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一夜限りの夢

 予想したことと、全然違った。

 トロトロって‥‥。

 トロトロって‥‥。

 こういうことだったんだ。


 言ってみればそれは、砂上の楼閣だった。

 肉体の快感を得るために、あたしはまず、恥辱という名の砂の上に立たなければならなかった。

 その不安定な砂の上に楼閣を築くのは、あたし一人の仕事だった。

 あたしはここを相手にやってもらえるものと思い込んでいたのだ。

 パートナーにも仕事はあった。

 あたしに、建材を渡すことだ。

 この材料だけは、相手しか持ってないものなのだ。


 あたしは、れんさんが渡してくれる建材を使って、砂の上に楼閣を築かなければならなかった。

 でも、れんさんからはあたしも地面も見えないのだ。

 柱がばらばらでも、板の長さが足りなくても、彼にはわからない。

 右手で柱を支えてるのに、左手に屋根瓦を渡されたってどうしようもないし。

 状況を伝え、タイミングを計る努力をしなければならない。

 でないとあたしは、いつまでも吹きさらしの砂の上で立ち尽くすことになる。


 れんさんは繰り返し、あのハスキーボイスであたしに要求した。

 「声を出して。言葉で言って。合図でもいい。

  僕に伝えて、あやちゃん」

 それがれんさんのやり方だった。

 

 初心者のあたしには、快感を認識するだけでもえらいことだ。

 それを相手に伝えろだなんて。

 若葉マークでF1レース走れ!と言われたに等しかった。


 何もない砂の上に一人で立っていると、ただ恥ずかしいばかりだ。

 これを楽しむなんて狂気の沙汰だ。

 そう、いつもこの気分になるから、泣いてしまうんだ。

 「二人でするんだよ」

 れんさんの声がした。

 目を開けると、れんさんが上からまっすぐあたしの目を見ていた。

 「二人でするんだ。僕がして君が受け取るんじゃない。

  君が君を気持ちよくするんだろ?」

 「あたしが、あたしを、気持ちよくする?」

 「それを僕にくれればいい」


 言葉の意味はわからなかった。

 でも、伝わってくるものがあった。

 あたしは、自分のカラダの中から、自分で探さなければならないのだ。

 自分自身で。


 実際は、大げさな合図なんて必要なかった。

 もともと、れんさんのことだから、さほど見当違いな材料は渡して来ない。

 あたしが感受性をアップして受信に集中没頭するだけで、カラダは自然に反応した。

 あたしはその反応を隠そうとしないだけでよかった。

 それに気付いてからは早かった。

 わずかな動きや溜め息を頼りに、れんさんはあたしの核に辿りついた。


 本当に、泣いてもやめてくれなかった。

 楼閣と呼ぶにはおこがましいけど、砂の上に、あずまやくらいは建立できた。

 それから先は、何をしてもトロトロだった。


 れんさんを犯罪者にしてしまった。

 夜明けにはまだ間のある時間に一度ブレイクして頭を冷やした。

 まだ何が変わったのかはわからない。

 一つだけわかったのは、やっぱりあたしってバージンじゃなかったんだ、ということだった。


 「少し眠る?」

 聞かれて、あたしは首を振る。

 眠くなんてなりそうにない。

 

 腕枕でとりとめのない会話。

 映画で見て、ちょっと憧れていた。

 でも実際にやると、意外に気恥ずかしく落ち着かない。

 あたしは満足感にあふれて時を満喫できるタイプじゃないらしい。

 幸せなのか、そうでないのか、カラダが満たされても決められない。


 部長の予想したとおり、れんさんは聞けばなんでも答えてくれた。

 チヤさんとどこで知り合ったのか教えて貰った。

 「夏休みに海の家でバイトした時にね、向こうが客で来たんだ。

  リロイの通訳でね」

 「リロイ?」

 「リチャードって、ほら、この間のでかい黒人」

 「れんさんにキスした?」

 「そうそう」

 「何者なの?」

 「チヤさんの自宅にホームステイしてる学生だ。

  あれで僕と同い年だよ。怖いだろう?」

 

 「チヤさんは年上でしょう?」

 「2つ上になる。

  英文科の3年なんだけど、もともと帰国子女でペラペラなんだ。

  でも彼女、実はリロイじゃなくて、もう一人の学生が目当てで、通訳を引き受けたんだってさ」

 「北欧系の白人でしょ?」

 「よくわかるね。

  でも、リロイもそのスティーヴって男も、女に興味がなかったから、彼女ふてくされてたんだ」

 で、れんさんに宗旨替えしたのか。

 わかりやすい面食いだな、チヤさん。

 で、リロイにれんさん横取りされてちゃ世話ないわ。


 「チヤさんともこんなことしてるの?」

 思い切って聞いてみた。

 どれだけオープンにする気があるのか知りたかったのだ。

 「向こうがどんどんリードするんでついていくのがやっとだよ」

 れんさんはあっさり言って、苦笑した。

 「彼女の頭の中は、完全に欧米方式なんだ。

  ベッドでもあれしろこれしろとか、そこだのそこじゃないとか」

 「ムッとしない?」

 「そうでもないよ。具体的なほうが助かるよ」

 あたしにゃとても無理だ。


 胸がズキンと痛んだ。

 これは嫉妬のせいなんだろうか?

 チヤさんが、れんさんとベッドにいるとこ、想像してしまった。

 熱いのか冷たいのかわからない炎が、胸の中で燃えてる。

 エムさんは、この痛みをどうやって越えてきたんだろうか。

 これに耐えてれば、あたしはれんさんの一番になれるんだろうか?


 

 この部屋は、わずかに朝日が感知できた。

 窓を隠してあるプラスチックの壁板から、ブルーの朝日が部屋に差し込んだ。

 ベッドの上に、青いステンドグラスみたいな模様が刻印された。

 「きれい」

 あたしは起き上がって、それを指や腕に映して遊んだ。


 それを見ていたれんさんが、いきなりあたしを押し倒してキスした。

 「あやちゃん、あんまり可愛いことするから‥‥」

 夜が明けたって言うのに。

 もう一軒、家を建てろってか。


 

 結局、10時のチェックアウトぎりぎりまで使ってしまった。

 「今日は部活があるの?」

 れんさんが聞いた。

 「うん。昼からだけど」

 「5時には終わる?」

 「終わります」

 「じゃあ待ってよう」

 あたしは、れんさんの顔を見直した。


 朝別れて、夕方また会おうなんて、この人の行動としては意外な気がしたのだ。

 部屋を出る際まで、あたしのことを何度も抱き寄せたり、触ったりするのも意外だった。

 「ちょっとうっとうしいほど甘えてくるわよ」

 エムさんが言ってたのは、これかな?


 車で家まで送ってもらうのは、ちょっとまずいと思って断った。

 だって、尾谷ちゃんの家に行ったことになってるんだ。

 家の近くのバス停で下ろして貰うことにした。

 ところが、その手前で工事中の看板に阻まれた。


 れんさんは、車を反対側の道路に路上駐車して、あたしと一緒に降りた。

 「え?ここでいいです。

  れんさん、行っていいんですよ?」

 「ちょっと一緒に歩こう」

 「ちょっとって、家に着いちゃいます」

 「地下道を抜けるまで一緒に行くだけだから」

 バス通りを渡るのに、結構長い地下道がある。

 物騒と言うほどではないけど、確かに少し寂しいところだ。

 れんさんはあたしの手を握って、寄り添って歩いてくれた。

 本当に甘甘だな。


 「あやちゃん、僕はちょっと、変な気持ちになってる」

 地下道の暗がりの中で、れんさんは改まった声を出した。

 「エムのことも、チヤさんのことも、他の子のことも、今少しも考えたくないんだ。

  この手を離して、君が家に帰ってしまうのがいやだ」

 「れんさん」

 これって、愛の言葉?

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