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ソプラノからのボイコット

 「2年の小池先輩が、見たって。

  それを練習前に、ソプラノの人達で話してて。

  間壁先輩が、それ聞いて怒っちゃって」

 アルトでクラスメートの星野ちゃんに聞いて、やっとわかった。

 例の喫茶店の「えっちシート」の噂も、この時初めて聞いた。

 

 つまりこういうことだ。

 あの日、間壁先輩は職員室へ用事があって行った。

 すると大林先生が、先輩を呼び止めて、あたしのことを言った。

 「1年生で大変だろうが、9月まで協力してやってくれ」

 先生は、前もって賛成票を増やそうとして言ってくれたと思う。

 でも間壁先輩はそうは思わなかった。

 あれほど忠告したのに、あたしが出演をОKしたと思ったのだ。


 なんで?なんで?と思いながら、先輩は部室,つまり音楽室に来た。

 そこで噂が耳に入った。

 あたしが部長と一緒に、喫茶「想」から出てくるのを見た、と。

  

 あの閑散とした店に、実際行った事がある生徒は少ない。

 「えっちシート」の噂だけが一人歩きしているわけだ。

 先輩の頭には、昔の「同伴喫茶」みたいなイメージがあったんだと思う。

 それで、イッキにつながっちゃったのだ。


 あたしが、部長とえっちして、公演のソロを勝ち取ったんだとか。

 部長が、あたしを言いなりにするために、カラダからオトしたんだとか。


 うわー。どんだけスゴイ公演なんですか。

 アイドル歌手の日本武道館公演かっての。

 あたし、腹を立てる前に大笑いしてしまった。


 でも、笑ってる場合じゃなかった。

 次の日も、次の日も、イジメは続いた。

 ソプラノの中では、間壁先輩は神様だ。 誰も逆らえない。


 あたしの立ち位置はソプラノの中のどこにもなかった。

 端っこに立つと、みんなしてずんずん寄って来る。

 ピアノに押し付けられたり、壇上から落ちたりする。

 最後列に並んでいると、前の人が急に下がってきて、足を踏む。

 とうとうアルトにはみ出して立つようになった。

 アルトの人からも迷惑がられている。


 部長は初め、注意したりかばってくれたりしていた。

 でも、そうするとかえってひどくなるので、手が出せなくなった。

 一つ一つは、馬鹿みたいな事でも、続けてやられると、こたえる。


 4日め、とうとう涙ぐんでしまった。

 足を踏まれようが、スカートをめくられようが、歌は歌える。

 でも涙が出てしまったら、鼻が詰まってその日の発声はめちゃくちゃだ。

 途中で逃げ出すのが悔しくて、必死で時間までガマンした。

 

 もうやめよう。 そう思った。

 練習してうまくなったって、どうせ誰も喜んでくれやしないのだ。


 ストレスで胃がおかしくなっていた。

 1階昇降口で吐きそうになり、トイレに駆け込むと、

 「あらあ大変!彼女がつわりよお」

 「部長責任とってエ」

 通りかかったアルトの2年生たちがはやしたてた。

 トイレで、声を殺して泣いた。

 泣きながら、吐いた。


 トイレから出たところで、担任の水木先生に出くわした。

 「おっ、かなを。‥‥どうした?」

 あたしの泣き顔を見て、声をかけてくれた。

 「‥‥胃がおかしくて」

 「吐いたのか」

 「はい」

 「保険の灘先生、まだいらっしゃるぞ。薬もらうか?」

 「いえ。‥‥もう帰りますから」

 「そうか。 あ、そうだ、かなを」

 一礼して帰りかけたあたしを、水木先生が呼び止めた。


 「根岸の携帯番号を知っているか」

 「はあ‥‥?」

 「もう4日も無断欠席なんだが、家に帰っとらんらしいんだ」

 「帰ってない‥‥」

 「お母さんが、どこにいるのかわからんとおっしゃるんだ。

  友達のとこにいると、メールは入ったようなんだがな。

  親が電話しても、取らんらしい。

  友達なら取るかもしれんから、知ってたらかけてみてくれんかな」

 

 ああ。

 胃が痛い。


 ミントの声なんか、聞きたくない。

 でも、誰かに文句を言いたかった。

 ぶちまけたら、すっきりするかもしれない。

 靴を履き替えてから、ミントの携帯をコールした。


 「‥‥あーや?」

 ミントの声は低く、警戒した声音だった。

 「ミント! どうして学校に出て来ないの?」

 「オレの勝手だろ」

 「今、どこにいるの?」

 「ユルミのマンション」

 予想外ではなかった。

 ユルミの電話番号が昔と違ったのは、家を出て一人暮らしをしているからだ。


 「なんで、ユルミと‥‥」

 「なんでもやらしてくれンだよ」

 開き直ったように、ミントは言い放った。

 「何時にどこで欲しがっても、何回欲しがっても、どんなやり方してもОKなんだよ。

  もう一日中ベッドの上だよ。

  イヤがんねーもん、こいつ。

  キスひとつで逃げ回った誰かとは大違いだ」


 「ミント‥‥。 どうかしてるよ。

  あなたどうなっちゃったのよ。

  プライドとか‥‥ないの?」

 「ねえよそんなもん! お前が言うなよなあ!」

 ミントの声が大きくとがって、耳に刺さった。


 「お前、ほんとに人を好きになったことあんのか?

  好きなヤツに拒絶されたキモチわかんのかよ?

  わかるわけねえよな、すぐ次のオトコが出てくるもんな。

  平気で電話して文句言うかよ?

  どうかしてんのはそっちだろうが!

  1回、ユルミみたいに、『ねえ、して!』って言ってみろ!!」


 言うだけ言って、ミントは電話を切ってしまった。

 あたしは校門を出て、外塀にすがって座り込んだ。

 ミントの言葉は、クサビみたいに胸に突き刺さった。

 だって、あたしほんとに優しくない。

 自分が楽になりたい一心で電話したんだもの。

 胃が千切れそうにいたい。

 もう、吐くものなんてない。


 バス停の近くのドラッグストアーで胃薬を買った。

 隣のコンビニで水を買って、薬を飲んだ。

 飲む前より気分が悪くなった。

 もう、どうでもいいや。

 街灯にすがって、行きかう車の動きをぼおっと見ていた。

 日暮れが近い。

 街灯が、一本また一本と点灯して行く。


 

 ふと、道路の向こうに見覚えのある車を見た。

 ファミレスの駐車場に、紺色のオプティマが停まっている。

 ボンネットに腰掛けているのは、れんさんだ。

 人と話し込んでいるようだ。

 隔てている道路は、2車線しかない狭いものだ。見間違えようがない。


 れんさんと話し込んでいるのは、体の大きな黒人の男性だった。

 このへんで外国人は珍しくない。

 近くの丘の上に、ユースホステルがあるからだ。

 よく、デイバッグをかついだ外国人に道を聞かれる。

 でも、れんさんは道を聞かれただけには見えなかった。


 相手の男は、話をしながられんさんの隣に腰掛けた。

 れんさんはもともと、身長もあって、肩幅もそこそこにある人なんだ。

 でも、その大男のそばにいると、まるきり女の子みたいに華奢に見えた。


 「あ‥‥」

 れんさんの白いシャツの上に、男の真っ黒い腕が回された。

 黒人の男は、れんさんの肩を抱き寄せた。

 顔じゃなくて、襟足か肩口にキスしたようだった。

 れんさんは一瞬、抵抗しようとして腕を上げた。

 でも驚いたことに、ふいとそれを下におろしてしまった。


 まさか、れんさんまでヤケになってるんじゃ‥‥。

 やだ、抵抗しなさいよ!


 「れんさあん!」

 気がついた時は、大声を出していた。

 「れんさん! れんさん! れーんさあん!」

 部長に声量がないと言われた、あたしの声。

 車の音をブッちぎって、届け!! 

 

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