〜 中編 〜
ポドラが消失させた小山の事件は即日ニュースとなった。幸いにして死者も怪我人もいなかったようで、俺はそれを知るとほっと胸を撫で下ろした。
あの夜、槇原みどりは1人でポッキーを買いにコンビニへ行くところだったらしい。
歩いていて、ふと公園の中を見ると俺がベンチに座っていた。
俺と槇原は特に親しい間柄ではないどころか会話もしたことがなかったのだが、同級生があんな時間にあんなところに1人でいるのを見たら、何か悩みでもあるのかと心配になって近づいたのだそうだ。そうしたら、よく見たら俺の隣に見たこともない小さな爬虫類がいることに気づいたのだという。
俺は島田憎い島田憎いばかり考えていて、槇原が隣に座ったことにすら気づかなかった。そうしていたら突然、ポドラが口から巨大火炎を吐いたのだ。
「……すごい!」
槇原が隣にいることに気がつかなかった俺は、突然そう声を上げられて、飛び上がりかけた。
「すごいね! 山がなくなっちゃったよ!? 何、その子? すごい!」
そう言われてポドラは照れくさそうに前脚で頭を掻いた。
俺は慌ててポドラを自分の胸ポケットにしまうと、逃げるように駆け出した。
ポドラを見られたことがヤバいと思ったというよりも、水銀灯の光の下で見る槇原が綺麗すぎたのだ。あんなものを見たというのに、無邪気に目をくるくるさせて笑うその表情が、可愛かった。
◇ ◇ ◇ ◇
次の日、いつものように島田が俺に近づいて来た。
「よー、地味男! 今日も地味だなァ! へへへ、今日もみんなに挨拶するんだ。前に出てお座りしてワンと鳴けよ」
俺は島田を睨んだ。
胸ポケットの中のポドラのことを意識した。
いつでも俺はコイツでお前のことを消せる。
そう思ったら、なんかいつもはない余裕のようなものが生まれた。
「なんだ、その目はァ?」
島田が怖い顔をして見せたが、今日の俺には子供のように可愛いとしか思えなかった。
「オレ様に反抗すんのかァ? 地味男のくせにィ? よし、ちょっと廊下出て、階段下来いや。上下関係叩き込み直してやる」
前に一度、これをやられた。
階段下に押し込まれ、島田とその連れの3人によってたかって腹を蹴られた。
悔しい気持ちを抑えながら、俺はされるがままになっていた。抵抗すればさらに痛いことをされると知っていたからだ。
島田のことを憎いと思いながら、何も出来なかった。涙を流しながらも、何も言えなかった。
しかし、今日は違う。
誰も見ていないところへなんか呼び出してみろ。俺はポドラの力を使い放題だ。
お前の左腕を消し炭にしてやろうか。次いで右腕も。そして頭を焼いて……
その時、昨夜の消えた小山のことが頭に蘇った。
俺はポドラの力を制御できるのだろうか? と不安になった。ポドラはどうやら俺の『憎い』という感情に反応して炎を吐くようだ。そして俺の感情が燃え上がれば燃え上がるほど、炎は強くなる。島田の片腕だけを焼くなんてことは恐らく出来ないだろう。学校ごと焼き尽くしてしまうかもしれない。
階段下に連れて行かれ、俺はいつもの3人から暴行を受けた。
「オラァーッ! わかるか? わかったか? お前は犬なんだよ! ワンって言え!」
俺は笑っていた。
「なんだ、その笑いはーッ!? 馬鹿にしてんのか!? ワンって言えよ! ホラ! 早く!」
何をされても俺は笑っていた。憎んではいけない、ただそれだけを思っていた。
「知ってんぞ!? お前、今朝、槇原みどりのこと見てチ○ポ勃ててただろ!?」
島田がそんなことを言い出した。
「お前なんか恋もする資格ねーんだよっ! この地味メガネ! 一生童貞でオナってろ!」
胸ポケットからポドラがにゅっと顔を出した。
島田は気づかなかったようだ。俺はそっとポドラの頭に手をやると、ポケットの中へ押し戻した。
島田の顔を、まっすぐ睨みながら。
「……うっ?」
島田が明らかに気圧されて、後ずさった。
「どうした? もうやらんの?」
連れの不良2人が不思議そうに島田を見る。
「なんかビビってね? お前、こんなダサ坊に」
「きょっ……、今日はこれぐらいにしといてやんよ!」
そう吐き捨てると、島田は連れと一緒に教室へ戻って行った。
フッ。命拾いしたな、島田。よかった、誰も殺さなくて。えらいぞ、俺。よく憎しみを噛み殺したな。そう思っていると、
「平くん……」
突然、階段の上から心配そうな女子の声が降って来た。俺にはそれが天国から降って来た天使の声のように聞こえた。
見上げると槇原が碧色の長い髪を揺らし、翠色の瞳で気遣うように俺を見下ろしている。見下ろされているというのに、俺にはそれがちっとも上から目線には感じられなかった。
なんて慈悲深いまなざしだ!
昨夜、水銀灯の下で見た彼女はこの世のものとも思えないほどに美しかったが、今、暗い階段下から見上げる彼女は、鼻の穴が丸見えだというのに、昨夜を凌ぐほどに美しかった。
なぜかはわからなかった。槇原のこと、何とも思ってなかったはずなのに……。
「どうしてその子を使わなかったの?」
槇原が目で俺の胸ポケットを見ながら、言った。
「あいつらがやっつけられると思って、先生呼ばなかったのに……」
俺は無言でフッと笑った。
自分でもなぜ笑ったのかはよくわからなかった。
そして立ち上がると、尻を手で叩き、階段を昇りはじめた。ポドラがちょこっと顔を出し、槇原に向かって「にゅー」と懐いているような声を出した。
「平くん……?」
背中を撫でるように槇原の声がしたが、俺は振り向きもせずに階段を昇って行った。