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セカンド・バージン

 今夜のシーツの色はブルー。

 ベッドの脇を、なんと滝が流れている。

 水音を聞きながら、ベッドへもつれ込んだ。

 唇をむさぼるキス。

 部屋へ入るなり、始まってしまった。


 もともとあたしが仕掛けたんだ、けど。

 待って。待って。

 これじゃいけない気がするの。

 いきなりカラダを落として終わったら、ユルミと一緒。

 そのまま、次の日サワヤカに別れて、振り出しに戻る。

 

 携帯が何度も鳴っている。

 テーブルに放り出した、れんさんのウェストポーチの中だ。

 そろそろみんなも動き出したんだ。

 あたしが一番近くにいる。

 なのに、一番遠くに感じるのは何故だろう?


 「れんさん。

  チヤさんのメールは、今返してあげて‥‥」

 あたしの服を取り去ることに集中してるれんさんに囁いた。

 キスから解放されたばかりの唇から出た声は、少し上ずっていた。


 れんさんは意外そうな表情であたしの目を見た。

 「チヤさんのメール?」

 「はい」

 「なんでチヤさんから来てるとわかる?」

 「あの人が一番、競争心が強いから。

  負けが混むのが嫌いなんです。

  あたしといること、悟られないようにすぐにメールしてあげて」


 れんさんは眉をひそめた。

 「あやちゃんがどうしてチヤさんの味方をするの?」

 「れんさんの味方をしてるんです。

  今日集まった人たちは、みんなれんさんを本当に理解したかった人たちなんです。

  エムさんはね。その人たちに、れんさんのはただの浮気じゃないんだって、わかってもらおうとしたんです。

  すごくカッコよかった」


 れんさんは体を起こして、ベッドへ座り込んだ。

 あたしも半身を起こした。

 「驚いたな。エムのことも誉めるのか」

 「エムさん、ステキですもん。

  れんさんを馬鹿になんかしてないよ。みんなもそうだよ。

  わかってあげてください」


 れんさんは立ち上がって、ポーチから携帯を取り出した。

 開いてみて、うーんとうなった。

 「ほんとにチヤさんが一番だよ」

 あたしは横からのぞき込んで笑った。

 「セーノで解散したでしょう?

  チヤさん、みんなの隙を見て、店に戻るつもりみたいに見えたんです。

  あたしが先に戻っちゃったけど」

 

 「じゃあ、僕があやちゃんといるのはバレてるだろう?」

 「だから、このメールは確認なんです。

  2〜3時間して、あたしと落ち着いちゃってからゆっくりメールしたら、彼女は負けたと思うでしょう」

 「そしたらどうなるの?」

 「プライドが高い人ですから」

 「手を引く?」

 「‥‥かどうかはわかりません。

  それだけのくだらないオトコよ、って言うのはアリですかね」

 

 れんさんは、溜め息とともに、感嘆の声を漏らした。

 「あやちゃん‥‥君はいったいいくつなんだ?」

 そう言わせるのが目的だった。

 そのために、エムさんから他の人たちの情報も仕込んで来たのだ。


 「いいから、早くメールして。

  そのあと、他の人たちにも打ってあげてくださいね。

  みんないい人たちだったわ」

 あたしは立ち上がって、シャワーを浴びるねと告げた。


 脱衣室は半透明のガラスで、逃げ込むところが無かった。

 浴室は、壁面一つがまるまる鏡張りだ。

 こないだひとりラブホしたから知ってるんだ。

 こういうとこの鏡は、外から見たら素通しだ。

 ベッドルームの男性から、女性のシャワーの様子が観察できるようになっている。

 恥ずかしいけど、脱がずにいるとまた不自然だよね。

 ゆっくりお湯を出しながら、踊り狂う心臓をなだめてすかして疲れ果てる。


 とにかく、ブレイクタイムが取れた。

 ユルミ式に、えっちオンリーでなだれ込むのは回避できた。

 あとはれんさんに主導権を返した方がいい。

 あたしのペースでずっと進んだら、プライドが傷つくだろう。

 あたしはガキだし、バージンみたいなモンで、れんさんにしたら、楽に牛耳れる相手だったはずだから。


 せいぜい可愛く見せておこうと思って、ミラーに大きくハートを描いた。

 あたしから彼は見えないけど、向こうからは見えてるはずだ。

 

 これから何が起こるかはわかってる。

 それがあたしたちの関係をどう変えるかはわからない。

 とても大きな賭けだから、あらゆる布石は惜しむまい。


 ここに至って、あたしは兄貴に感謝した。

 あたしからバージンを奪い取ってくれた、ケダモノスイッチに感謝した。

 もしもあたしがバージンだったら、怖くてここまで来られなかった。

 逆にセックスの記憶が残っていたら、ユルミ方式で流されて終わってた。

 中途半端なあたしの意識。

 カラダと心の経験値のズレ。

 それがあたしの最終兵器だ。


 意識の片隅が無垢なまま、あたしは半分魔女になる。


 

 れんさんがメールを打ち終わる前に、バスルームを出ることに成功した。

 バスタオルを巻いただけの姿は、ピアノ下着とは別の意味で恥ずかしかった。

 そっと彼の後ろを通って、ベッドにスルリと潜り込む。

 「あ。こら。」

 れんさんが笑いながら立ち上がった。

 

 「なんでこそこそするんだ?」

 「恥ずかしいから‥‥。

  れんさん、メール終わったんですか?」

 「あと一人」

 「誰?」

 「フーコ」

 「彼女は、あとからでも大丈夫ですよ」

 「ほんと?」

 「きっと気付かないふりしてくれますよ」


 れんさんは、携帯を置いて立ち上がり、あたしの枕元に座った。

 「すごいな。女同士って、みんなそう?

  僕にはさっぱりわからない」

 「れんさんを好きな人が何を考えるかは、わかります」

 「同好の士だから?」

 「いいえ。危険分子だからです」


 ぽかんと口を開けたれんさんのあきれ顔が、元に戻るまでに数秒かかった。

 「参った」

 笑いながら、彼はあたしを抱き締めた。

 毛布をめくった途端、彼の手のひらが、一瞬であたしの体の輪郭をなぞるのを感じた。

 バスタオルを外す瞬間が一番恥ずかしくて涙が出そうだった。


 「れんさん、お願い‥‥」

 「明かりを消す?」

 あたしは首を振り、ぎゅっと目をつぶった。

 消え入りそうな声しか出なかった。

 「あたしが泣いても、今日はやめないで‥‥」


 リーサル・ウェポンを投下する。

 効果は不明。使い捨て。

 鬼が出るか、蛇が出るか。


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