり取りをした後、早速本題に入ることにする。

『で、今回の願いについてなんだけど』

「ん、で今度は何をすればいいんだ?」

『なんというか、今回の願いは受けたわけじゃないんだよね』

「自分で作った願いってことか?」

 いきなり願いを受けていないという電話の主に俺はそんな疑問を返す。誰かを見てこんな願いをかなえてあげたいって思ったのかと考えていたが。

『いや、そういうわけじゃなくてね。依頼されたはいいけど断ったんだよ』

「⋯⋯断った依頼が俺に流れ込んできたと」

『願いが、病気の娘を助けてくれって言われてね』

「⋯⋯なるほど」

 なんとなく話の流れが分かった。『祈りの電話』は人間にできること以上のことは基本出来ない。できたとしても、それはきっと意味はない。強制力的なものでなかったことにされるらしい。

『それでさ、私からじゃ何もできないの。だから君が、少しでもいい結末にしてよ』

「⋯⋯いい結末って」

 その言葉に俺はその病気の子がどういう状態なのかを察する。

『そう。もう余命宣告を受けている状態。親は彼女に伝えてないみたいだけど様子を見る限り察しているようだね』

「⋯⋯俺に何ができるんだ?」

『さぁ、私には分からない。だけど、君以上の適任者はいない』

「買いかぶりすぎだ」

 そんなことを言う電話の主に俺はそう返した。俺はそんなできちゃ人間じゃない。

『そうかな?どちらにせよ、私からしたら君に頼む以外に方法がない。だから頼んだよ』

「叶えないって言ったんだろ?それでいいのか?」

『⋯⋯実際できないことだからね。とはいえ放置しちゃうのは良くないと思うの』

 電話の主は悲しげにそんなことを言った。

「優しいんだな」

『⋯⋯優しくても出来ないことばっかだよ』

「それでいいだろ」

 そう言うと、電話の主はしばらく黙り込む。

『優しくってもさ、欲っていうのはあるんだよ。私はこうしたいみたいな』

「⋯⋯それでいいんじゃないか?」

 その言葉に俺は同じようなことしか返せなかった。実際、欲はあって当然だと思う。

『⋯⋯まあ、有っても無くても一緒だから』

「⋯⋯」

 そうだ。電話の主は、自分から行動を起こすことはできない

。何を求めているのかは分からないが、それではほとんど何もすることはできないだろう。

『ま、まあ、この依頼は任せたからね』

 そう言われて、電話は切れる。⋯⋯まあ、今回の依頼をこなすのはいい。ただ、俺は相手の情報をなにももらってないんだよなぁ。

 だから俺は、リコールボタンを押すのだった。



 切ったはずの電話から再度コールがかかってきて、若干不機嫌気味なお言葉を聞きつつ、情報を得た俺は、放課後、病院までやってきていた。

 来たはいいものの面会申請が通るのか、という疑問があったが面会したい相手の名前を言うとあっさりと通してもらえた。若干病院のセキュリティーに不安を覚えつつ、面会準備が整うのを待つ。

「志賀華納さま、面会の準備が整いましたのでカウンターまでよろしくお願いします」

 呼ばれたので俺はカウンターへ向かう。そこで、部屋番号を聞いた俺はその部屋へと向かう。さて、初対面の人を相手に面会とは通報されないものだろうか。

 言われた番号の部屋までたどり着いた俺はその部屋をノックする。すると、すぐにはーいと返答があり、俺はドアを開く。

 そこにいたのは、俺よりも数回り年下であろう少女だった。髪はかなり伸びて、肌は青白い。一目に病弱であるということが分かってしまう状態だった。

「どちら様でしょうか」

 そんな少女は礼儀正しく、俺に挨拶をする。まあ、入る前に通報されなかっただけましか⋯⋯。

「⋯⋯説明が長くなりそうだから座ってもいいかな?」

 少女には本当のことを伝えようと思って俺はできる限り丁寧にそんな確認をとる。ここで嘘をつくのはなんだか違う気がする。

「それは構いませんが⋯⋯」

 そう言われたので俺はベッドの隣に備え付けられている椅子に腰を下ろす。

「君は病気って聞いてるんだけど」

 まず俺はそう切り出す。

「は、はい。そうですね。一切外出もできない状態ですし」

「そうか。ご両親は心配していないのか?」

 俺がそう問いかけると、少女は複雑そうな顔をする。さすがに、藪から棒な質問だっただろうか。

「そうですね⋯⋯。行き過ぎたくらいに心配されてますよ」

 そう言って、苦笑する少女。そこまでしなくてもいいのにと、そんな思いが伝わってきそうな表情だった。

「まあ、分かるんですけどね。直接は言ってきませんが、私はもう長くないだろうってことも。だから、心配する気持ちも分かるんですよ」

 そう言って少女はため息をつく。

「ため息をつくと幸せが逃げるらしいぞ」

 そんな様子を見て俺はそんな声をかけた。

「ふふ、分かってますよ。⋯⋯でも、逃げるほどの幸せがこの先にあるとは思えませんが」

 少し悲しげにそんなことを口にする少女。もう逃げるほどの幸せがないか⋯⋯。確かに、もう残された時間は長くない少女にとってはそうなのだろう。いや、そう思えて当然だ。

「⋯⋯」

 俺にはそんな少女になんと声を掛けたらいいのか一瞬迷った。ふと、蘇る記憶。

『ため息をつくような気分だと幸せがあっても取りこぼすんだよ。実際に幸せが走って逃げるわけじゃないし』

 確か、俺が何かに迷っていた時に言われた気がする。思わず言い返すと、こんな言葉が返ってきたんだった。今となっては何に悩んでいたのか全く覚えていないのだが、俺の中に、この言葉は印象に残っていたのだろう。すっとそんな声が蘇ってきた。

「幸せってのは自分で見つけるしかねぇんだ。曇った目で見てちゃ見つからねぇよ」

 俺は自分なりの言葉でそれを伝えた。少女はそれを聞いて少し瞬きする。

「⋯⋯お兄さんはかっこつけるのが好きなんですか?」

 めちゃくちゃ失礼なこと言われた。まあ、初対面の人からこんなことを言われたら変な人なのかなと思われて当然だが⋯⋯。

「ま、まあ、いいと思いますよ、人それぞれで。⋯⋯で結局あなたは誰なんですか?」

 傷ついている様子の俺を見て少女は慰めるように声をかける。そして、話題を逸らすようにそんなことを言った。

「⋯⋯信じてもらえるかは分からないが、『祈りの電話』って知ってるか?」

「知ってはいますよ。看護師さんがそういう話が好きらしく」

 なかなか特殊な看護師さんだな⋯⋯。患者さんに都市伝説の話をするって。

「まあ、その話であっていると思う」

「それが何か関係があるんですか?」

「君の病気を治すためにご両親が『祈りの電話』に頼ったらしいんだよ」

「⋯⋯」

 そう言うと少女は少し黙り込む。

「なるほど。私から言っておきます。私のことは気にしないでと」

「助かるんですか、とは言わないんだな」

 真っ先にそう言う少女に驚きつつ、俺はそんな声を漏らした。

「あなたみたいな人間が来ているってことは『祈りの電話』の裏には人がいるんでしょ。それなら、不治の病の私を治すことはできない、違いますか?」

「⋯⋯まあそうなんだが」

 俺の思っていた以上に理解力の高い少女である。『祈りの電話』は本当に怪異だと伝えてみようかと考えたが、そこまで言う必要もないだろう。

「親に言う必要はないんじゃないか?」

「いえ、私のために詐欺にでも遭いそうですので。⋯⋯それに、あまり心配してほしくはないので」

 まあ、都市伝説にすがりだした親を見たらそう考える人もいるか⋯⋯。

「心配してもらえることはいいことだと思うが」

「そうなんでしょうけどね⋯⋯。私のために心をすり減らすのはやっぱり見てて辛いので」

「そうか⋯⋯」

 しんどそうな様子を見ていると、辛いか⋯⋯。実際そんな状況になったことはないが、そんな気持ちは想像がつく。

「だから、私のことは気にしないでいて欲しいんですよ。もうすぐ私は居なくなるんだから」

 少女はそう言って窓の外を眺める。黄昏るように、自分の死期に思いをはせているのだろう。

「それが君の願いなのか?」

 俺はそう問いかけてみる。この願いが叶えられるのかは分からないが、聞いてみようと思った。

「⋯⋯そりゃあ、生きられたら生きたいですよ。まだまだやりたいことはあったんですから」

 そう言う少女を見て、俺はふと笑いをこぼす。

「む、何笑ってるんですか、失礼ですよ」

 少し怒りつつ、少女はそう口にした。まあ、笑ったのは不謹慎だったが悪い意味で笑ったわけじゃない。

「いや、ちゃんとそういう思いもあるんだなって思って」

「人間なんだからありますよ」

「良かったよ、ただのお利口さんじゃなくて」

「馬鹿にしてますね?」

「してないしてない」

 終始強い口調の少女に俺はそんな言葉を口にした。ただ、良かったと思っているのは本当だ。

「君はさ、残される側の気持ちって考えたことはある?」

「悲しいとか辛いとか孤独とかですか?」

 俺の問いかけに少女はそう回答する。そうなんだろうな。少女にとっては。ただ、俺にとっては違う。

「⋯⋯親しければ親しいほどさ、心残りはなかったかとかそんなことを気にしちゃうんだよね」

 そう話しながら、俺は思い返す。

「こんな終わり方でよかったのかとか、こんなことをしたかっただろうなとか」

 俺の話を少女は黙って聞いている。

「俺らは結局自分本位にしか考えてねぇんだよ」

 だから、俺も誰かが悪いわけじゃないのにあいつに恨みを抱いてしまうこともある。

「幸いにも君は終わりが分かってるんだ。好き勝手にして満足して逝くほうが残される側からしたらいいんだよ」

 突然人がいなくなることもあるのだから、どうせ死んでしまうならやりたいことやって死んだほうがいい。それのほうが、周りだって覚悟ができるのだ。

「⋯⋯正直、私にはよく分かりません」

 俺の話を聞いた少女はそう前置きをする。まあ、いきなりこんなこと言われても分からないよな。俺にもしっかりとは分かっていないんだ。経験者の俺がしっかりと自分の気持ちってやつを理解していないんだから、経験も何もない少女には分かるわけがないか。

「でも、今のままじゃ駄目って言いたいんですね」

「それはそうだろ。やっぱり最後は笑顔で見送ってやりたいもんだ」

 そうだ。俺だってあんな突然の別れじゃなくて、しっかりと話したかった。

「⋯⋯分かりました。少し私も本音で話してみようと思います。どうなるかは分かりませんが」

 そう言った少女はしっかりと前を見ていた。うん、多分それでいいんだ。死んでしまえば戻ることはないんだから、後悔を残しちゃいけない。そういうのは、きっと周りにはばれているもんだ。

「さ、うまくいくかは俺にも分からねぇよ」

「無責任ですね」

「ただ俺はそう思う。それだけだ」

 俺はそう言って、病室を後にする。

 これで良かったのかなんてさっぱり分からない。だが、お利口さんな少女のままよりはましだろう。だって、残された側には彼女の気持ちなんて分かるはずもないのだから。だから、最後が分かるなら、伝えたほうがいい。

 さよならは笑顔で、やっぱりそれが一番いいに決まっている。



 病室から出た俺はトイレに入って携帯を取り出し、電話をかける。

『も、もしもし』

「何急にどもってんだよ」

 コール後に出た声は少し動揺気味だった。

『いや、君があんなに臭いセリフを連発するとは⋯⋯』

「失礼って言葉を知らねぇのかお前は」

 そんなことを思われていたのか⋯⋯。まあ、確かにかなり臭いセリフを口にしていたような気もする。

『ま、まあいいんだよ。あれが君がいいと思った方法なんだね』

 電話の主は俺にそう問いかける。

「そうだな。俺は勝手においていかれる側に同情してしまうタイプだからな」

『⋯⋯そうなんだ。⋯⋯君は前にもそんな経験があるわけ?』

「いや、初めてだ。こんな死期間近の少女を元気づけるのは」

『⋯⋯そういうことじゃないんだけど』

 俺がそう返答すると、電話の主はそう言葉をこぼした。

『ま、まあいいや。じゃあ、依頼は完了でいいかな?』

「⋯⋯なあ」

 ふと思い浮かんだことがあった俺はそう声を上げる。

『何?』

 電話の主はそう答えた。

「⋯⋯いや、何でもない」

 結局俺の口から言葉が出ることはなく誤魔化すことになった。こんなことを聞いたところでだしな⋯⋯。

『そう?ならいいけど』

「気にすんな。何言おうと思っていたのか忘れちまっただけだ」

『なるほど。確かによくあるもんね』

 声の主は誤魔化せたみたいでそう返答が来た。

『じゃあ、今回の依頼はこれで終わりってことで』

「ああ、それじゃあ、またな」

 結局、俺は思い浮かんだ質問をすることもできずに電話を切る。もし、俺の予想が正しかったら⋯⋯。



 お兄さんは扉を開けて私の病室から出ていった。そんな後姿を眺めた後で、これからどうするかと考える。

 多分だけど、お兄さんは私にもっと甘えてやれ的なことを言っていたのだろう。甘えられることがいいことなのかは分からないけれど、なんとなく頼ってもらえないのは寂しいように思う。

 そんなことを考えているとガチャリと扉が開いた。そちらに目を向けると母の姿があった。お兄さんが出て行ってすぐに来るとは⋯⋯。

 もう少し考える時間が欲しかったなと思いつつ、私はいつも通り笑顔を浮かべる。

「体調はどう?」

「だいぶいいよ」

 心配そうな母に心配させないようにとそう答える。正直に言ってしまえばかなりつらいのが現状だ。おそらく立つことはできないだろう。会話する分には問題ないが、体がかなり弱っているのは分かる。

「そう⋯⋯」

「ねぇ」

 少し悲しげに私を見る母に、私は声をかける。

「私ってもう長くないんでしょ」

「⋯⋯なんでそう思うの?」

「私の体が悪くなる一方なのは分かってるから」

 入院当初はいつか治ると思っていたけど、良くなることはなく悪化の一途をたどっていたのだ。それで気づかないというほうがおかしいだろう。

「⋯⋯いつか治るかも」

「そう思えないから言ってるの」

 冷静に、私はそう言う。

「⋯⋯そう。あなたは後余命一か月くらいって言われてるわ」

「⋯⋯」

 一か月⋯⋯。思っていたよりも短いように感じる一方、そのくらいだったろうなと納得できる私もいた。

「そっか。うん。私は大丈夫だよ。怖くも⋯⋯」

 だから私は、いつも通りに強がろうとして、止める。ここでようやく、お兄さんの言っていることの意味を理解できた気がした。

「いや、ちょっと怖いかも」

 正直、死ぬことは怖い。どうなるのか分からない、未知への恐怖。まだ実感が湧いているわけではないけど、少し自覚しつつある。

 それを強がって隠すことは、きっと立派に見えるだろう。だから、それはよくないんだ。等身大の私でないまま死んでいくのは。

「⋯⋯そうよね。頑張って治す方法を探すからね」

 母は顔をゆがめてそう言った。

「⋯⋯いいよ。もう治せないんでしょ」

 私は、母を見つめながら言う。

「⋯⋯そんなことないわ。きっとどこかに直す方法があるはず」

「いいから、私を一人にしないでよ」

「⋯⋯!」

 私は思わずそう言ってしまう。母はそれに驚いた表情を浮かべる。

「⋯⋯確かに死んじゃうのは怖いよ。でも、一人で死んじゃうのはもっと嫌だから」

「⋯⋯」

 一度深呼吸して、私は言う。

「だから、一緒に居てよ」

「⋯⋯分かったわ。ならもっと一緒に居れるように一旦退院できるかお医者さんに聞いてみようかしら」

 そう言った母の顔には久々の笑顔が浮かんでいたような気がした。



 そうして俺は、病院に来たついでに診察を受ける。⋯⋯まあほとんど毎日行っているのだが。

「あと数日とといったところかな」

 そろそろ初老を迎えようかという見た目の医者は俺に向かってそう言った。数か月前に俺は余命宣告を受けた。もともと数年で尽きる命だとは分かっていたのだが⋯⋯。

 この病気の存在が分かったのはあいつがちょうど死んでしまった頃だろうか。俺たちの幼馴染の一人で、俺の思い人であった祈、という少女。彼女は突然、事故にあって死んでしまった。

 その後すぐにこの病気が明らかになったのだが、正直俺は何とも思ってなかった。祈が死んでしまった直後というのはあいつの分まで生きると奮起していたものだが、途中からは全くそんなことはどうでもよくなってしまった。彼女の代わりに生きるというのは、俺が彼女とは別の人間である以上できるはずもなかった。

「そうですか」

 だから、今もいや、今まで無気力で生きてきたつもりだ。それなりに外へ向けて明るくは振舞っていたが、本心では全く興味を持っていなかった。

 だが、『祈りの電話』の手伝いを始めてから少し昔を思い出せた気がした。

「どうする?病院のほうで最期を看取ってもいいけど」

 俺の病気はかなりの奇病で死ぬ直前まで何の前兆もないらしい。

「いや、いいです」

 俺はそう答えた。今の俺はやりたいことを見つけた。だから、それをやろうと思う。

「そうかい⋯⋯。まあここを無理強いしても仕方ないしね」

 この医者は俺の頼みを聞いてくれ、感謝している。死ぬまで特に体調を崩す恐れがないため、入院をしなくてよいように手続きしてくれた。だから俺は、今まで学校に通うことができていたし、家に帰ることもできていた。定期的に検査をしてもらっていたがそれくらいだ。

 そして、俺が死ぬまで病院にいてくれたほうが手続きが楽だろうにそれを受け入れてもらえている。

「感謝しますよ。先生」

「患者さんの意向にはできる限り従いたいですからね」

 そう言って、しわの寄った顔をくしゃりと歪める。

 俺はそんな医者に礼を言って診察室から出て病院を後にする。

 そして、帰りの道中、俺は電話を取り出し、リコールを選択する。

『⋯⋯もしもし?』

 すぐに電話からは不思議な声が聞こえてきた。

『どうかしたの?今回は君から電話してくる理由はないと思うけど』

「⋯⋯いやな、少し話があってな」

 俺は、そう口にする。

『⋯⋯一応さっきまで君のサポートした親子さんを見てたから君がどんなことをしてたとかは知らないよ』

 いったい何を疑っているのかは知らないが、電話の主はそう弁明をする。⋯⋯何か俺が見ていない間に変なことをしたとでも思っているのだろうか。

「お前はどんな願いでも強制力がなければ叶えられるんだろ?」

 俺はとりあえずその弁明は気にしないことにして、言葉を続ける。

『そうだね。世界を大きく変える願いじゃなければ叶えられるよ。⋯⋯まさか君も願いがあるの?』

「⋯⋯そういうことだ」

 そう。俺は叶えたい願いができた。

『そうかそうか。分かった。できる限り奮発して叶えてあげよう!』

 電話の主は少し声を張り上げてそう言った。『祈りの電話』に奮発も何もないような気がするが、まあいいだろう。

「だったら、俺の願いをかなえてくれないか?『祈』?」

『⋯⋯』

 前から思っていた、この電話はおかしいと。いきなりこんな都市伝説が現れたことも、妙に人間らしいところも。

 だから、死んだ祈がこんな都市伝説になっていると考えると辻褄が合った。人の願いを聞いて解決することが趣味だった彼女が、こんな活動をしていると考えると⋯⋯。

 だからこそ俺は何でも願いを叶える電話に嫌悪感を抱いていたのだ。どうしても、彼女に重なってしまうから。

『⋯⋯別人じゃない?』

 電話の主はそう口にするが、それには明らかな動揺が見られた。

「⋯⋯」

 俺はそれに無言を返す。しばらくの間があってから、電話の主が口を開く。

『⋯⋯いつから分かってた?華納?』

 電話の主、祈はそう問いかける。

「いつからって、妙に人間臭い都市伝説ってだけで違和感しかないだろ」

 今考えれば、『祈りの電話』が噂になったのは祈が死んだあとだった。

『そうかな?死者の電話なんてありがちじゃない?』

「流石に幼馴染と他人を間違えるかよ」

 それも、思い人を。

『それはうれしいんだけどさ⋯⋯』

 祈は照れたように少し黙り込む。

『まあ、分かったよ。で、君の願いっていうのは?』

 祈はそう言って俺の願いを聞く。

「俺を死後、そっちに行かせてくれないか?」

『⋯⋯え?』

 そうして俺の願いを伝える。すると、祈は困惑の声を上げる。『祈りの電話』が叶えられる願いは現実に影響の少ないもの。願えるなら祈が生き返ることでも願うが、それはできない。⋯⋯できたとしても、俺が死んでしまうのだから、祈と俺のいる道を目指すのだろうが⋯⋯。

『いや、こっちに来てもいいことなんてないよ?真っ暗で何にもない世界』

「⋯⋯それでいい」

 俺は祈がいる場所に行きたいだけなのだから、そんなことが関係あるものか。

『いいって⋯⋯。もしかすると生まれ変わって、普通に生きられるかもしれないのに⋯⋯』

「⋯⋯」

 祈はそんな言葉を口する。だから、だから俺は勇気を振り絞って伝える。伝えられなかった言葉を。

「俺は、祈のことが好きだったんだ。だから、好きな人と一緒に居るためにそっちに行きたいって言ってんだ」

『⋯⋯ふぇ?』

 祈はそんな素っ頓狂な声を上げる。生きていたころでもこんな声は聞いたことがないぞ。まあ、相変わらず日本語で聞こえてくるわけではないのだが。

『いや、君、いったい何を言ってるのか理解してる?してないよね?じゃないとここで口説かないよね?』

 祈はてんぱった様子でそんな言葉を早口で並べ立てる。

「いや、分かってる。俺はずっと前から、お前が好きだった。死んでしまってから何度後悔したか分かったもんじゃない」

『⋯⋯いい加減にして、口説くのやめて』

 へなへなと尻すぼみな声を上げる祈。

 それからしばらくして⋯⋯。

『私も好きだったよ』

 祈はそう口にした。

『いいんだね?まだ後戻りはできるよ』

 祈はそんな確認をする。

「そりゃ当然だろ」

『はぁ⋯⋯。分かった。じゃあ君の願いを叶えてあげる』

 そうして、俺の願いは叶えられることになった。

「ため息をつくと幸せが逃げるんじゃないのか?」

『君の愛に呆れてるんです!』

 祈は俺に向かってそう叫ぶ。

「なあ、祈はどう思うんだ?」

『⋯⋯それを私に言わせる?』

 祈は恥ずかし気にそう口にする。

『それはうれしいし、一緒に居たいと思ってるよ』

 恥ずかし気にそう言う祈は俺にとっては音声だけでも十分にドキッとさせられた。

『ああ!この話終わり!』

 耐えられなくなったのか祈はそんな悲鳴を上げる。

『君はもう、私のパートナーだから!一生!いや、死んでも!』

 ⋯⋯あ、俺の病気のこと言ってなかった。今更ながらにそんなことに気づく俺なのだった。



 そうして、しばらくの日が流れた。その間も、いくつかの依頼を受け、解決した。

 そうして、いつの間にか俺の死期が目前に迫っていた。完全に体が動かない。周りの人が悲鳴を上げているが、俺はそれを気にすることもなく、もうすぐなんだなと、自覚していた。もう、両親には別れの挨拶を伝えた。病気が分かってから、一人暮らしで大人の気分でもとよく分からない気の回し方をした親だったが、感謝している。

 空や麗華にもすでに話した。二人とも驚いた様子だったが、笑って送り出してくれた。今の俺だったら後悔はないだろうって。

 そうして、俺の意識は暗転する。

 ⋯⋯そして、次に目が覚めた時に移る景色は真っ暗な闇だった。ここが例の空間か⋯⋯。俺は辺りを見回す。

 ほんのりと明るく照らされる電話機。

 ⋯⋯そして、そのそばにたたずむ少女。それは紛れもなく祈の姿だった。

「ほんとに来ちゃったんだ」

「お前が来るようにしたんだろうが」

 少し驚いた様子でそう口にする少女に俺は思わず突っ込む。

「いや、そうだけどさ。いざ、会ってみると現実味が湧かなくて」

「⋯⋯俺のほうが現実味がねぇよ。死んだ奴に会えてるなんて」

「君も死んでるんだけどね⋯⋯」

 そう言って祈は笑みを浮かべる。

「んで、何をするんだ?」

「え?そりゃ当然、願いをかなえるでしょ!」



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