3.知らんがな
「まぁ今すぐ帰れんもんはしゃあないし、協力はするけどやな」
どうせ死んでも元の世界に帰るだけやし、とワシは魔王討伐を安請け合いした。
親父の遺志なんて大層なもんを引き継ぐ気は無い。ここに独りぽつねんと残されるよりかは、こっちの世界の先達と一緒におったほうがえぇやろっちゅうこっちゃ。
ワシが加わると宣言した瞬間から目を輝かせとるフイが何や早口にまくし立てる。
「それでそれで、一緒に冒険するとなると、わたしたちはナンバくんのディドニタ・カパブロを知りたいんだけど」
「……なになに? なんて?」
聞けばこの世界は一人一人個別に特別な能力を持っとるらしい。「ディドニタ・カパブロ」っちゅうんやと。仰々しすぎん? いつか舌噛むわ。
ちなみにその能力とやらはたまにダブるらしい。世界の作り込みが雑。
「普通は各地にある『見定める者』のところに行くんだけど」
「……なぁ、この世界に辞書ってある?」
* * *
丁寧なご教示のあと、脱線した話を戻したハイミはワシの手元に当然のようにある人形を指さした。
ワシがこの世界に来た原因の人形、ゼンマイ巻いたら小さい半紙に筆で字ぃ書くっちゅうカラクリ仕掛けや。
「多分、ナンバの能力はそれだ」
「何? これが?」
まじまじと人形を見ても何にも起こらん。こんな人形ごときにどんな力があるっちゅうねや。
「それ、というか、ナンバの世界には『漢字』というものがあるんだろ」
「ワシの世界っちゅうか、ワシの国の字やな。それがどないしたん」
「漢字はそれぞれに意味があると聞く。その字を書けば、その意味が具現化する」
「もう一回言うて?」
相当酷い顔をしとったんやろな。アークハルトが口を開いた。
「フイは魔法使いだ。魔法陣を描くとそれが魔法となって現れる。例えば、炎の魔法陣を描けば炎が現れる。それがナンバは魔法陣ではなく、漢字ということだ」
アークハルトの説明にうなずいたフイは机に記号や文字らしきものを指先で描いた。すると、手のひらにも満たない大きさの火が突如として燃えあがった。
「こういうことです!」
「そうゆうことか!」
ワシは意気揚々と人形のゼンマイを巻いた。すぐにギリギリと歯車が回る音がして人形がゆっくりと動き始めた。まさかこれ戦闘中もこの速さなん?
ほんで、人形が書いた字は「寿」。そう言えばこの人形これしか書けんのやった。ていうか「寿」の具現化ってなに!?!?
ポンッと音がして人形の頭から赤と白の細長い紙が弾けた。
「……」
机に散らばった紅白はしばらくして霧みたいに消えた。それを見届けた三人の視線がワシに向けられた。そんな顔すんなや。知らんがな。
「ていうか、何でワシの能力わかったん? もしかして親父も同じやったん?」
全てをなかったことにしてワシは話を変えた。あんな空気でやってられるか。
「そうだ。キサイチも同じ人形を持って俺たちの前に現れた。だから人形を持ったお前が現れたとき、すぐに倅だとわかったし、能力もわかった」
「親父はこの能力使いこなしとったんか? ワシにはこれが戦闘向きとは思えんけどな。動き遅すぎるやろ」
「本人がスキルを磨けば、それに連動して人形の動作も速くなる」
「そうやったとしてもやな、一文字書くたびにゼンマイ巻いとんクソダサない?」
ワシの正論にフイはデカい目をバチコンとウインクした。
「そこはご愛敬ってことで」
「ご愛敬でやってられるか」
……親父、これが原因で死んだんちゃう?