5.えぇゆうとるやろ
行商人が見せたのは木箱に入った半紙と筆、墨汁やった。不思議なことにいくら使ってもなくならんらしい。ワシはハイミとアークハルトからもらってたなけなしの小遣いにフイの手持ちを合わせてそれを買った。これでカラクリ人形と同じ魔法が使えるようになった。ワシが書いた漢字が具現化する。
ホンマなら、ワシのこの買い物を三人とも喜んでくれるはずやった。
けど、宿屋の食堂に集まったワシらの表情は暗かった。
「だ、騙すつもりはなくて……」
うつむいたままのフイがおずおずと話し始めた。
黙りこくってるだけで無限の時間が過ぎてくだけなんはキツかったから、内容がどうであれ、ワシはその声に助けられた。
「この前の戦いで私たちは命からがら逃げだしたの。ちゃんと倒さなきゃいけないから、わたしたちが魔王を討伐するために旅をしているっていうのは嘘じゃないんだけど」
「で、その戦いで親父は死んだってことか」
フイは力なく頷く。アークハルトとハイミも気まずそうな顔をしている。
「それはわかった。けど、どう言うことやねん。ここは異世界ちゃうんか?」
ハイミがフイからの視線を受け取って話し始めた。いつもの豪快さどこ行ってん。アークハルトも何か言え。アホ。
「ここはナンバやキサイチからしたら過去の世界。何年前かはわからないけど、ナンバの時代では魔王が封印されてたのなら、こちらが過去だ」
「魔王封印されたんって五百年ぐらい前やから、それより前かぁ」
異国やし田舎すぎるし、五百年以上前の世界っちゅうんは気づかんかったな。ワシの村とえぇ勝負やわ。
のんびり返事したけど、五百年かぁ……
「ナンバさん、あのね」
再びフイが口を開いた。説明キャラ助かるわ。
「嘘ついてたんじゃなくて、隠してたんじゃなくて、ただ、言えなくて」
「何がや」
「ナンバさんの時代にも魔王はいる。っていうことは私たちは討伐できなかった。そういうことでしょ」
ワシはそのフイの言葉に、気まずそうにしていた三人の胸中にやっと気づいた。
失敗するんや。
ワシらは討伐に行ったところで、死ぬんかは知らんが、魔王は倒せんかった。できて封印止まりやった。そういうことや。
「それとね、もう一つあって……」
何度か口を動かしては言葉を飲み込んだようなしぐさをする。
そんなフイを見兼ねたのか、アークハルトが代わりに言葉を続ける。
「もし、ナンバが来たことで世界が変わって、俺たちが魔王を倒せたらどうなる。ナンバは、キサイチは」
泣きそうなフイの声が耳にこだました。
「ちゃんと、生まれてくるの?」
難しい話は辞めや。そんな、五百年先のことなんて、コイツらには関係ないのに、何で、そんな、何で。
ワシは声を上げて笑った。突然笑い始めたらそらビビるわな。驚いた三人がはっと顔を上げた。
「ワシと親父がここへ来たのは何かの因縁があるっちゅうことや。ワシのことは気にすんな。縁があればまた生まれることもあるやろ。もし生まれんくても、生まれへんかったら、それすら気付かんしな」
「キサイチと同じだな」
さっきと表情が違うアークハルトがワシの隣に座り、肩を組んできた。やめろ。
「キサイチも同じことを言っていた。きっと倅も同じことを言うだろう、とも言っていた。」
「ほんで、親父は魔王を倒せ言うたんか?」
「いいや」
三人がアークハルトの声に合わせて首を横に振る。
「死に際に、倅に託すと言っていた」
託すな、世界の命運を。
ワシは両頬を自分の手で叩いて気合を入れた。フイが怯えた表情でワシを見取る。さっきから何かすまんな。
「こんなとこでウジウジしとってもしゃあないやろ。ワシが気づかんかったら、自分らは魔王のとこまで連れてって、なるようになれー! 思とったんやろ? 違うか?」
図星だったらしく、三人が一斉に目をそらした。行動合わせんな。仲良しか。
「ほな最初の予定通りワシを魔王のとこまで連れてけや。結果はなるようにしかならんやろ。少なくとも、ワシは死んだら元の時代に戻るだけや。知らんけど」
「どうなるかわからないんだぞ、ナンバ。いいのか?」
「えぇ言うとるやろ。意外と優柔不断なんやな、ハイミ」