偏見
「合唱コンクール本選では、惜しくも上位入賞を逃し、2校同着4位という結果でした。
このたびの敗因は、曲が練れてなかったという一点にある。
というのが、手元に配った審査評から読み取れると思います。
次年度はこれを踏まえて、早めに取り掛かって充分練ったものを持って行けるように。
さて、9月の定期公演、11月のコーラスフェスティバルと、行事予定が目白押しです。
欠席しないように体調に気をつけて、一つ一つ完成させていきましょう。
では、解散!」
「ありがとうございました!」
どこか体育会系っぽくミーティングを締めくくった部長は、早足であたしのところにやって来た。
「キンギョちゃん!
どうして電話に出てくれないんだ?
あのあと、大丈夫だったのか?」
「はい、なんともないです」
「こら!ちゃんと顔を見せろ!」
部長は人目もはばからず、あたしの肩をつかんで、自分の方へ向き直らせた。
「夕べ寝てないだろう。声も出てなかった」
「すみません。今夜はちゃんと寝ます。
体調管理に気をつけて、アカペラ完成させます」
「そういうことじゃない!」
部長は子供にするように、あたしの前でしゃがんで顔をのぞき込んだ。
自分の身長を持て余している。
心も同じように持て余してる。
「ちゃんと相談してくれ、頼むから。
お兄さんとの話し合いの内容を教えてくれるか?」
「部長、昨日のことは忘れてください」
あたしは、以前と同じ台詞を持ち出した。
「無理だ。忘れる訳にはいかん」
「部長に覚えていられると、つらいです。
あたし全然覚えてないんです。
それでチャラにして前を見たいんです」
言葉が継げなくなり、部長はあたしの肩を離した。
「兄貴のことは、れんさんが何とかしてくれるそうです。
あ。それと、あたし、れんさんの“真ん中”、継ぐことにしたんです。
少なくとも、そこよりれんさんに近いポジションてないんです」
あたしはできるだけ笑顔を作り、部長のしかめ面に対抗した。
部長はゆっくりと首を振った。
「その“真ん中”は‥‥。肉体関係も含まれるんじゃないのか?
君は‥‥君は、ヤケになってるんじゃないのか?
早まらずもう一度考えろ」
「そういう発想をやめて欲しいと言ってるんです!」
あたし、つい大声を出してしまった。
「そういうのが偏見だってわかんないんですか?
だから、忘れて下さいってお願いしてるんです。
えっちすればれんさんのカノジョになれるなら、ユルミがぶっちぎり一位ですよ。
そんなことじゃないんです。
全然別のことなんです。
もっと、もっと大事なことなんです!」
「キンギョちゃん、僕は別に‥‥」
「あたしを、兄貴に穢された可哀想な女の子としてしか見れないなら、もう話しかけないで下さい!」
その時、音楽室に残っていた部員は7〜8人だった。
全員が驚愕の表情であたしたちを見た。
また変な噂が立つんだろうな。
でも言わずにいられなかった。
呆然と立ち尽くす部長に
「興奮してしまってすみません。
失礼します」
と、頭を下げた。
あんなに親身になってくれた部長に、ひどいことを言った。
どこかで毅然としていたかった。
あたしは、哀れな被害者じゃない。
増してや悪辣な共犯でもない。
あたしは、あたし。
あたしはれんさんに相談して、母に話をして貰うことにした。
れんさんは、父もお兄ちゃんもいない時を選んで、我が家を訪問した。
母は初め、れんさんがあたしとの交際を報告に来たものと思ってはしゃいでいた。
内容を聞いてショックを受け、涙ぐんで謝った。
「母さんが悪いのね。
手が掛からないと思って、あんたたちを二人で放ったらかし過ぎたのね。
つらい思いをさせてゴメンね」
母はあたしの肩を抱いて、ゴメンねゴメンね、と繰り返した。
あたしとお兄ちゃんが二人きりにならないように、母も協力してくれることになった。
そして機会を見て、お兄ちゃんとも話し合ってみると約束してくれた。
その日の午後、エムさんからメールが届いた。
☆パーティーのお誘いです☆
あやちゃんメールありがとう。
いろいろ頑張って、廉と正式に別れることが決まりました。
つきましては、離任式というか、引継ぎ式をやりたいの。
会費は奮発して私が持つから、ぜひ出席して下さい。
●日時/7月29日(土) 18時〜21時
●場所/くぬぎ町本通りバス停前 パブ喫茶「ベルツリー」
‥‥ただし、廉には内緒よ!
※えむ
あたしはメールを見て首をかしげた。
会費とか出席とか言うなら、あたしとエムさんだけってことはないだろう。
なんか、店を貸し切ってするみたいだし。
れんさんに内緒なのだったら、他に誰が来るんだろう?