事故
「他の子のことは考えられない。
このまま帰したくない。ずっと一緒にいたい」
これって、愛の言葉だよね。
もしかして、あたし、やった?
れんさんのこと‥‥オトした?
リーサル・ウェポン効果あり?
喜びと同時に、不安もこみ上げる。
「れんさん、みんなに同じこと言ってるんじゃないんですか?」
「なんてこと言うんだ!
僕は自分でも、不実な男だと思うけどね。
この口で嘘をついたことはないんだ」
‥‥嘘もつかずに女を泣かすから不実って言うんだよ。
あたしの心は、一生懸命喜びをセーブしていた。
後々がっかりして傷つくことがないように、予防線を張っている。
「まだ疑ってるねえ。
どうやったら信じてくれるの?」
れんさんは、途方に暮れたように首をかしげた。
「今すぐでなくちゃ、ダメですか?
今の言葉が正しいかどうかは、時間が経てばわかるじゃないですか。
あたしだけと言うのなら、他の人はだんだん淘汰されてくでしょ?」
「時間をかけて証明しろって言うのか。
頭のいい子だね、ほんとに。
わかった。努力するよ」
れんさんはそう言って、あたしのおでこにキスをした。
あたしを通りの向こうまで送って、れんさんは地下道に戻って行った。
姿が見えなくなってから、ズシンと来る感情に気がついた。
れんさんが、あたしのものになった。
あたし、やったんだ。頑張ったんだ。
じわじわと喜びが湧いて来た。
気がつくと、全身がふるふる震えていた。
ちょっぴり涙も浮かんでいる。
あたしって馬鹿だ。
こんなに嬉しかったのに、今まで気付かず突っ張って、れんさんの前で可愛げのないこと言った。
バッグのポケットで、携帯が鳴った。
「おはよう!うまく行った?」
エムさんが元気な声で聞いてきた。
そう言えば、またあとで連絡してねと言われてたんだった。
「たった今、送って貰ったところです。
れんさん、優しかったですよ」
あたしは歩きながら、れんさんの言葉を伝えて聞いた。
「あたしだけに絞りたいようなこと言うんです。
本気で言ってると思いますか?」
「そうね、嘘はつかないわ、基本的にはね。
実行しきるかどうかは疑問だけどね。
その台詞は、私は言われたことないわ。
少しは廉も反省したってことかしら」
「成功したってことですか?
あたし、れんさんの本妻を、ちゃんと継げたってことでしょうか?」
「そう思うわ。
でも、大変なのはこれからよ。
廉の愛情は、強烈で面倒くさいわよ。
まず、1日最低4本は電話が入るから。
まあ、時間に縛られる覚悟はしときなさいね」
「はあ?
なんですか、その4本の電話は」
「まず朝起きると、おはよう、今日の予定は?ってかかるのね。
で、夜寝る前に、お休みコールがかかって、2本は普通でしょ」
「あ、あと2本は何ですか?」
「デートする日は、予定の確認やどこに行きたいかの相談で。
デートのない日は、寂しいからいつ会えるかの相談で、これで1本。
残りの1本は、浮気の報告よ」
なんですと?
「浮気の報告、毎日ですかぁ?」
「ほぼそんなもんよ。
君に会いたい、好きだ好きだって電話と、他の子が気になって悩んでるって電話と。
同じ熱心さで、あや織りになってかかってくるわよ。
要するに常識的な神経のオトコじゃないのよ、ホント」
ウザい。
いや、それ以前に殴りたい。
「ちなみに、電話じゃなくメールじゃできないもんですかね?」
「やってごらんなさいよ。
ものすごく長い文章を4〜5通やりとりしたあげく、
『やっぱり声が聞きたくて』って電話で締めるから」
「うへえ」
やる前から、降板したくなって来た。
「つまりは、寂しがりが度を越したヤツなのよ。
私はあいつと別れてから、こんなに時間が余っていいのかって思うもの。
頑張って子守してね、あやちゃん」
「そ、そんなあ」
話しながら歩いてるあたしの足下。
‥‥ゆらりと揺らいだような気がした。
次の瞬間。
ドン!という轟音が空気をつんざいて響き渡った。
思わず首をすくめて、叫び声を上げた。
音は何度もこだまして、異様な雰囲気で町を揺るがした。
あたしが来た方向から聞こえた気がした。
「今の音、なに?」
携帯の中でエムさんが叫んでる。
あたしは振り返って、愕然とした。
バス通りの方から、大きな白煙が立ち昇るのが見えたのだ。
歩道を歩いていた中学生達が、なんだなんだと走り始める。
サイレンが響き出す。
救急車?消防車?パトカー?
たくさんすぎてわからない。
「スゲエ!ガス爆発だってよ!
バス通りで工事やってたじゃんか。
あれでガス管突き破ったんだろって。
地下道がごっそり崩れてなくなってら!」
中学生が戻って来て、仲間に報告している。
あたしは駆け出した。
地下道って‥‥。れんさんが戻って行った‥‥?
まさか。
あれから時間経ってるもの、もう抜けてたよね?
バス通りは大変な騒ぎになっていた。
人垣で前が見えない。
現場なんて少しも見えやしない!
「下がって!下がって!
この縄より入っちゃダメだよ、もっと下がって!」
警官が、危険区域から野次馬を追い出そうと躍起になっている。
「まだガスが出てるんです!
もう一度爆発する恐れもありますから。
近寄らないで下さい、危険ですから!」
レスキューの人も、作業の合い間に叫んでいる。
「エムさん、どうしよう。確認できないです」
あたしは携帯に話しかけることで、辛うじて動揺を抑えてる。
「彼の携帯にかけましょう。
一旦電話を切るわよ」
エムさんが言って、通話がオフになった。
れんさんの携帯に電話した。
出ない。
出ない!出ない!出ない!
待って、あわてるにはまだ早い。
運転中かも知れないじゃないか。
車があるかどうかも確かめたかったが、近づけそうもない。
そうこうしているうちに、瓦礫を運び出す作業が始まった。
数十分後。
人ごみの前を、担架が何台か通った。
「見せてください!知り合いかも知れないんです!
お願い!見せて!見せて!」
泣き叫んで、前列に出して貰った。
作業服を着た人が、続けざまに3人。
工事現場の作業員だ。
意識がある人が二人、残る一人は動かなかった。
あたしはとりあえず、全身の力を抜いて息をついた。
ところが、続いて大変な物が上がって来た。
泥だらけだが、見覚えのある形の物。
ウェストポーチだ。
やだ。違うよ。
まさか。そんなのありえない。
あたしはもう一度、携帯に電話した。
れんさんが出てくれることを祈りながら。
泥だらけのウェストポーチが歌い出した。
運んでいた職員が、オッと声を上げてポーチを開いた。
とてもよく知っている携帯が取り出された。
あたしは悲鳴を上げた。