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09 シエナの結婚相手

 


 ・・◆



「予想以上だな。」


 ティルヴァーン公爵は応接間をじろりと見渡した。プラスの意味でないことは、彼の苦々しい顔が物語っている。

 木目調のあたたかな部屋で、公爵の派手な出で立ちは明らかに浮いていた。


 シエナは絶望的な面持ちで公爵の前に座っていた。

 一体何の用だろうか。事前に使いもよこさず、父自らここまで来るだなんて。いい知らせではなさそうだ。



「シエナ、その……悪かったな。ここまで田舎だとは思っていなかったんだ。今日私とそのまま帰ろう。」


 公爵は娘を気遣うように優しく訪ねた。


「いえ、私はここが気に入っています。約束のお日にちまでまだ時間はありますよね。帰りません。」


 自分で思っていたよりも語尾はきつくなった。

 突然やってきて、この素敵な屋敷を見下すだなんて、なんて失礼なのだろうか。


 父は何も見えていない、

 この隅々までよく磨かれた応接間がわからないのだろうか。清潔さならティルヴァーン家に引けをとらないのに。



「シエナ……。」


 娘に甘い公爵はさすがに狼狽えた。シエナが公爵に怒りを向けたことは今までなかったからだ。



 ノックの音が聞こえて、グレアムが入ってきた。一緒にペトラも入ってきてお茶の用意をする。



「ティルヴァーン公爵、こんな僻地まで足を運んでいただきありがとうございます。

 いらっしゃると思っておりませんでしたので、もてなしもできず申し訳ありません。」


「いや、こちらが突然来たのが悪かった。申し訳なかったね。」


 それでも、お茶は最高級のものだったし、焼き菓子も街のケーキ屋さんから急いで買ってきてくれたのだろう。十分な心遣いがうかがえる。



「それでは、私は失礼します。」


「いや、グレアム子爵は同席してくれないか。」


 ペトラと共に出ていこうとしたグレアムをティルヴァーン公爵は引き止めた。

 グレアムにも聞いて欲しい話ならば……ますますいい話ではなさそうだ。

 グレアムもそれに気づいているのだろう、青い顔でソファに腰掛けた。



「とてもいい話があってな。一刻も早くシエナに伝えたいと思って、来てしまったんだ。」


 重苦しい空気の中でティルヴァーン公爵だけが機嫌良く笑顔だった。

 公爵の後ろに控えていた従者に目配せすると、従者が机の上をそれを置いた。台紙に貼られた写真だ。


 写真には、黒髪・黒い瞳の1人の男性が写っている。――エストではない。エストよりも硬そうな毛質で切れ長の瞳で……美しい男性だ。



「この方は……。」


 父の言いたいことがわかった気がする。でもそれを認めたくなくて言葉にできなかった。写真を持つ指がかすかに震える。



「どうだ?シエナの理想通りの男性じゃないか!?」


 シエナの動揺をポジティブに受け取ったらしいティルヴァーン公爵は嬉しそうに続ける。


 確かに……確かに、エストに出会う前ならば。

 写真の中にいる男性は、童話の王子様だ。しかし……。




「しかも……彼は小国であるが、王子なんだ!名前は、トーリ・モリス様。」



 公爵はもったいぶるように、そして得意気に言った。

 最高の誕生日プレゼントを子供に用意した、そんな顔だった。子供が大喜びすると信じている。


 シエナは反応もできずにいたが、彼はそのまま続けた。

 


「先日陛下とお会いした時にシエナの話をしたんだよ。

 私が国内を探してもお前の理想はなかなか見つからなかったけどね、さすが陛下だ。

 最近親交がある東の小国には、黒髪に黒い瞳の男性がたくさんいるらしい。


 そしてその国の王子はまだ未婚で、婚約者もいないらしいんだ!」



「私にはもったいないお相手ではないでしょうか。」

 


「まさか!シエナには厳しい教育をさせることになって、本当に苦労をかけたと思っているんだ。

 でもその甲斐があって、どこの王族に嫁がせても恥ずかしくない娘だよ。立派なお相手が見つかって良かった。」



 ティルヴァーン公爵は娘に優しい声をかける。

 しかし、こんな結末になるのなら、勉強なんてしたくなかった。自由がほしいなら、何もできないシエナになればよかったのだ。



「シエナの18歳の誕生日を待たなくても、理想の相手が見つかっただろう。

 早速面会の機会を設けようと思ってね。シエナを早めに迎えに来たんだ。」



「先程も申し上げましたが、まだ約束の日ではないですよね。」


「しかし、理想の相手が見つかったのだから。」


「お写真ではわかりませんので……。

 元々の予定通り、私の誕生日パーティにいらした方の中から決める。それまで決定はできません。」



 シエナはワンピースの裾をギュッと握りしめて声を振り絞った。

 わかっている、これは時間稼ぎだ。


 時間を延ばしたところで、陛下の紹介で、他国の王子だ。断れるわけがない。



「……まあいいだろう。誕生日パーティにはトーリ王子もお招きする。そこで必ず挨拶をするように。」


「わかりました。」


 公爵としても最大限の譲歩だろう。シエナはうなずくしかなかった。



「聞くとこの国は海に囲まれた自然豊かな国らしい。

 シエナは自然に憧れているんだろ?そこも良いと思ったんだ。


 少し遠いが、フットワークの軽い王のようでね。これからは頻繁に我が国にもいらっしゃるそうなんだ。きっとシエナのこともそのたびに連れてきてくれるだろう。」


 沈んだ様子のシエナにティルヴァーン公爵は明るく言った。

 公爵とて娘の幸せを願っている。シエナにとって最高の相手を探してきたのだろう。

 ただそれはシエナにとってではない、ティルヴァーン公爵令嬢にとって、だ。


「そうですね、とても素敵な相手だとは思います。」


「それではあと1週間、無事に過ごすんだよ。」


「ええ。お父様も。」



 応接間を出てフラフラと歩く。受け止められない現実が待っていた。

 この話がなければ、1人で逃げてやろうと思っていた。

 しかし、陛下や他国が関わる話になってくるとシエナ個人の話ではない。

 逃げてしまえば、ティルヴァーン家の顔に泥を塗ることになる。



 いや、この未来はわかっていたことだ。

 誰かと結婚して、良き夫人として生きていく。


 今は夢の中にいるだけだ。夢から醒めてしまえば、その夢を胸に秘めて、現実を過ごしていくしかない。



 自分に与えられた部屋にたどり着いたシエナは、扉を閉めると糸が切れたようにへたりこんだ。涙などは出てこない。何も考えられなかった。


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