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15 誕生日パーティー

 


 ・・◆



 ついにこの日がやってきてしまった。



 あれから2ヶ月が経ち、王城にてシエナの誕生日パーティーが開かれていた。

 次期国王の義妹であるシエナの結婚相手を決定するのだからと、王も協力のもと盛大なパーティーが開催された。



 シエナが公式の場に出てくるのは3カ月ぶりでもある。

 もう結婚相手は決まってしまったのではないかと噂も立っていたので、このパーティーの開催が決定したとき各家は色めき立った


 この場でお眼鏡にかなえば、ティルヴァーン公爵の娘・シエナが妻となる。

 チャンスだと溢れんばかりの貴族令息たちが押し掛けてきていた。



 そんなわけで、主役のシエナはいつも以上にギラギラした瞳の男たちに囲まれていた。


 いつも参加させられていた夜会は、なるべく目立たないようにひっそりと端で過ごしていたのだが、今日は主役だ。そんなわけにはいかない。




「シエナ嬢、本日も本当に美しいですね。」


 どこかの侯爵だと名乗る男性がシエナに微笑む。


 曖昧に笑顔を作った後、この日のために新しく作られたドレスをシエナは白けた目で見つめていた。

 フリエル家で愛用していたワンピースを着ていても彼らは同じことを言うのだろうか。



 ダンスに誘われ、そして彼らがいかに優れているかを聞き、口説かれる。

 体裁のために一通り付き合うが、どうせそれだって茶番だとシエナは思った。



 この後、トーリ王子がいらっしゃるんだから……。



 今日はちょうど国王と東の国の王の会合があるそうで、

 このパーティーには少し遅れるが、王と夫人、それからトーリ王子も参加することになっていた。


 期間を先延ばしにしたけれど、トーリ王子がいらっしゃればそこで結婚相手は決定となるだろう。



 自分自身でなく、自分の家がいかに優れているかを熱心に伝えてくる貴族たちはどの男も同じに思えたし、

 童話の王子様の外見をしたトーリ王子に嫁ぐことは、恵まれているのだろうと思う。


 この窮屈な王都ではなく、別の国に行けるのだから。自然が豊かな島国だと言うし。素敵な未来が待っているかもしれない。

 シエナはできるだけプラスに考えようと思った。



「すみません、少し酔ってしまいまして。夜風に当たってきます。」



 貴族たちから逃れるようにシエナはバルコニーに向かった。

 室内の盛り上がりが嘘のように静かな夜がそこにはあった。


 空を見上げて小さな星の輝きを見る。エストの瞳を思い出した。



 エストは元気なのだろうか。

 一方的に送った最後のメッセージに返信はなかった。

 せっかくエストがシエナのために大急ぎで作ってくれたのに、使いたくないだなんて失礼なことをしてしまった。


 でも、耐えられそうになかった。

 エストの近況を知ってしまうと会いたくなる。

 夢だった、と過去にして気持ちに鍵をかけておくしかない。



「ふう……。」


 ため息が夜にとけていく。

 いつまでもここにいても仕方ない。


 そろそろ中に戻らないといけないだろうと思った時



「シエナ嬢、こんばんは。」



 後ろから声をかけられた。

 ここまで避難してきたのに休憩する間も与えてくれないか……とうんざりして振り向くと


 そこにいたのは間違いなく、エストだった。



 ポカンと口を開けてしまったシエナはもう一度エストを見た。

 いつものシャツにベージュのスラックスといったラフな格好ではない。きちんと燕尾服を着ている。銀色の刺繍が夜空のようだ。



「どうして……それにどうやって……ここに。」


「エスト・フリエルと申します。私と踊っていただけますか。」


「フリエル……。」


「今日のパーティーはかなり盛大なものですね。子爵家の私でも参加できたのだから。」



 まるでお伽話だ。誕生日プレゼントに神が見せてくれた幻覚なのだろうか。

 シエナは信じられない気持ちで立ち尽くしていた。



「私と踊っていただけますか。」


 もう一度エストはそう言った。彼が差し出す手にシエナは恐る恐る手を重ねてみる。触れることができる。幻ではない。


 混乱するシエナを連れて、エストは会場に戻っていく。

 静かな夜のバルコニーから、華やかで賑やかな会場に戻るとようやく思考が落ち着いてくる。

 間違いなく、エストはここにいる。




 エストは会場まで戻ると、シエナの腰に手を回した。本当にダンスをするつもりらしい。


「誘っといてなんだけど、ダンスはかなり苦手なんだ。ほとんど踊ったことなくて。」


「私はプロ級ですよ。ついてきてください。」


 ようやくシエナにも軽口を叩く余裕はできてきた。


 ゆったりとした曲が流れている。そのまま2人は踊り始めた。



「それで……どういうことかしら。」


「どういうこと……おっと、って言っても……わ、俺のな、まえっ……。」


 どうやらエストが今会話をするのは無理そうだ。

 エストは確かに下手だった。クスクス笑っている者もいる。


 でもそんなエストだからこそ愛しいのだ。誰もわからなくてもいい。これがシエナの好きなエストだった。



 1曲が終わりエストは肩で息をついている。近くを通ったボーイから受け取ったグラスは一気に空になった。



「説明いただけないかしら。」


 シエナはヨロヨロしているエストの手を引っ張って会場の隅に連れていく。

 隅に到着するころにはようやくエストの息も落ち着いたようだ。



「ええと、まず俺は……いや私はエスト・フリエル。グレアムの実の息子なんだ。」


「まあ。」


「見た目が違うから驚くだろ。」


「いえ、そう言われるとしっくりきます。グレアム様とダリル様に似ているもの。」


「それは初めて言われたな。」


 確かにぱっと見ただけでは全然違う。グレアムとダリルとロビンが金髪碧眼なのにエストだけ黒髪黒い瞳だ。

 初対面であれば息子と言うより、使用人の1人と言った方が信じられるだろう。


 でも、夫妻とエストが親子だと聞くと、そうとしか思えなくなるほどに似ていると思えた。



「それで、どうしてロビンの家庭教師というウソを?」


「君の父上に頼まれたんだよ。貴族としてではなく、ただの家庭教師として出会ってほしいって。」


「なんでそんなことを。」


「君が貴族嫌いだったからだろう。」


「……。」


 それはその通りなので、言い返すこともできなかった。

 同世代の貴族の男性を見るとげんなりしていたのは事実だ。



「って、そんなことはどうでもいいんだ。」


 フリエル家で過ごした時のような和やかな空気が2人に流れたところで、エストは真剣な表情になった。


 スゥと息を吸い、エストは静かに、しかし力強く言った。


「シエナ・ティルヴァーン様。私と結婚してください。」


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