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04 初めての魔法講座

 


・・♠



 同居生活1日目。


 さて、どうしたものか。応接間でエストはシエナと向かい合わせに座っていた。


 1ヵ月同居することになったが、これから毎日彼女とどう過ごせばいいのか決めていなかった。

 彼女と恋愛ごっこをする、魔法を教える。アバウトな指示しか公爵からはもらっていなかった。


 一応彼女の設定は「都会に疲れた子爵令嬢が1ヵ月田舎の親戚で休暇を送る。」というものらしい。

 とはいえ公爵令嬢である彼女をこんな山の中で「それではお好きにどうぞ。」と放り出すわけにはいかなかった。




「今回君のお世話役を頼まれているエストだ。これからの生活について話しておきたい。」


「ええ、お願いします。」


 公爵令嬢相手にどういう態度を取っていいかわからなかったが、対等な立場で自然にしてほしい、と事前に頼まれていた。

 エストも貴族を相手にしたやり取りは苦手なので、その依頼には素直に応えることにした。

 親戚の年下の女性と思いこむんだ、と言い聞かせてこの場に臨んでいる。



「まず君の勉強について。魔法を学ぶ時間は、朝食後1時間程度でいい?」


「はい、ぜひお願いします。」


「休暇に来ているんだから気楽に過ごしてもらっていいんだけど、ここらへん何もないだろ。

 都会に住んでいたなら退屈だと思うんだけど、何かしたいことはある?」


「そうですね…。」


 エストの問いかけにシエナはうーんと唸りながら色々と考えてから

「したいことはたくさんあります。」と答えた。


 しまったなとエストは思った。希望をたくさん言われても困る。研究や仕事はたくさんあるのだから



「何をしたいの?」


 どんなワガママが始まるのだろうかとエストは身構えた。付き合うとどれだけの時間を犠牲にするだろうか。



「えっと、したいことはあるんですけど。聞かれると全部は答えられないです。たくさんありすぎて。」


 エストの気も知らずシエナは無邪気な笑顔を見せた。




「あの迷惑はかけないようにするので、いろいろとさせてもらってもいいでしょうか。

 ひとつずつ許可はちゃんといただくので。」


「何がしたいの?」


「まず今日の午後はお庭の芝生で、小説を読んでもいいでしょうか。」


「いいけど……。」


「本当ですか、ありがとうございます!」



 意外な返答だったが、エストが付き添わなくてもよさそうな希望だ。

 彼女の真意は読めないが、それでいいなら好きなだけしてもらおう。



「じゃあ今日の予定はそれでお願いします。こうやって毎日相談してもいいですか?」


「うん、いいよ。」


 日によっては面倒なことになるかもしれないが、1ヵ月でもらえる報酬を思えば多少のことは付き合わないといけない。

 それにこちらが提案するよりも、希望を聞く方が楽かもしれないと思い直した。




「それで君の勉強についてなんだけど。今日はどういったことを学びたいか聞いてもいい?

 僕の専攻は魔法具研究だけど、一応一通りは教えられると思うよ。」


 話を変えて、勉強の話をするとシエナの顔が明るくなった。



「ありがとうございます!

 教えていただくといっても私は今まで全く習ったことはないんです。」


「家庭教師がたくさんいて、一通りの勉強を習ったと聞いていたけど?」


 エストの疑問に明るいシエナの笑顔がしぼんでいく。何か下手なことを言っただろうか。



「私の学んできたことは、舞踏会や会食で恥ずかしくない、良き夫人になるための勉強です。

 エスト様が学ばれたような社会に役立つ勉強はしていないのです。」



 シエナはそう言って目を伏せた。長い睫が揺れる。


 そういえば通っていた学校に貴族の女性はほとんどいなかったと思い出す。

 貴族女性は教養がありすぎるのも敬遠されるため、娘に学校に通わせる親はあまりいなかった。



「あ、すみません。気を遣わせてしまいましたね。卑下したいわけではないのです。

 ただ、ほとんど知らないので、学ぶというより、魔法に触れてみたいのですがいいでしょうか?」



「魔法に触れる?」


「はい、どういった魔法があるのか。エスト様がどんな研究をされているのか。

 ただ知って、見たいだけなんです。……勉強を教えるより難しいでしょうか?」


「いや、いいよ。じゃあ明日までに考えておく。」


「ありがとうございます、うれしいです!」


 エストの答えにシエナは心からの笑顔を見せたのだった。



 ・・♠




「本当に読書してる。」


 2階の自室で論文を書き終えたエストは窓から庭を見下ろした。


 広い芝生の中で布を敷いて日傘をさして、彼女は読書をしていた。白いワンピースがよく似合う。

 隣には彼女が連れてきたメイドが控えているが、とても公爵令嬢には見えない。



 ほんの少し時間を過ごしただけだが、どうやらシエナは自分の知っている貴族令嬢とは違うのかもしれないとエストは思っていた。

 エストとて夜会に参加しなければならないこともある。そこで貴族令嬢と話す機会は何度かあったが、その誰とも彼女は違う気がした。


 ワガママ令嬢だと聞いていたが、傲慢さや身勝手さは感じない。むしろこちらを気遣う素振りすらある。


 恋愛ごっこがしたいと言うわりに、エストにまとわりついてくることもない。




 エストはシエナの揺れる睫を思い出した。


 女性は魔法を学ぶ機会がないのか、こんなに面白いものなのに。

 自分から魔法の研究をとったら、この人生はなんの意味もないだろうとも思った。



 結婚を夢見ている令嬢なら、それでもいいだろう。

 でも彼女は、2年間相手を選ぼうともせず、最後のワガママとしてこんな僻地にやってきた。そして魔法に触れたいと言う。

 きっと彼女は学びたかったのだ。



 どんな魔法を見せたら喜ぶだろうか。ここにいる間だけでも楽しめるといい。


 公爵令嬢の対応なんて面倒で、報酬と引き換えの仕事だ、と冷めた気持ちでいたエストだったが、シエナが喜びそうな講座を考え始めた。




 ・・◆



 翌朝、初めての魔法講座にシエナは胸を躍らせていた。


 エストからの指示で、ズボンを履いて庭で待っていた。

 庭でズボンということは何か実践をするのだろうか。どんな魔法が見られるのだろうかとワクワクしているとエストがやってきた。彼もシャツにスラックスのラフな格好。



「おはようございます、よろしくお願いします!」


 楽しみな気持ちは声になってあらわれた。普段この大きさの声を出したらたしなめられそうだ。



「おはよう。」


 エストは今日も涼しい顔だ。彼の黒い瞳はやはり何を考えているかわからなくて、それにシエナは安心した。夜会で出会う男性の瞳はいつも落ち着かない。



「早速だけど、最初は簡単なものを体験してもらおうかと思って。」


 彼はそう言って、シエナに向かって手をかざした。


「わ!」


 同時にシエナの身体が30センチほど浮いていた。



「これは浮遊魔法。」


「驚きました!」



「簡単な魔法だから、君もやってごらん。」



彼がそう言うと同時にシエナの足はゆっくりと地上についた。



「私も、ですか。」


 エストを見上げると静かに頷く。自分が魔法を使ってみる日が来るとは思わなかった。



「イメージするんだ、物が浮かぶ姿を。」


「物が、浮かぶ…。」



 言われた通りにシエナは想像した。目を閉じて、自分の身体を浮かばせることを。そして…。




「わっ、わあ!わあああ。」


 シエナは浮いていた、いや浮きすぎていた。エストの身長を超えている。



「あ、すごい。魔力しっかりあるじゃん。」


 エストは冷静に観察して頷いている。



「えっ、魔力、わわ、わあああ。」


 そのままシエナはエスト2人分くらい浮いてしまった。間抜けな声が出る。こんな声を出したら今度こそ母に叱られそうだ。



「た、たすけてください!」


「うん。」


 エストがシエナの方に手を伸ばすと、スルスルとシエナの身体はゆるやかに下降していく。そのまま地面に足がつくかと思ったのだが、シエナの身体は地面に反発してスピードを持って上昇する。身体も180度回転した。


「わ、わああ。」


 くるくると宙を舞い、そして地面に叩きつけられそうだったところをエストが抱きとめて一緒に芝生の上に倒れこんだ。




「あぶな。」


「はあはあ、ありがとうございます。」


「君けっこう魔力がありそう。俺の魔法に反発してちょっと暴走しちゃったけど。」


「そ、そでしたか、はあはあ。」


 エストはなるほど、と冷静に分析しているが、シエナは一瞬の出来事に頭が追い付いていない。荒い息を整えて、気づいた。


「わ、わああ!」


「今度はなに。」


「あの、ごめんなさい!」


 シエナはエストの上に乗っていた。抱きとめて倒れこんで、そのままシエナが押し倒したような体勢になっている。

 宙を舞った動揺で全身が熱かったが、今の状況に気づいて身体中の熱が顔に集まる。慌ててエストからおりる。




「あははっ。」


 焦るシエナの姿を見て、エストが笑い出した。


「そこで照れるんだ、大丈夫だよ。今の君、まったく色気ないから。」



 くるくる回転したシエナの髪は細い髪が絡まってボサボサ、汗だくで茹でダコみたいに顔も赤い、そして髪も顔も全身が草まみれだった。



「レディーに失礼ですよ!」


 シエナは拗ねた声を出すが、おかしくなって一緒になって笑ってしまった。


 全身を動かして、草だらけになって、こんな汚い姿の私は初めてだ。

 こんな私をお父様が見たら卒倒してしまうかも、と想像してシエナはさらにおかしくなってしまった。



 そして、初めてエストの笑顔を見た。アーモンド形の瞳は笑うと線になるんだと初めて気づく。




「私は魔力があるんですか?」


「まず身体、浮いたしね。

 それから君の浮遊魔法が発動したままだったから、俺がおろそうとする力に反発したみたいだし。

 対抗できるほどの魔力があるかも。」


「すごい!……ああ、もったいない。」


「もったいない?」


「私が男性だったなら、と思っちゃって。せっかく魔力があっても無意味ですから。」


 あーあと残念そうにシエナは言って、髪の毛についた草をはらった。



「確かにもったいないな。じゃあ生活で使えそうな便利魔法は君が帰るまでに教えるよ。」


「それは素敵なお土産になります!」


「もう1回浮遊魔法挑戦してみる?どうせ汚れるなら今日何度かやった方がいいでしょ。」


「汚れる前提なんですね。」


 シエナがふざけて言うと、エストは思い出したように言った。



「ああそうだ。君はご令嬢だった。こんなに汚れてもよかったの?」


「今更ですよ。何度でも汚れてみせます。」


「汚れる前提なんだ。」



 エストの言葉にシエナは吹き出した。

 こんなに楽しい時間がこの世にあっただなんて。


 きれいなドレスもアクセサリーもつけていない草まみれでドロドロの姿なのに、今まで生きてきた中で今日の自分が一番好きだと思った。


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