7.よろしゅう
「もうアカンわ。すまん、みんな」
ワシは血反吐を吐きながら床に倒れた。血って湯気出るんやなぁ。
アークハルト。酒飲みでいびきうるさくて、でもえぇやつやった。
ハイミ。豪快でガサツで女らしくなくて、でもえぇやつやった。
フイ。ビビりのくせにたまに強気で、でもえぇやつやった。
消えゆくワシに駆け寄って今生の別れをする暇もなかった。
遠くでワシの名前を叫ぶ声だけが聞こえた。
一瞬遅れて、魔王の断末魔。
やったんやな。ワシはもうアカンけど、やったんやな。それなら、えぇ物語やったわ。
アークハルト、ハイミ、フイ。
この続きの人生も、達者でな。
* * *
「ごめんください」
開けっ放しの店の入り口から声がして、ワシは我に返った。
声の主を見るよりも先に自分の手や顔をべたべたと触ったせいか、客の目つきは不審者を見るようなものやった。
すらりとした青年は、どこか異国っぽさを醸し出している。
「これ、いくらになるやろか?」
そう勘定台に置かれたのは、紛れもなくあのカラクリ人形やった。
呆気にとられたように固まっていたワシを更に不審そうな目で客の青年は「あの~」と声をかけた。そういえば、あの時もこれを持ってきたのはこんな客やった。
「お客さん、これ、どこで」
「昔からうちにあるんやけど、こんなんあっても腹は膨れんからなぁ」
「昔って、いつから」
「少なくともばあちゃんが子どもの時からあるとは聞いた。知らんけど」
「さ、さよか」
ワシは前と同じ金額を渡した。「どうも」と店を出た客の背中が見えなくなったところで、ワシはその青年を追いかけた。
「ま、待ってくれ!」
「何?」
「ワシと、魔王倒しに行かんか」
怪訝な顔つきだったのが、怯えた顔に変わった。そらそうやな。初めて会ったやつに、飯ならともかく魔王討伐とは、ワシでも引く。
けど、お前はきっと、誰かの子孫なんやろ。この人形、ワシが消えたあとも何の因果か、そのまま残ってたんやろ。
「違うかったら奉行呼んでくれて構わん。ワシは不審者以外の何者でもないっちゅうんはわかっとる。けど、一つ教えてくれ。自分のご先祖、魔王、封印してんか?」
「な、何で、それ」
青年の顔色が変わった。
「ご先祖、ギガッツォ諸島出身か? それとも、トラビア王国か? ロヌラキア公爵領か?」
ワシは三人の出身地を早口で捲し立てた。五百年以上前の先祖の出身なんて知ってるわけないやろって思った。しかも全部滅んどる国や。けど、口が止まらんかった。止められんかった。
「僕はクオーターなので詳しくは知らないんですけど、おばあちゃんは元トラビア王国があった場所出身だって聞いたことがあります」
アークハルトの出身や。
繋がった。
五百年以上の時を超えて、繋がったで。アークハルト、ハイミ、フイ、そして親父。
ワシは遺志を継ぐ。
ワシは困惑する青年に事の顛末を話した。完全に不審者や。奉行所でも医者でも、連れて行くとこ連れてってくれ。
けど、青年の表情は次第に真面目さを帯びてきた。青年曰く、ワシがした話は「おとぎ話」レベルで家に伝わってたらしい。
最終的に、ワシの話を理解してくれた。
道行く人たちの不審そうな視線にも気づかんと、ワシらはひたすら話した。
陽も暮れかかったところで、ワシは名乗ってんかったことを思い出した。
「ワシ、名をナンバっちゅう。よろしゅう」
待っててくれ、みんな。
キサイチの倅であるワシが、アークハルトの子孫であるこの美青年と、ほんできっと何かの因果でハイミとフイの子孫も見つけて。
四人で倒しに行くからな。
おわり