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夜間特別練習

 「はい、もしもし、烏帽子ですけど」

 「チヤさんですね。

  あたし、あやです。わかりますか?」


 あたしの名を聞いて、チヤさんが急に緊張したのがわかった。

 「‥‥なんなの?」

 低い声で、露骨にいやそうな聞き方。


 「れんさん、そこに来てませんか?」

 まずストレートに聞いた。

 「なんでうちに廉がいなくちゃいけないわけ」

 「いないんですか?じゃあ、デマなんですね!」

 「デマ?」

 「あたし、今、爆発事故のことで警察に行ってきたんです。

  そしたら、れんさんのことで大騒ぎしてるんです。

  知ってます?れんさん、爆発事故の時から行方不明なので、死亡扱いスレスレなんですよ。

  れんさんが、チヤさんちに監禁されてるって情報が入ったんだそうです」


 「だれがそんな情報」

 「目撃したって人から通報があったみたいです。

  今から踏み込むって言ってるからビックリして。

  れんさん、もしかして自分の意志でそこにいるんだったら困るじゃない?

  警察情報では、拉致監禁ですって。

  ポーチの指紋とかも取ってましたよ。

  もし、れんさんがいるんだったら、今のうちに家に帰ってもらったほうがいいですよ」


 「ふん、でたらめ言うんじゃないわ。

  廉を帰して欲しくて、作り事を言ってるんでしょ」

 チヤさんはだまされなかった。

 「信じなくてもいいです、どうせれんさんはいないんでしょ」

 「いないわ」

 「さっきまでいたってのも、なしですよね」

 「ないわ」

 「安心しました。

  今、近所をボランティア団体か何かが大勢で回ってるらしいんです。

  警察はそれに紛れて捜査員を家に潜入させるって」


 「ボランティア?」

 「でも、誰が入って調べても、いないんだから問題ないですよね」

 「ま、待って。どういうボランティアなの?」

 「なんか良くわかんないんですけど、庭先で歌うみたいですよ。

  でも、とにかくいないんだったら、良く見て納得してもらう方が後々いいですよね」


 

 「全員、整列」

 小さな声で、部長が言った。

 チヤさんちから、3軒向こう。

 門柱の外に、みんなで並んだ。


 「私服で集合」の連絡で集まった男子部員は、14名ほど。

 テノール9名、バス5名。

 バランスを合わせるために、テノールから2名、工作員を選んだ。

 門柱の前をさっと横切ったり、携帯をかけたりして、怪しい動きをしていて貰う。


 「グリーナンバー2番、“アヴェ・マリア”」

 部長がお馴染みのチューニング笛を鳴らす。

 指揮代わりに指を4回鳴らす。

 公演会演目で、今一番完成度が高いと言われている、男声パートだけの3部合唱が始まった。


 「なんの騒ぎなの、これは」

 主婦らしい女性が玄関から出て来た。

 合唱する1ダースの男子学生を見て、ぽかんと口を開ける。


 部長は歌をハミングに切り替えさせた。

 それをバックに、口上を述べ始める。


 「こんばんは。お騒がせして申し訳ありません。

  我々は南高合唱部です。

  毎年、9月に定期公演を行っております。

  その宣伝を兼ねて、ただいま恒例のゲリラ特別練習を実施中です。

  これは、度胸付けのために、路上ライブや家庭訪問を行う練習です。

  本日は5時から7時まで、この地域を回らせて頂いております。

  ご迷惑とは存じますが、1曲だけお付き合い下さい」


 ハミングを歌声に戻して、また合唱が始まる。

 全国大会レベルの歌声は、この人数でもなかなか聞き応えがある。

 初めはいぶかしげにしていた主婦も、そのうち感心して聞きほれている様子になる。

 他の家族も、何事かと顔を出す。

 終わると、全員が拍手をくれた。


 2軒目の家では、クリスマスの慰問会で歌った「グローリア」を。

 3軒めでは本格ゴスペルを、なんと緑川部長のソロ入りでやった。

 チヤさんちの裏口を張り込んでるあたしにも、歌声は良く聞こえた。

 胸にこたえる歌だった。


 今夜来てくれたメンバーは、ほとんどが3年生。

 部長の人徳で集まったと言っていいと思う。

 詳しい話をどれだけする暇もなかった。

 こうして脅しをかけて、チヤさんがれんさんを解放してくれるのを待つことしか、思いつかなかった。


 この歌の重みは、あたしの恋の罪の重み。

 チヤさんも感じて欲しい。

 泣きたくなるほど美しいハーモニーだった。


 4軒目がチヤさんち。

 口上が始まる直前だった。

 裏口をそっと開いて、れんさんが出て来た。

 あたしの姿を見て、驚いて声も出せない。


 思わず抱きついて、ほお擦りをした。

 生きててくれたことに感謝をこめて、小さくキスをした。

 あとで思えば、この短いキスが、れんさんとの最後のキスだった。


 

 監禁は、チヤさんがミミさんと結託して始めたらしい。

 せめて二人以外の、他の女とは手を切らせようという話だった。

 ちょうど、両親が不在の数日だったことも、勢いになってしまった。

 拉致の実行犯は、想像通りリロイとスティーヴ。


 その場のノリで決めたらしく、計画はずさんだった。

 れんさんの携帯を捨ててきたことが仇になった。

 他の女と手を切らせようにも、連絡先がわからないのでその場で出来ないのだ。

 何人かの番号はそらんじていたかも知れないが。

 それをれんさんが言う筈はなかった。


 誘拐は、終末の見えない展開となった。

 ミミさんは、さっさと家に帰ってしまった。

 チヤさんは途方に暮れた。

 リロイとスティーヴは、れんさんとやらせろとしつこく言ってくる。

 そんな気はさらさらない!

 でも、彼らに何にもうまみを与えないと、造反されたらこわい。

 解放のきっかけを欲しがっていたのは、チヤさん本人だったろう。



 近所のスーパーの駐車場で、全員集合した。

 れんさんは合唱部の人たちに頭を下げ、救出のお礼を言った。

 それから部長に迷惑をかけたお詫びを言った。

 すると、部長はいきなりれんさんの胸倉をつかんだ。

 片手のまま、思いがけない力で上に吊り上げた。


 「ぶ、部長!」

 あたしは、部長の空いている右手を捕まえた。

 れんさんを殴る気かと思ったからだ。

 でもそうではなかった。

 部長はれんさんに顔を寄せ、ドスのきいた声でこう言った。


 「いいか、あんたにも1回だけ忠告するぞ。

  女を一人に絞れ。

  それが出来ないなら、誰にも触るんじゃない。

  こんなことは、高校生のガキにだってわかってるんだ!」


 れんさんは動揺を抑えて、部長の目を睨み返した。

 「その一人があやちゃんでも、あんた文句ないのか?」

 「ないね」

 「わかった」


 部長はれんさんから手を離し、あたしを振り返った。

 「手を握ってくれて嬉しいが、殴るのは好きじゃない。

  カラダを鍛えてるのは、声量を確保するためで、誰かに勝つためじゃない」

 そのまま、部長は回れ右をした。

 「よし、解散だ。

  みんな、今夜はありがとう。気をつけて帰ってくれ」


 どやどやと人影が去っていった。

 れんさんと、二人で残った。

 少し気まずい感じがした。

 文句も言ってやりたい。

 でも、もっと大事なことをたくさん言わなきゃならなかった。


 「エムさんに連絡が取れないかしら。

  あなたの行方不明事件からこっち、どうにも電話が通じないのよ」


 ああ、あたし、なんでいの一番にこの話題を選んだんだろう。

 あたしの最大のミス。

 この一言で、れんさんはあたしの手の届かないトコへ行ってしまったのだ。

 

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