そのオファーお断りします!——新札発行狂想曲——
新札、出ましたね。
※noteにも転載しております。
「お断りしますっ!!」
それはにべも、とりつくしまもなく返された返事だった。
「なぜですかっ?!
存命のうちに新札へお姿を印刷される、生ける紙幣としての栄誉が与えられるというのに!?」
オファーを出しに遣わされた私は、まさか断れるとは思っていなかったため、はげしく狼狽えた。
彼女——超粗壁 不埒奈は、押しも押されることなく、推しも推されたる偉人だ。
新元素をみっつも発見し、崩壊しかけていたこの国の三権分立を建て直すべく「第零権」機関を設立。可愛すぎる三十路アイドルをプロデュースし、週刊少年ドリームズで連載していたマンガはアニメ化・映画化、カードゲームも世界中でプレイされている。所属する米国の野球リーグでは、投手/野手/球団マスコットの三刀流が話題になり、スタジアムに観戦に行くと、彼女がホームランを打てば首振り人形ならぬ腰振り人形が配られた。無乳系女子ながらも先日発売した通算8枚めの水着DVDは、私も初回限定の2枚組のほうを購入させもらい、ずいぶんとお世話になっている、うへへ♡
そんな数々の偉業を成した彼女である。
死後を待たずに、紙幣に印刷されようと、不思議がる声があがるわけもない。
ところが、なぜか。
とうの本人は、それに乗り気どころか、固辞してひかないのだ。
せめて理由を聞き出さなくては帰るに帰れないと、食い下がる私に、彼女はようやく応じてくれた。
「だって、女のわたしが紙幣ってことは、五千円札ですよね。
……歴代の五千円札の肖像画の評価って知ってます?」
そう言うと、彼女は検索からひらいたページを表示して、デコデコにデコられたケースにはめられたスマホを、私へと突きつけた。
そのページ曰く。
能面っぽい。眉毛がなかったら、なんとか座の怪人www
顔がおっさんぽい。お笑いのおっさんが、コントで女装してるおかんみたい(爆)
なるほど、どうやら歴代五千円札は、そこに刷られた女性たちの肖像画の評判が良くないらしい。
だが、いわば彼女は特例である。普通は紙幣に肖像画が印刷されるのは、その死後。死人に口無しとはよく言ったもので、オファーを断られたり本人からクレームが来る心配もない。
つまり、今回さえ乗り切ればいいのだ。
「とにかく、私はあんなふうな肖像画を後世に遺すなんてまっぴらごめんです!
つぎの新札が発行されたって、黒歴史として完全に葬られるわけでもないでしょう?!」
ここまで言われてしまえば、おめおめとオファーを断念するところだろう。
だが私も、それなりの場数を踏んだうえで、ここに派遣されている。「黒歴史」——彼女の発した、そのひとフレーズが私の頭にひとつの打開策を打ち出した。
「オー、ジャパニーズ ニュー オサツ!
ベリー ベリー キュートネ♡」
新札が発行されると、国内での評判は真っぷたつだったものの。海外のコレクターからは、すさまじい評価をうけて、一時的に国内の紙幣が不足する異常事態まで発生した。
というのも。
オファーをうけてもらう条件として。
マンガ家としてもヒット作をもつ彼女に、自身の肖像画を任せたからだ。
それだけでなく、バランスを考えて、千円札(源義経)と一万円札(千利休)のふたつの肖像画に加えて、全体のデザインも委ねることにした。
結果として、萌えキャラにポップなフォント。ハートでデコったフレームを裏返すと、でかでかと猫のイラストが描かれた、世にも珍妙な新札が誕生することとなったわけである。
個人的には嫌いじゃないが、こいつはまさに我が国の葬られざる黒歴史となろう。
だが、それでいい。
黒であろうと、歴史と名前がつくからには、それは葬られるべきではなく、刻まれるべきものであるからだ。
そして、この新紙幣を誕み出した私の悪名も、後世に語り継がれることとなろう。
ふっ。
自嘲とも、ため息ともわからないものを、尖らせた唇から細く吐くと。
私はまだ小学生である姪っコにやるお小遣いに、新五千円札のピン札をポチ袋に忍び込ませたのだった。
新札の評価に影響を受けることなく、超粗壁 不埒奈の偉業はきょうも重ねられていく。
彼女が先日発表した、絶対零度を下回る「絶対零下」における、マイナス体積の物体の存在を示唆する論文には、学会が騒然としていると各媒体でニュースが報じられた。
フォントが安っぽい(涙)
念の為調べたら、絶対零度より低い物質、つくれるみたいですね(汗)




