〜 後編 〜(前)
それから俺は心を閉じた。
何を憎まなくてもいいように、外界から自分を遮断した。
俺が何かを憎んだら、ポドラが抑えきれない炎で世界を焼き尽くしてしまう。
「お前なんかいらなかった」
机の上に立たせたポドラに向かって俺は呟いた。
コイツだけが俺の話し相手だった。両親とも口を聞かなくなってしまった。もし俺の心に憎しみの火が点ったら、コイツは止める間もなく炎を吐くだろう。いくらムカつくことを言われたって、父さんと母さんを殺したくはない。
「お前のせいで俺は誰とも接することが出来なくなってしまった」
詰るように俺はポドラに言った。
「にゅ?」
ポドラは意味などわかっていないように小首を傾げ、デスクマットの上から丸い目で俺を見上げて来る。
ポドラのことを憎んでみたらどうなるのだろう? コイツのせいで俺は彼女が出来ないどころか誰とも会話が出来ない。俺が誰かを憎めば、それに反応してコイツが小山を一瞬にして燃やし尽くすほどの炎を吐いてしまうのだ。元々バカにされがちで、他人を憎むことの多かった俺が外界と接すれば、たちまち力を発動させてしまうこと間違いない。
ポドラのことを憎んだら、コイツは自分を焼き尽くすのだろうか? それで消えて、いなくなってくれるのだろうか?
しかしそんなことは出来なかった。まるで親を見つめる雛鳥のようなポドラの目を見ていると、俺は頬が緩んでしまう。
一生ポドラと2人ぼっちで生きて行くしかないのか。
それともいっそ、この力を駆使して、嫌いなものを焼き尽くしてしまうか?
だめだ。
そんなことをしたら槙原みどりに嫌われる。
自分でも自分のことが許せなくなることだろう。
しかし、どうせ槙原とは付き合えない。
もし彼女が俺に告白してくれたりなんかしたとしても、付き合うわけには行かないのだ。
愛と憎しみは裏表と言うではないか。愛すれば愛するほど、その裏で憎しみも育つのだ。きっと俺は他の誰に対してよりも、強い炎をポドラに吐かせてしまうに違いない。
彼女を消し炭にはしたくない。
しかし、どうせ付き合えないのなら……ヤケになって破壊神みたいに暴れまくって、槙原ごと世界を消しても……
出来ない。
カーテンを開けて窓の外を見ると、金色の満月が俺と向かい合って笑っていた。槙原が心配して俺を見てくれているような気がして、道路を見下ろした。そこには街灯の明かりが、何もないところを照らしているだけだった。
◇ ◇ ◇ ◇