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02 「結婚」のための人生

 


・・◆


 翌日、箱入り娘シエナの見送りに父、母、兄、嫁いだ姉たちまで揃っていた。


「シエナ、本当に行くのか。フリエル領は言っちゃなんだが……かなり田舎だろう。」


 父以上にシエナを溺愛している兄は今にも泣き出しそうだ。まるで今生の別れのような雰囲気で瞳に涙をためている。



「夜会やお茶会もないんでしょう。毎日何をして過ごすのかしら。」


「使用人も数人しかいないみたいよ。家だって、貴女の部屋くらいの大きさかもしれないわ。」


「シエナは1人では出かけたこともないじゃないの。」


 姉たちも心底心配そうに続ける。大事に大事に育てられた末っ子が田舎貴族の家に遊びに行くだなんてありえないことだった。



「たった1ヶ月よ。ペトラもいるし、もし辛くなったら明日にでも帰ってくるわ。」


 明るく答えるシエナにようやく皆納得したようだ。甘えん坊のシエナが1ヶ月も耐えられるわけがない。すぐに帰ってくるだろうと思い直したようだ。

 皆の不安が薄らいでいる今のうちに出発してしまおうとさっさとシエナは馬車に乗り込んだ。そしてすぐに馬車を出発させた。



 離れていく景色の中、家族が泣いているのが見える。

 ここまで甘やかされているのに、よく今回の許可が下りたものだ。今日だって直前になって中止にされないか、馬車を出発させるまでシエナは気が気ではなかった。


 ……2年近くも結婚したくないと駄々をこねていたから、お父様はよほど切羽詰まっていたのだろうか。





 でも最後に、誰かのためではなく、自分だけの勉強、自分だけの生活をしてみたかったのだ。



 公爵令嬢であるシエナの今までの人生は「結婚」のための人生だった。



 姉たちが無事に嫁ぐ16歳までは、毎日自宅で家庭教師から淑女の教養を学び、

 16歳からは結婚相手を探すための毎日になった。

 午前は他の令嬢と意見を交わすお茶会や散歩、舞踏会用のドレスやアクセサリーを選ぶ。そして夜は舞踏会へ。



 結婚に憧れたこともある。

 シエナは目を瞑って、幼い日の自分を思い返していた。



 姉達は子供の頃から婚約者が決まっていた。愛する娘たちのために探してきた素晴らしい相手だ。

 王子、宰相の息子、広大な領地と豊富な資産のある侯爵家の息子。

 そして彼らは、お姫様の相手にピッタリな美少年たちであった。



 姉のお相手を見たシエナはドキドキした。一体私の王子様はどんな人なんだろう。何度も想像した。



「ねえお父様、シエナのお相手はどんな方なのかしら?」



 中庭で2人だけの時間を楽しむ姉と婚約者を見て、シエナは父に尋ねた。その時の父の悲しい、申し訳なさなそうな顔は今でも忘れられない。

 そして自分に相手はいないのだと知った。



「王家に嫁いでも恥ずかしくないように。」


 それはシエナの家庭教師たちの口癖であった。ダンス、ピアノ、絵画、外国語、地理歴史の勉強など…。

 たくさんの家庭教師がシエナのもとを訪れて、たくさんのことを教えていった。


 それはとても大変な日々だったが、何よりシエナがつらいのは頑張る理由がなかったことだ。



 同じ教育を姉達も受けていたが、姉達は幼いながら婚約者に恋をしていた。

 好きな彼との未来を夢見て、努力を続けるのは幸せなことでもあった。




 家族から愛されていないのであれば、シエナは勉強を放棄していたかもしれない。


 しかし父はシエナへの罪滅ぼしだけではなく、文字通り溺愛した。

 可愛い可愛い末っ子は家族の誰からも愛され、婚約者がいないこと以外は何ひとつ足りないことがない生活だったし、そして成長するにつれて四女の立場を理解した。



 そして、今は結婚相手を探すことが自分の仕事だとはわかっている。



 でも、姉のように、小説のように恋をしてみたかったのだ。

 結婚相手を探すだけの日々は本当につまらなくて、シエナの楽しみは読書だけだった。

 まるで籠の中にいるような箱入り娘だけど、小説の中だけはいろんな世界を旅することができた。




「お父様、18歳の誕生日プレゼントには素敵な恋人がほしいです。

 この童話に出てくる王子様のような恋人が。

 ……それが無理なら、少しだけ旅をさせてもらえないかしら。少し王都を離れてみたいの。

 18歳の誕生日は結婚相手を決めると必ず約束するから。」



 恋が難しいなら、少しだけ籠の外に飛び出してみたい。

 そう思ったシエナは無理を吹っかけてみることにした。

 東洋のものらしい童話に出てくる王子様を希望した。舞踏会で一度も見たことがない容姿。現実にいない相手を要求すれば、もう1つの願い 旅に出ることを許してくれるかもしれない。




 でも、本当に見つけてくるだなんて…。


 旅を望んでいたシエナは、希望通りの男が見つかったと聞いた時は正直落胆した。

 しかし、次の父からの提案は予想以上に魅力的なものだった。



「彼は住み込みでフリエル子爵の10歳の息子の家庭教師をしている。

 旅をするのは危険だから、フリエル領に少し滞在するのはどうだろうか。豊かな自然もある。」



 恋人候補だけでなく、旅のことも覚えていてくれたのだ…!

 シエナも旅をすること自体は不安があった。ただ王都を出てみたかっただけなのだ。信頼できる家に滞在させてもらえるならこんなありがたいことはない。



「エストさんは家庭教師なのね。」


「普段は魔法具や魔法生物の研究をしているそうだ。」


「まあ…!ねえお父様、私も彼から1ヶ月だけ魔法のことを教えてもらってもいいかしら。」


「少しだけならいいだろう。」



 ずっと興味があった魔法も学べる……!淑女には必要のない物だといわれて魔法の勉強はしたことがなかった。




 こうしてシエナの1ヶ月が決まった。

 シエナの希望で、公爵令嬢としてではなく、ただのシエナとして。

 フリエル子爵の親戚として、1ヶ月休暇で滞在する設定だ。

 ついでにエストから魔法を教えてもらう。



「結婚」のためにする勉強じゃない。自分が興味があることを教えてもらえる。

「結婚」のための日々じゃない。誰かに見てもらうためにドレスを選ぶことも、誰かに選ばれるために夜会に参加しなくてもいい。



 1ヶ月だけ、自分のためだけに、ワガママに過ごそう。

 また籠の中の鳥に戻ってしまうけれど、外で得た物は生涯の宝物になりそうだ。


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