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性欲処理施設

 そのカタブツの緑川部長に、声をかけられた。

 校門を出て、バス停に向かうところだった。

 「かなをさん!ちょっと、ちょこっと付き合って!」

 いきなり腕を取られて、ワンブロック先の喫茶店に引きずりこまれた。


 そこは、さびれまくった喫茶店だった。

 いつも友達と「ここって営業してるの?」って言いながら通ってた。

 中はがらんとして、無駄に広い。

 緑川部長は、店の奥の階段を登っていった。

 うわー! こんなに客がいないのに、2階席があるんだ。

 2階だって当然、がらがらだ。

 一番奥の薄暗い席に、あたしたちと同じように制服を着た、高校生カップルが一組いるだけ。


 あとで知った事だけど。

 その薄暗い席は、通称「えっちシート」と言うんだそうだ。

 入学したてのあたしたちは知らなかったけど、変な路線で有名な店だったらしい。


 「これを歌ってみて」

 席につくや否や、部長は数枚の楽譜をテーブルに広げた。

 英語の歌詞がついた譜面だ。

 「We will rock you?

  クイーンの? スポーツの応援でやるあれですか?」

 「そう。そこの一番上のパート歌ってみて。

  階名でいい。音はこれで」

 部長はポケットから、ミニチュアのチューニング笛を取り出した。

 小さい音で鳴らす。

 「僕がメインボーカルをやる。

  いい? ワン・ツー・ワンツースリーフォー」


 文句を言う暇もなく、ワンコーラス歌わされた。

 初見で譜読みが追いつかないところは、部長が助けてくれた。

 なるほど、人がたくさんいる喫茶店じゃ恥ずかしくてできない。

 歌い終わると、もう一度笛を鳴らした。

 「全然下がらないよ。

  初見でこれは僕でも難しい、絶対音感があるんだな」

 「部長のメロディに合わせたからですよ」

 「とんでもない! 僕はみんなとこれをやってるんだ。

  合わせても、下がるヤツは下がるモンなんだよ。

  ‥‥やっぱり、公演は君がやるべきだ」


 「部長‥‥」

 あたしは困ってる半面、ちょっと感動もした。

 これまで、こんなに熱心にあたしを認めてくれた人がいただろうか?

 人間関係うんぬんを無視できるなら、この熱心さに報いたいと思う。

 「少し考えさせてください」

 まさか受けるわけに行かないと思うけど、言下に断るには忍びない。


 部長は返事をしなかった。

 ムッとしてるのかと思ったら、そうじゃない。

 部長はあたしじゃなく、あたしの背後を見ていた。

 例の高校生カップルだ。

 振り向くと、彼らは席で抱き合い、唇を重ねていた。

 

 こんなところでマジキスかよ。

 暗くて見えないが、それ以上のこともしてる気配がある。

 思わず目をそらしかけたが、はっとしてもう一度見直した。

 見覚えないか、この二人。


 男子のほうは、うちの学校の制服。

 女子は、清聖女学園、って、ユルミの行ってるとこじゃん。

 って、ユルミ!?

 ……本人、かも。

 

 凝視するあたしたちの視線に気付き、二人が顔を上げる。

 やっぱりユルミだ。

 それと。

 「‥‥ミント‥‥」


 あたしの顔を見た途端、ミントはユルミを突き放して立ち上がった。

 この世の終わりって顔してた。

 「あーや! 違うんだ」

 「言い訳しなくていいわ」

 あたしそもそもまだなんにも言ってないし。


 猛烈に腹が立ってた。

 浮気されて逆上! ってのとは微妙に違うんだが。

 あたしはミントのバカさ加減に頭に来たんだ。

 自分でマジ切れしたくせに、結局、やりたいばっかりのスケベ野郎でいいことにしちゃうの?

 自分から、ゴキブリでいいことにしちゃったの?

 エサをもらうと尻尾振る、犬でいいことにしちゃうの?

 ンなオトコと、恋愛のレの字でも期待した、あたし自身にも腹が立つ!


 あたしは店の階段を駆け下りた。

 追いすがろうとしたミントを、軽く突き飛ばした。

 その間に、部長が追いついて来た。

 長い足に物を言わせて、階段を6段飛ばしして、あたしの前に出た。

 止まれず、あたしは部長に衝突した。


 部長はヨロッともしなかった。

 じつは身長差が30cmある。

 あたしなんか子供と同じだ。


 「逃げずに文句くらい言ったらいいよ。 カレシだろ?」

 階段の上にいるミントを見上げて、部長が言った。

 あたしはうなずき、そのあと首を振った。

 実際、もうどんな関係かわからなくなっている。

 

 「こんなサルとじゃ、もったいないな」

 部長の言葉に、ミントが血相を変えた。

 「おい!誰がサルだよ?」

 「だって、同級生だろ?

  中学出たてじゃ、童貞か、童貞プラスアルファ1、ってとこだろう」

 「ぶ、部長!」

 「キンギョちゃん、覚えたてのオトコなんてサルと一緒だよ。

  相手の気持ちや都合より、やりたいばっかりなんだ。

  性欲処理機にされるのがオチだと思うよ。

  どうしてもって言うんなら、2年ぐらい待って、ちょっと枯れたころにするのがいいよ」


 うわあ、部長スゴイ。

 台詞もすごいけど、この口調が。

 定期公演の説明の時と、全然変わらない!

 感情のギアがどのへんにはいってるのか、さっぱりわからない!


 「てめえ! ふざけんなよ」

 ミントは階段を駆け下り、部長の胸倉をつかもうとした。

 でも出来なかった。

 自分の方が、ずいぶん体が小さい事に気付いたからだ。


 「ネギちゃあん、もういいよ、行こうよ」

 階段の上から、ユルミが呼んだ。


 あたしはあきれて物が言えなくなった。

 もういいよ、ってなんなんだ!

 部長が言った言葉を許すってこと?

 確かに、間接的に失礼な事、言ったよね。

 ユルミは「もったいなくない女」で「性欲処理機」だって。

 モロじゃないけど、遠まわしに言ったよね。

 その暴言を許すからもういいよ?

 ナニ考えてる、この女!


 お前だろ?

 そもそも全ての元凶は、お前だろ、ユルミ!

 普通は、あたしの顔見た時点で、ヤバイとか感じるだろ?

 なのにユルミは笑ってる。

 へらへらと、小学生の時と変わらない表情で。

 あたしと目が合ったら、エヘヘと照れたように舌を出す。


 ゾッとした。

 ほんとに心底、肝が冷えた。

 この女絶対、まともじゃない。




 次の日、ミントは学校に来なかった。

 さんざん文句言ってやろうと待ち構えてたのに、拍子抜け。

 もしかして、それがいやで逃げたかな。

 なんかもう、どうでもよくなってきた。

 こんなヤツにかまっていても、しょうがないって感じ。




 合唱部の方は、もっと深刻なことになっていた。

 あたしが音楽室に入っていくと、女子のおしゃべりがピタリと止んだ。

 そのあと、あきらかにヒソヒソと悪口が始まる。

 これ、なんなの?

 みんながあたしに敵意を持ってるのがわかる。

 

 「はい、発声始めるよ。 並んで!」

 緑川部長が前に出て指示し、みんな立ち上がった。

 

 ソプラノのいつもの場所に立とうとしたら、空いてない。

 隣に入ろうとしたら、詰められる。

 仕方なく端っこに出ようとしたら、足を踏まれた。

 「部長の横で歌えば?」

 同級生の脇田が、くすくす笑った。


 「かなをさん、どうした?そこでいいよ。

  ほらみんな、開いて開いて」

 部長が、あたしを中に入れようとしてくれた。

 ピー!

 

 キーボードのミ♭が鳴り出した。

 一瞬、怯えた顔したあとで、女子はみんな下を向いてにやにや笑い出した。

 「やっぱりねえ」

 「お盛んだから」

 「ゆきな先輩も怒るよね」


 あたしと部長、噂になってる?

 キーボードの呪いって、まさかこれじゃないでしょうね!


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