4.何でわかるん!?
次の日、親父がやっとった特訓やら何やらを俺もすることになった。幸い、この町を出てすぐのところに広い空き地があって、自由に使えた。
おっさんたちが覚えてる「キサイチ」は、俺が知っとる親父とは違った。よく笑って、子どもにも優しくて、強かったらしい。
ワシが覚えとる親父は、笑いもせん、堅物で寡黙な男やった。子どもの時に遊んでもらった記憶もなけりゃ、一家団欒なんかした記憶もあんまりない。
ただ家の一階、換金屋の勘定台に座って、たまに来る客と一言二言交わす。それが終われば引き取ったガラクタの手入れをする。ワシはそんな親父の背中しか見てこんかった。つまらん男やなって思ったから、そんな風に年なんか取りたなかったから、ワシは日銭を稼いでは遊び歩いとった。
親父はワシのこと、どう思っとったんやろうな。
何日かして行商人が町にやって来た。世界を旅するその行商人は魔法道具を主に扱ってるらしかった。ワシはフイと連れ立って見に行ってみることにした。魔法使いのフイはもちろん、ワシの能力も言うてみりゃ魔法やからな。
風の噂を頼りに町の広場に行くと、荷物が山のように積まれた荷車の横に風変わりな小柄なおっさんが座っとった。植物で編んだ笠を目深にかぶってキセルをふかしとるその姿は、自分のおった世界の行商人とよく似とった。
「おじさん、こんにちは。魔法道具、見せてください」
明るく声を掛けたフイを、笠の影から鋭い視線で睨みつける。ワシが言うのも何やけど、客商売はもうちょい愛想よくしたほうがえぇんちゃうかな。
「わたし、水属性なんですけど、何かありますか?」
いくつか商品を見せてもらったフイは気に入ったものがあったのか、青く光る腕輪を買っていた。
「それでね、この人」
フイはワシの腕を掴んでおっさんの前に引きずり出す。
「人形が書いた字が具現化するって魔法を使うんだけど、もうちょっと使い勝手よくなるようなものないかな?」
怪訝な顔をしてワシを見つめたおっさんは、しばらくしてから重い腰をあげて荷物の中に手を突っ込む。手さぐりで探すと、あまり厚みのない木箱を取り出した。
「おぬし、東元国の出身だな」
「何でわかるん!?」
ワシは思わずおっさんの両肩を掴んだ。その勢いにおっさんは少し身を引いた。すまん。
「漢字とやらの使い手であろう。同じく行商人をしていた親父から聞いたことがある。ここより遥か東、太陽が昇る場所にある、花が咲き乱れる美しい国。親父はまた行きたいと何度もこぼしていた」
自分の国をそう褒められると悪い気はせんな。なんて照れ笑いをしたのもつかの間、ワシはおっさんの言葉に違和感を覚えた。
「おっさん、いや、おじさんの親父さん、東元国行ったって言うた?」
「あぁ。親父が若いころだから、何十年も昔の」
ワシはおっさんの言葉を遮って、さっきよりも勢いよく顔を近づけた。
「この世界の話か? それとも、他の世界の話か?」
「異世界を行き来する人間の話はオレも聞いたことがある。しかし、親父はこの世界から出たことなどない。東元国はこの世界にある国だ。おぬしもそこから来たのではないのか?」
ワシは言葉を失った。この世界に、ワシの国、東元国があるってことは、ここは異世界と違うんか? ワシのおった世界と同じなんか?
「フイ……」
おっさんの両肩に手を置いたまま、ワシはフイに顔を向けた。けど、その視線が合うことはなかった。