全弾投入
「れ、廉‥‥」
エムさんの声がかすれて、荒い呼吸に消された。
「これは何の集まりか、説明してくれるか?エム」
れんさんの声は低く、言葉はゆっくりだった。
だのに少しもあたしの子宮に響かなかった。
エムさんは腹をくくったらしく、れんさんに自分から歩み寄った。
「私が勝手に声かけて、来てもらったの。
最後にみんなの顔が見たかったのよ。
間接的とは言え、1年間ずっと気にかけてた人たちなの。
お別れぐらいは言わせて欲しいわ」
「確かに、君には力になってもらった。
でもここの子たちは、僕の関係者であって君のじゃない。
わざわざ内緒で集めるなんて、エムは僕を馬鹿にしてるのか?」
「こういう時だけ、常識論を振りかざさないで。
あなたの非常識に、ひとことの文句も言わずに付き合ってきたのよ。
何度彼女らのために、誕生プレゼントやデートコースの相談にのったかしら?
殺してやろうかと思ったわよ!」
「いやならいやといったらいい」
「自分で気付いてないとは言わせないわよ。
あなたは、全部を許す人しか、カノジョとは呼ばないじゃない。
私は廉の特別になりたかったの。
みんなと一緒じゃいやなの。
たった一人になりたかったの!」
れんさんは、うんざりした顔で首を振った。
「言ってる意味がわからない。
エムの言うことは、いつも直感的すぎて、僕にはわからない」
「そんなの、あなただけよ。
誰だってわかってるわ、人のせいにしないでよ!
わたし、1年間あなたが大好きだったけどね‥‥」
エムさんはつかつかとれんさんに歩み寄って、
「同じくらい目いっぱい憎かったわ!殺してやりたい!」
言うが早いか、れんさんの頬を激しくひっぱたいた。
「死んじゃえ!広瀬 廉!」
「やめて‥‥」
サラちゃんが泣き出した。
エムさんは、きびすを返してれんさんから離れ、サラちゃんの肩を叩いた。
「ごめんごめん。
さあみんな、お開きよ!
車を出すから、すぐそこのバス停よりも遠い人は一緒に乗って。
はい荷物忘れないで。はい、これは誰の?出るわよ!」
全員を促して、エムさんは店を出て行った。
呆然と椅子に座りこんだ、れんさんを残して‥‥。
「待って、エムさん。あれじゃ‥‥」
追いかけて、エムさんに意見しようとしたら、
「あやちゃんは来ないで。店に戻って」
あたしに背を向けたまま、エムさんはビシリと言った。
「1時間で戻るから、それまでに廉とどこかに消えて」
「エムさん‥‥」
「廉を、よろしくね‥‥」
エムさんの声が震えていた。
肩も小刻みに震えていた。
「でも‥‥」
あたしは、反対しようと口を開いた。
まさか今日、いきなりこんなことになるなんて思ってなかった。
心の準備が出来てない。
その瞬間、射るような視線があたしに注がれているのに気付いた。
見ている。
チヤさんが。フーコさんが。
ミミさんが。サラちゃんが。
ユルミが。店長が。
全員が、今この時なら、れんさんがフリーだと知っている。
あたしが躊躇するなら、自分が行こうと思っている。
多分この中のほとんどが、一人になった途端、れんさんにメールを送るだろう。
時間はほんとに僅かしかない。
あたしは足を止めた。
ゆっくりと、エムさんに向かって一礼し、回れ右をして駆け出した。
店に戻ると、れんさんは一人でグラスの水を飲んでいた。
意気消沈しているのが手に取るようにわかった。
エムさんに引っぱたかれた左の頬がしっかり赤くなっている。
あたしをチラリと見て、すぐに目を伏せた。
「あやちゃんも帰っていいよ。
バスが10時でなくなるから、早くした方がいい」
れんさんがそっけない声を出した。
あたしは携帯を取り出して、家に電話をかけた。
「もしもし、母さん?
うん、まだ尾谷ちゃんち。
それが盛り上がっちゃって、泊まろうって話になってるんだけど、ダメ?
大丈夫よォ。うん。お布団貸して貰うから。
だって、オジサンもオバサンもいないんだよ。
うん。うん。わかってる。
はあい。おやすみなさい」
れんさんは驚いた表情であたしを見ていた。
あたしもエムさんと同じで、親をごまかして出てきている。
同じごまかすなら、重ねても同じだ。
携帯を閉じて、近寄った。
「れんさん、ここ出ましょう。
あたしが付き合うから、どっか行こう。
れんさんの行きたいとこ、どこでも連れてってください」
「あやちゃん‥‥」
「あたしが泣いてた時、朝まで付き合ってくれたじゃないですか。
今夜は恩返ししますよ。
さあ、言ってください。何がして欲しいですか?」
言いながら、内心で首をすくめた。
あたし、ずるくなった。
オトコをだますようになった。
れんさんがあの晩、あたしにくれたのと同じ台詞。
でも、女のあたしが言うと、意味が違ってくるのを承知して使った。
「何がして欲しい?」は、「なんでもするよ」の意味。
女の子が言うと、「抱いてもいいよ」と聞こえるだろう。
こうやって網を張っていく。
思いつく罠は、全部仕掛ける。
今夜は千載一遇のチャンスなんだもの。
弾丸を惜しむわけに行かないの。
急がないと、誰かのメールに惑わされそう。
座ったままの彼の肩に、腕を回して抱きついた。
「あたしはれんさんを殺したくはならないから。
全部話してくれていいです。
エムさんのことも、他の人のことも。
あたしが全部、聞きますから。」
そんなことが出来るかどうかは、自分でも自信がない。
いつかみたいに、憎くてたまらなくなる日が来るのは目に見えてる。
だけどあたしの持ち弾丸はそう多くない。
必要ならば、ウソもつくよ。
なんでも使えるものは使わなきゃ。
ほら、れんさんが立ち上がった。
その腕の下に、するりと入り込んで抱きしめる。
唇で誘う。舌で誘導する。
れんさんに教わったレッスン課題の活用。
展開して、応用もする。
その先はここじゃダメだよ。
来て。来て。来て。来て。
今一番大事なことをしに行こう。