【第1話】 面倒な君
――不特定人物銃撃事件 3日前
あれからどれだけ経ったのだろう。千年は優に超えているような気がしてならない。それほど自責の念に苛まれて生きてきた、つもりだ。自慢するようなことではない、と承知はしていても心のどこかでは褒美があってもいいものでは、と考えてしまう。例えば、
――彼が『おはよう』と一言笑ってみせてくれる
とか、そんなことを考えても意味なんてないのに。
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「39番のやつでお願いします」
「かしこまりました、年齢確認の方お願い致します。――お客様?」
「え、はい。あー押します押します……」
紙巻のものを数個入れただけの袋からすぐさまブツを出してやり、今出てきた所よりも多少はギラつきを魅せる、及第点ギリギリの星空の出迎えを着火により無下にしてみせる。
「ふぅ……」
無下にしてるくせして、こうして見惚れてしまっている。ここ2週間は都会で寝泊まりを済ましていたからだろうか。彼の待つ民家の雰囲気に似合いそうな空だ。
――もちろん、彼自体にも抜群だが
「明日の4時には着きそうかな。結構稼げたし、これでしばらくは持つよね」
長針と短針がてっぺんで重なる。ここから車での山道の登り下りを繰り返すとなると、日の出前には顔を拝んでやれそうだ。彼の事を想像するとついガードレールに突っ込む、なんてことをしかねないためあまり捗らせないよう注意を心がける。
といっても、そんなの無理だと分かり切っている。他人と対峙する時でさえ、彼に見えてしまって仕方ないのだから――、
「待っててね」
エンジンをかけながら夜道を突っ切る予備動作を行う――この動作にも手慣れたものだ。アクセルとブレーキを間違えそうになりはするが、
――あの時も間違えなければ
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「ただいま!」
返事は無いがこれでいい、それでもこれだけは辞めたくないから。
「元気にしてたかなー? 昨日ね、らしくもなく煙草買っちゃったんだけどさ年齢確認のこと忘れちゃっててさ」
こんなとこを誰かに見られでもしたら『変人』とでも罵倒されるのだろうか。でもそんなのは気にしていない。
――私に今更何を言うのか
変に自分を責めてしまうのは、眠る前の彼に辞めておくように――と散々言われてたのだが、この習慣だけはどうも抜けきれない。心の中だけに留めておくので精一杯だ。
「まだ、寝てる? 今からおまじないかけとくね」
彼の手を握る――、
冷たくはあるが、手から送るエネルギーでその問題は解消されていく。非現実的だが、この瞬間に自分の生も彼の生も感じられる気がして至福に浸ってしまう。
――こうやって少し手を伸ばせていたのなら
いい加減、自己嫌悪に嫌気がさしてくる。ここまで情けなかったか。
「ふう、これで終わりかな。それじゃご飯つくってくるね」
そういって布団際を立ち上がり、襖を開く。和室よりかはわずかに広いであろう台所の流し台は少々、ほこりを纏っていた。この古民家は彼に別れを告げる際、徹底的に清掃しているのだが、それでも古民家らしくすぐ汚れてしまう。
「掃除もしなきゃ」
そうぼやくとバケツを取り出し、水をひたひたに注いで、ナイロン製の雑巾を放り込む。
「痛っ、あー傷ができちゃってるか。てかなにこの匂い、雑巾かな。いや私か」
生臭さの犯人を見つけた所で、掃除が必要なのは台所なんかではなく、自分であることを確認する。振り返ると、確かに最近は風呂にもまともに入れていなかった。彼にはこの匂いをばれていなければ良いのだが。
「なんか段取り悪いなぁ。いつかはこういうのも慣れておかないと困らせちゃう」
この辺境に住んで約8年にはなるが、中々生活を営むというのも難易度が高いらしい。家事をこなすというのはどうにも苦手だ。切っ掛けなんてものは住居を持ち、嫌々行わざるを得なくなったから。突如、躍起になって『やってやる!』となっても不格好になるのは無論である。
「ふぁー、久々だけど風呂も捨てたもんじゃないよね。すぐ汚れちゃうし不要だと思ってたけどさ」
彼だけが独り眠っている、その部屋に届くよう声を荒げる。
――こんな時ぐらい独りにはさせたくない
ほぼ新品同様の下着を身に着け、慣れない髪留めと髪を一緒に結い上げる。オシャレなど言えた立場ではないが、彼に褒めてもらえるよう気を遣うぐらいはしている。
「で、掃除? いやー疲れるな、やることありすぎでしょ。これなら普段の方が楽だね」
家というのは留守にするだけでこうも面倒になるのか。まぁ、彼の方がよっぽど手間暇かけているのだが。
もちろん好きが故――、
「っー! 何考えてるの私。ここにはしけこんでる訳でもないのに」
裸の男の前で通じるはずもない嘘を吐く。かといって、全てがそうということでもない。彼に服を着させていないのは通気性などもろもろ考慮してのことだ。これに布団をかけることで上手くいく。
「おい、てめぇ――」
「ち、違うのごめんごめん。これはね、そういう卑しいのじゃなくてさ」
一番心を覗いてほしくない時に限って、彼は見透かしたようなことを言う。本当にやめてほしいと心底願う。
――え、今なんて
「……今なんて」
「誰だ」
「へ?あーうん、忘れちゃったかぁ。ミナだよ……。ミナちゃんって呼んでくれてた、んだよ……」
最悪の事態であることを一瞬のうちに理解できた、そもそも予期していた。
――彼が記憶を亡くしているであろうことを
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