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03 公爵令嬢から子爵令嬢へ

 


・・ ◆



 シエナがフリエル家についたのは、辺りが暗くなり始める頃だった。


 姉たちに脅されていたからどれだけ田舎なのか、どれだけコンパクトな家なのかと覚悟していたが、フリエル領も屋敷も素敵な場所だった。


 王都から2時間ほどでフリエル領につく。

 途中で領内の街を通り過ぎた。街は王都ほど栄えていないが、お店が立ち並び活気はある。

 街から外れて、山を少し登ったところにフリエル家はあった。


 たくさんの花が溢れ、手入れされた芝生の広い庭。家庭菜園もある。王都のきっちり管理された豪華な庭とはまた違う良さのある庭だった。



 領主なのに、街から少し離れたところに住むのはなぜかしら。とシエナは疑問に思っていたが、庭を見て理由が少しわかった気がした。

 自然が好きな家族なのだわ、爽やかな緑の香りは王都では味わえない。シエナは大きく息を吸った。



「いらっしゃい、シエナ嬢。」


 深呼吸をしているとグレアム・フリエルが出迎えてくれた。優しそうな男性だ。


「こんな僻地にお越しいただきまして。お疲れだったでしょう。」


「こちらこそご迷惑をおかけします。お招きいただき本当に嬉しいです。

 ここではグレアム様の親戚の子爵の令嬢です。どうかお気遣いなく。」


「難しいですが……いや、頑張るよ。」


 真面目なグレアムにとって難しい注文であったが、そういう設定を依頼されているのだから仕方ない。そしてそのまま彼女を屋敷に迎え入れた。


 グレアムに言わせると田舎だから土地はある、とのことで屋敷は予想よりも広かった。シエナの部屋だけでなくペトラの部屋も用意してもらえた。


 王都ではほとんど見ない木造の建物だ。豪華絢爛な調度品はないが、同じ素材で揃えられた木製の家具はこの家にピッタリと合いセンスがよかった。

 そしてあちこちに植物が飾られていてシエナはすぐにこの屋敷が気に入った。この家もまるで童話の世界だ。



「シエナには居心地が悪いかもしれない。」


 あちこちを物珍しく眺めているシエナにグレアムが遠慮がちに声をかけてくる。


「いいえ、木の香りがとても落ち着きます。」


 シエナの言葉は社交辞令ではなかった。この家に纏う香りは爽やかで心地良い。


 続いてリビングに入る。こちらも他の部屋と同じ雰囲気だ。木のぬくもりのある家具と花たち。

 シエナが部屋に入ってきたことに気づいたらしい、ソファに座っていた3人が立ち上がった。


 フリエル家の夫人と10歳の息子、そしてエストだ。



 エストと目が合った瞬間、シエナは一瞬固まってしまった。写真以上に彼は素敵だったのだ。

 柔らかな黒い髪、何も読み取れない黒い瞳、あまり高くないけれど薄く整った鼻梁、スラッと伸びた長い手足。

 夜会で出会う着飾った貴族よりも、シャツにベージュのスラックス姿の彼は魅力的に見えた。



「妻のダリルと息子のロビン、そしてエストだ。」


「はじめまして、よろしくお願いします。」


「よろしく。」


 シエナの挨拶に一言だけ返すエストはあまり社交的ではなさそうだし、シエナを見る瞳は何の感情もなさそうだ。

 でも、シエナはますます彼を好ましく思った。夜会で出会う貴族のギラギラした瞳は苦手だった。



「今日はシエナの歓迎会をしようと夕食を頑張ったんだ。……シエナにとっては質素かもしれないけれど。

 部屋に荷物を置いたら、また下におりてきてくれるかい。」


「歓迎会だなんて!嬉しいです。すぐにまた戻ってきますね。」


 そういえばいい匂いがしている。シエナは途端にお腹が空いてきた。

 朝も昼も緊張であまり食べられなかった。



 フリエル家のメイドが部屋を案内してくれる。隣の部屋はペトラの部屋だ。朝の支度など自分ではできないことも多いので隣にしてもらった。



 部屋の前でペトラと分かれて、扉を開く。


 用意してもらった部屋は、日当たりのいい明るい客間だった。

 もちろんシエナの部屋の何倍も小さくて、ベッドとデスクと洋服棚があるだけのシンプルな部屋だったが、

 塵ひとつない丁寧に清掃された部屋とお日様のする匂いがする布団、摘まれたばかりの花がシエナを歓迎してくれている証だ。



 グレアムはシエナが公爵令嬢だと知っている、もてなしには気を遣っただろうし、迷惑をかけただろう。


 それでも、こうして歓迎してくれている心遣いがありがたくて、お日様の匂いを吸い込むと胸がいっぱいになった。



 ・・♠


 夕食を食べながら、エストはシエナをこっそり観察していた。


 ワガママ令嬢は、田舎の家を一目見た途端帰ると言い出すかもしれない。と思っていた。


 いくら先方からお願いされた無茶であっても、すぐに帰してしまっては王都での立場を失くしてしまう。

 いつも食べているより格段に質素であろう食事……フリエル家としては最上級のおもてなし料理だったが……も普通に食べている。


 ひとまず第一関門はクリアしただろう。



 シエナの第一印象は、やはり美人だというシンプルな感想。

 写真や他の貴族からの噂もあり、わかっていることではあったが、実物は言葉を失うほどに可憐だった。


 そして拍子抜けした。どんなワガママ令嬢がやってきて無理難題をふっかけられるか、試させるかと身構えていたが、いたって普通の上品な女に思えた。


 王都に比べて粗末な木造の家を、木の香りが落ち着くといい、庭に咲いているどこにでもある花をきれいだと言ってみたり。

 意外と田舎に順応している。王都から一度も出たことがないと聞いていたが。



 まあ最初の1日目だ、初めてのことで全てが新鮮に感じるだろう。

 問題は明日からだ。とエストは気持ちを引き締め直した。




「フリエル家は皆で食事をとるのですね。エスト様も一緒に。」


 そう言ってシエナがエストを見つめた。

 しまった、いつもの癖で当たり前のようにエストも同席していた。


 家庭教師が同席するのは公爵令嬢としては気分を害しただろうか、なんと返事しようかとグレアムとエストが迷っていると



「お姉さまたちがお嫁にいってからは1人で食事をとっていたので、にぎやかでうれしいです。」


 とシエナは嬉しそうに続けた。

 どうやら、不快だったわけではなさそうなので一安心する。



「お兄ちゃんは家族なんだから当たり前だろ。」


 ほっとしたのもつかの間、ロビンが余計なことを言う。



「そうですよね、一緒に暮らしてるんですもの。私もペトラのことは姉のように思っているの。

 ここに過ごしている間はペトラも一緒に食事をとってくれるかしら。」


 2人の心配をよそに、シエナはうまいこと解釈してくれたようだ。グレアムとエストは目を合わせて安堵した。


 ロビンには簡単に事情を説明したけれど、まだ10歳だ。理解できていないところも多いだろう。あとで話さなくてはいけないとエストは思った。



 公爵令嬢がいると何もかも落ち着かない。

 向こうは気楽に遊びに来ているけど、貧乏貴族には何が失礼にあたるのか想像がつかないことも多い。

 彼女の父であるティルヴァーン家の地位を考えると失礼なことは絶対にできない。


 1ヶ月過ごすだけで莫大な費用をもらえるおいしい話に飛びついたが、楽な話ではなかったかもしれないな。とエストはこっそりため息をつくのだった。

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