異世界
あちらの世界に残してきた人々の中でも、やはり一番に思い浮かぶのは唯一無二の大切な主の存在だった。
ロマ・アシュレ・サーデリア第一皇女様。
親もおらず、剣だけしか取り柄のなかった私を暗闇から救い出してくれたあのお方。
ロマ様を魔族から守り抜けたことを誇りに思うと同時に、最後に泣かせてしまったことだけが心残りと言える。
(今も元気に過ごされているだろうか…。)
私はこの平和な世界で出雲 縁として生き、今度こそ天寿を全うする。
遠い遠い異なる世界にいたとしても、私はいつもロマ様のそばにいるのだと思いを込めて。
今度こそ約束をお守り致します。
ですからどうかロマ様もお幸せにお過ごし下さい。
「あら、縁ったら…まだお茶碗三杯しか食べてないじゃない。体調悪いの?大丈夫?」
「何だって母さん?!我が娘が白米をそれしか食べてない?!」
「そんなんじゃ今日一日の力が出ないじゃろう!ええいっ、もっと食え!!」
「三杯でも十分凄いよ…この家来るとアタシの基準がおかしいとか思っちゃう…」
いつも通りの幸せな日常を感じながら、私は母の作った甘い卵焼きを噛み締めた。
*****
「その細い体のどこにあの大量の料理が…?」
「あれくらい普通ではないか?」
「それは出雲家限定!!」
疲れた表情をした愛兎に首を傾げつつ、ゆったりとした足取りで十五分程歩けば見えてきたのは巨大な校舎。
私が通うここは私立王麗高等学校。
幼稚園から高校までのエスカレーター式で、勉学だけでなく部活動にも力を入れている全国屈指の難関校。
制服は純白のブレザーに繊細な金の刺繍が施され、スカートとズボンもブレザーと同様のデザイン。また、高級感溢れる黒地のシャツには学年ごとに色の異なるネクタイが合わせられている。
一年は緑、二年は青、三年は赤というような配色となっている。
(慣れるしかないのだが…前世ではズボンばかり履いていたからな。スカートは脚がムズムズしてあまり落ち着かん。)
出雲 縁としての十五年間でもスカートというのは制服以外であまり着る機会がなく、前世の記憶も相まって余計に変な感じがしてしまうのだ。
そんな制服への意識を反らすようにふと上を見上げれば見えてくるのは晴天の空に桜の花が優美に舞う美しい光景。立ち止まってそれを眺めていれば、下から愛兎に強くネクタイを引っ張られ上体を少し倒すような姿勢になる。
何故か愛兎は不満げで、私は心当たりがなく首を傾げた。
「~っ、至急危機管理能力を上げて下さい!マジで!!」
「?危機管理能力や察知能力には自信があるが…何かあったのか愛兎。」
「違わーい!縁が立ち止まった瞬間からのこの大量のカメラの連写音が聞こえないのか馬鹿者ー!!」
「聞こえてはいるが殺気は含まれていない。何も問題はないぞ愛兎。」
「、はぁ…そうだった。縁は現代を生きる武士だったね…。」
武士ではない。騎士だ。
額に手を当てながら私のネクタイを引っ張る愛兎に黙ってついていく。
触らぬ神に祟りなし、とはこういうことである。