白黒戦争
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふう〜、部活を終えた後での扇風機にアイスは、マジで生き返るなあ。
エアコン? 僕、エアコン病だから無理。何分か当たったら気分が悪くなってくる。
空気よりも風に親しんだ身体らしくってね。不自然に冷やしこまれるのは、好きじゃないのさ。
しっかし、部活といえばウチのチームのユニフォーム。赤ベースと白ベースがあるんだけど、後者はどうも見栄えを気にしちゃうんだよなあ。
白ベースの袖口が紺色、て小学校時代の体操着として6年間着てきたもんだからね。学校が変わったらイメチェンしたいのに、またも白。
袖口ブルーになったからって、がさつな僕に繊細パワーは効果薄いのよね〜。赤ベースみたいに、だいたんな色合いでもって大いに目立たないと。
て、最近までは白を軽んじている節が、自分にあったのは否めないんだけどねえ。
ちょっと前に親戚で集まったときの怪談話でさ。白に関する妙な話を耳にしてから、少し考えるようになったんだよ。
その時の話、耳に入れてみない?
あれを話してくれたのは、年下のいとこだったっけか。
いとこは好きな色と聞かれると、秒で「白」と答える白好き。
僕から言わせると男みたいな女で、格好こそ男子のそれが多いが、ごくたまにワンピースとかも着る。いずれにせよ白ベースが8割で、2割が冠婚葬祭やよそいきで相手に配慮する用の色付きだという。
あいつ、肌自体もめちゃくちゃ白いんだよなあ。血、通ってんの? と心配になるくらい。日焼け対策ばっちりとはいっているけど、どちらかといえばアウトドア派なんだよ?
同じアウトドア派の年上いとこが、焼けすぎってくらい黒いから、並ぶとオセロと見まごう感じさ。
いとこの興味は、自分が着るもの以外にも及ぶ。いわく、他者の白を見るのも好きなんだ。
重要視するのは色合いだけ。その過程もさして気にしない。結果的に白さえ見られれば満足、妥協するところとしては明るめのグレーあたりだとか。
その影響もあって、いとこの趣味のひとつはコンロや七輪に火をつけることだったという。魚焼きやバーベキューにかこつけることもあるが、その仕事の後に残る灰の姿を見ると、心が落ち着くのだとか。
「白き灰がちになりて、わろし」とは徒然草だったと思うけれど、いとこにとってはこれこそ「をかし」の文学だ。一日中、観察していても飽きることはないと豪語する。
おおっぴらにすると、変な目で見られることは自覚していたから、人前ではきちんと押さえているとのこと。
逆にその白を汚される事態は、いとことして極力避けたいところではあるらしいんだ。
白体操服を身に着け、外で運動をする体育の授業は、いとこにとって試練の時間のひとつ。
今回は走り幅跳びと、走り高跳びを一緒にやるという過密スケジュール。空いている方へガンガン向かえという先生の無茶ぶりのもと、みんなは配布済みの記録表へ記録をつけていく。
――冗談じゃない。どちらのジャンプも、一歩間違えば汚濁まっしぐらじゃねーか!
自分のジャンプはどうにでもしてやるけれど、みんなの白い体操着が汚れていくのが、少なからず不満だった。人のやり方にまで、ケチをつけるわけにはいかない。
手をつこうが、バーを蹴り倒そうが清廉潔白? を貫こうとする縛りプレイないとこに対し、みんなは無差別自由形と来たものだ。
しばしばいとこの記録を追い越すのと引き換えに、親御さんと洗濯機、その洗剤たちが苦労して織りなした白さを手放していく。
砂にほこり、手垢に汗じみ。いとこが直接手を出せない敵役が多すぎる。それらをガン見して呪ってやりたい衝動を押さえつつも、ちらちら視線が泳いでしまう。
自分の体操着も、みんなのものに比べればずっときれいな外見だが、すでに幾度か強い風が吹き、グラウンドの土を巻き上げながらぶつかってきている。
肉眼では分からない細かい砂粒に、自分の努力がいいように汚されていると思ったら、「おのれ〜」をいくつ心の中でつぶやこうが足りるものじゃなかった。
――目の保養、目の保養になるもんはねーか?
変わらず、きょどった視線を飛ばすいとこは、ふと思い出す。
校舎の3階、西側の壁。
あそこはごくごく最近、塗りなおしたばかりじゃなかったか。
校長先生の趣味がよかったか、はたまた業者の腕の良さか、いとこが見ていて気持ちよくなる白さの壁。
風向き的に、砂の直撃は受けていないはず。いま、ここにいるあらゆる白の上をいく純白があそこには息づいていると見た。
そう信じて、いとこが校舎の3階。西側の階段があるあたりへ目を向けたおり。
カメラのフラッシュを焚かれた直後かと思った、といとこは話す。
本来、白々(しろじろ)と横たわるべき壁の一角に、こぶし大の黒い影が浮かんでいたのだとか。
壁もろとも、踊り場のガラスにかかるほどの大きさだ。ほどなく、その影の下から踊り場に設置されていた掲示板らしきものが落ちるのが見えた。
音は届かない。目を向けているのはいとこだけ。まだ他の人はこの異状に気づいていない……。
そう分析するいとこの体操着が、ぐいっと引っ張られる感触があった。
胸倉をつかまれたようだが、どこにも引っかかるところはないし、ましてや誰かに襲われているわけでもない。
実際、力がかかるのを感じるだけで、生地が虚空に引っ張られているのではなかった。
ただ胸を中心に首へ、腹へ、わきの下へ、白かった部分がどんどんと黒く染め上げられていくんだ。
普段のキャラづくりから悲鳴を上げることはこらえたみたいだが、どんどんとその場でじだんだ踏んで、パニック一歩前なのは変わりない。
悲鳴はほどなく周りのみんなが代弁してくれて助かった。みなの体操着にも、墨汁を思わせる黒がどんどんと広がっていくんだ。先生がジャージの下に着込み、外へのぞいている白いインナーに関しても同じだ。
被害は白いソックスにもおよび、たちまちグラウンドは混乱の気配に包まれる。
周りが騒いでくれるおかげで、いくらか落ち着きを取り戻したいとこは、ふと気が付いた。
――この黒色、あの校舎に浮かんでいたものに近い色合いじゃない?
白に反するものを普段からにらんでいるからこそ、感じ取れたのかもしれない。
またもう一度、校舎へ目を戻したいとこは、あの黒い影がもはや指二本程度の大きさにまですぼまり、ほどなくそれも消え去って、元あった白い校舎の壁へ戻ったのを確かめたんだ。
同時に、白い生地への黒の侵略もやんだ。
にじみも湿りけもなく、ただ服が黒ずんだだけというのが、かえってみんなの不安をあおり、体育はこの時点で中断になってしまったとか。
このとき、掲示板があの黒い影が浮かんでいた真下の地面に落ちているのが、ようやく確認されたとか。
もし、あの壁が取り去ったのがブラックホールのようなものなら、掲示板もそれに飲み込まれているはず。
自分が白以外を憎むように、あれはきっと白を憎む存在。それが白を、あの空間から物理的に消し去ったのではと、いとこは考えているみたい。
それを補填し、奴を撃退するために自分たちの持つ「白」が使われたのだとも。
黒に染まりきった体操着をはじめとする生地たちは、もうどうやっても元の色を取り戻せずに、処分されてしまったそうなんだよ。




