6.さよか
修行に明け暮れ、気付いたらもう半年経ってた。その間、日銭を稼ぐために、自分の能力を使って大道芸人の真似事をしたり、道具屋で働いたりした。案外どうにかなるもんやな。
それぞれの技術が大いに上がったところで、アークハルトのおっさんが夕飯時に深刻そうな顔で話し始めた。
遂に、やな。
「明日、出発する」
どこへ、とは言わんくても全員が頷いた。魔王と戦うんや。
この時代、この場所の地理や移動手段に明るくないワシは、フイとハイミが部屋へ戻ってからおっさん直々にこれからのことを教えられた。フイかハイミがよかった。
ここから魔王の居場所までは、何もなければ約一週間。交通手段は馬車と徒歩しかない。さすが五百年以上過去。
いくつかの町や村を通って行くことになる。せっかくやし、旅行気分で行くか。思いつめてもしゃあない。
翌日の朝、ワシは初めての馬車に揺られていた。ワシの時代にも馬車に似た乗り物はあるけど、もうちょい快適やわ。やっぱり車輪とか改良されてるんやなぁって思った。ありがとう、いろんな人。
* * *
何やかんやで、魔王の城から一番近い村に着いた。意外とちゃんとした村でビビった。住むなやこんなとこ。
けど、建物は宿屋だらけで、生粋の住人と言えば宿屋の主人ぐらいなもんやった。実入りはえぇんやろな。あとは宿泊客向けの食堂だの武具やだので、ラスボス手前の最終セーブ地点って感じや。宿泊客も魔王討伐隊御一行様しかおらん。
この中の誰か、いや、もっと未来のヤツかもしれんけど。誰かが、魔王を封印するのは間違いない。ワシの時代がそれを証明しとる。
気張ってくれ。
夜中、相部屋も慣れたアークハルトのおっさんのいびきに寝れんくて、外に出た。冷やっとした空気がいかにも、って感じで気色悪い。出るんじゃなかった。
広場みたいなところに行ったら、焚火が赤々と燃え盛ってた。ベンチにフイが座っとる。
「寝れんよなぁ」
そう言いながら横に座る。
「ナンバさんもですか?」
見慣れた笑顔でフイは空中に魔法陣を描いてティーポットとカップを出した。魔法って便利やな。
ワシも似たような能力やけど、漢字一文字縛りがキツすぎる。この前は湯飲みが欲しくて苦し紛れに「杯」って書いたらおちょこ出て来たわ。世界観考えろ。
「明日って、実感湧かんなぁ~」
「そうですね」
湯気を立てる茶を飲みながら、フイは笑っとる。
「ワシは異世界っちゅうか、違う時代から来たから別にえぇんやけど、フイらは何ちゅうか」
「日常の延長戦で、この後も上手くいけば続きます」
「せやなぁ。ワシはほら、『これから』が三つあんねん」
指を三本立ててフイの方につき出した。同じように指を立てて「三つ?」って首をかしげたフイは何となく可愛かった。
「一つ、どうにかなって元の時代に帰る。二つ、マジで死ぬ。元の時代にも戻れん最悪なやつ。三つ、このままこの時代に残る」
「私は、三つ目が嬉しいですけど」
「何や、嬉しいこと言うてくれるやん」
「だって、キサイチさんがいなくなったとき、寂しかったから」
ワシは一応持ち歩いとるカラクリを寂しげなフイに差し出した。
「これ、親父が持ってたんと同じか?」
焚火の薄明るさだけを頼りにフイはまじまじと見つめる。そこは魔法で照らさんのや。
「多分、同じだと思います。実はこの人形、キサイチさんの遺体と一緒に消えてしまったんです。だから、きっとキサイチさんがそちらの時代に持って帰ったんじゃないかと……」
「さよか」
ワシが子どもの時親父に見せてもろたんはこれやったんか? けど、これをワシが店で買い取ったってことは親父は手放したんか? ほんで巡り巡って、運命に導かれて、って、そんなロマンティックな話違うか。何かの因果はあるんやろけど。
「なぁ、フイ」
フイがカラクリから顔を上げる。
「ワシはこれを宿屋に置いてく。戦いが終わったら自分で持ちかえればえぇ話やし、どうせワシが消えたら一緒に消滅するんやろ。知らんけど」
「ナンバさんは、きっと、消えませんよ。わかりませんけど」
ワシの口癖を真似したフイと、顔を見合わせた笑った。
明日やな。
明日や。
何がどうなっても、明日で終わる。
ワシはフイを残して先に部屋に戻った。おっさんは相変わらずいびきかいとる。無呼吸症候群とかちゃうやろな? この戦い終わったら医者行けよ。
そんなしょうもないことを考えとるうちに、夢に落ちて行った。