転生
「縁!遅刻するよ…って、またお風呂で寝てるー?!」
「はぁ…朝から騒がしいやつだな。」
「水風呂で寝るの本当にやめて?!溺死してるんじゃないかって毎日ヒヤヒヤしてるんだからねアタシ!!」
「、」
「無視しないで?!」
バタバタと後ろで慌てた様子の音を聞きながら水に顔を浸ける。
あの後すぐに自分が異世界に転生してしまったのだと理解した。
地球に存在する一つの国、日本。
そこが今世の私が生きる世界。
何故死んだはずの私が転生、しかも前世とは異なる世界線に来てしまったのか。
なんてことを思い悩む程、私は繊細で可愛らしい性格はしていない。
むしろ前世の世界であれば異世界への転生などといった摩訶不思議な出来事も頷ける。
当たり前のように魔法が存在し、人間は巨人族や妖精族といった様々な種族と共存していた世界なのだから。
「いやそれ死ぬから!早く顔出して?!」
このさっきから騒がしい人物は私の幼馴染みである白野 愛兎。低い身長と大きな黒目、肩までの白髪を二つに結んだ姿は名前の通りウサギを連想させる。
今もちょこまかと小さい体を必死に動かしている様子は白ウサギにしか見えん、と考え深く頷いた。
風呂場から出て愛兎がくれたタオルで体を拭き、制服に着替える。そのまま椅子に座って鏡で自分の姿を見ればそこには前世の自分の姿とは異なる姿が写っていた。
(瞳の色だけは前世と同じだったのか。)
腰まで真っ直ぐ伸びた長い黒髪と金色の瞳。
前世での金髪姿を思い出したからか、今世での自分の黒髪姿に多少違和感を感じてしまうのは仕方がない。
「よしっ、今日の髪のお手入れも完璧!さっすがアタシ!」
「おぉ…サラサラだな」
「縁の髪を何年お手入れしていると思ってんのさ。幼馴染みを舐めないでよね!」
何故か愛兎は昔から私のことを世話したがり、特に髪の手入れに執着していた。
三歳の時、隣に愛兎の家族が引っ越してきて挨拶よりも先に髪を褒められたのは今でも覚えている。
「あーあ。また今日も出雲 縁の親衛隊達が増えるだろうなぁ…何か複雑。」
「何が複雑なんだ?」
「何でもない!気にしなーい気にしなーい!ほらっ、早く朝ご飯食べに行こ!!」
「おっと、分かったからそう急かすな。」
愛兎に手を引かれ椅子から立ち上がった瞬間、視界の端でサラリと黒い髪が靡く。
(…ハミュラン・ディラルドとしての私ではなく、出雲 縁としての人生をこれからも大切にしていこう。)
それがあの世界に残してきた私の大切な人達への恩返しとなることを祈る。