表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/53

深夜便

 両親が帰って来た時、あたしは寝ているふりをした。

 一旦あふれた涙は、枕がびしょびしょになっても止まらなかった。

 

 「声でイクでしょ?」

 ユルミの下卑た口調が何度も耳を打った。

 そう、子宮が反応して当然だ。

 あたしのカラダは、あたしの心を裏切って、性欲を充足させていた。

 お兄ちゃんを受け入れていた。楽しんでいた。

 それが一番、あたしを絶望させた。


 何度も携帯が鳴ったが、無視した。

 カンツォーネの呼び出し音は、部長からだ。

 今は話がしたくない。

 部長から見たら、こんな異常な事態は看過出来ないだろう。

 彼はまともなオトコだからね。

 絶対に言えない、こんなこと。


 12時を回った頃、泣きながらもふわりと眠りに落ちかけた。

 あたしの体は、こんな時にも睡眠を欲しがるのか。

 強姦の最中に快感を欲しがるのと同じだね。

 動物的な反応の全てが憎かった。


 携帯の音楽ではっとした。

 こんな時間に、れんさんからメールだ?

 あたしは飛び起きた。


 

 “無事に帰って来てるかな?

  5時の定時通話がつながらなかったので気になってた。

  多分まだ会場の中だったんだね。

  コンクール、どうでしたか?


  いろいろあって、僕もちょっと不安定だ。

  今、すごくあやちゃんに会いたい。

  明日空いてる時間があれば、教えて欲しい”


  

 何も考える暇がなかった。

 気がつくと、れんさんの電話番号を呼び出していた。

 泣き声しか出ないのがわかってるのに、話がしたかった。


 ワンコールで出てくれた。

 「あやちゃん?もしもし。

  あれ?‥‥どうしたの?あやちゃん?」

 あたしの大好きなハスキーボイス。

 泣き声を抑えるのに、ずいぶん時間を取られた。

 暴れまわる咽喉を押さえつけて話そうとした。

 「れんさんに、会いたいよぉ‥‥」

 やっとそれだけ言えた。


 家族が全員寝静まったのは、午前2時だった。

 あたしは足音を忍ばせて、真っ暗なキッチンを通り抜けた。

 勝手口のドアの鍵を握り、表に滑り出た。


 住宅街の街路は静まり返っていた。

 オプティマのエンジン音が遠くでも聞こえる。

 あたしを見つけて、れんさんがドアを開けてくれた。


 いつもの助手席に乗り込んだ。

 「さあ、来たよ。何がして欲しい?」

 れんさんにそう言われただけで、あたしはもうしゃべれないくらい胸がいっぱいになった。

 ふっと手を伸ばして、れんさんはあたしの顔を触った。

 「ずっと泣いてたの?」

 きっと、あたしひどい顔してるんだろうな。


 いつかの丘の上に移動して、車の外に出て夜景を見た。

 だいぶ落ち着いて来たので、お兄ちゃんとのことを話すことが出来た。

 部長には絶対できなかった話が、この人には出来る。

 

 近親相姦が4回目だとか。

 あたしのスイッチが切れて記憶がないこととか。

 あたしの体が反応すると言われたこととか。

 れんさんは顔色ひとつ変えずにうなずいてくれた。


 偏見というものが、この人にはない。

 それは多分、常識というものがないからなんだろうけど。

 どこの何が欠落していようがどうでもよかった。

 彼に何を話しても、あきれて嫌われる心配はないのだ。

 あたしにとっては美徳だ。

 れんさんが必要だ。


 話が終わって息をつくあたしを、れんさんは両腕でそっと包んでくれた。

 「カラダは刺激に対して単純に反応する。

  それは当たり前のことだ。

  君の恥でもないし、お兄さんの手柄でもない」

 わかっていたけど、誰かに言って欲しかった言葉。


 「あたし、自分のことバージンと思っていたんです。

  でも違った、頭で思ってただけだった」

 「バージンなんて、意味あるの?

  あるとすれば、一瞬だけのことだと思うんだけどね」

 「一瞬?」

 「失う瞬間、あなたにあげたのよ、って強みになる」

 「お金と一緒ね。使う瞬間、役に立つだけ」

 「そうそう。まともな恋愛なら、そんな重たいものは要らないよ」

 「そうかなぁ‥‥」

 「そうさ」


 あたしはれんさんの胸に耳を当て、心臓の音を聞いた。

 少しずつ心が軽くなる気がした。

 「ただ、繰り返すことは避けたいから、やはりご両親には話をするべきだよ。

  少なくともお母さんには。

  そしたら、こんな簡単に家を留守にされないんじゃないか」

 「でも‥‥」

 「良かったら、僕が代わりに話す」

 「‥‥それは‥‥もう少し、考えてからでもいいですか?」

 「いいよ」


 東の空が、わずかに明るくなって来た。

 「兄貴にとって、あたしは共犯者で自分の女なんです」

 「そんなことは誰にも通用しない。ただの犯罪だからね」

  

 「あたしは、れんさんが好きです」

 「うん。そっちは信じるよ」

 「初めて会った時から、声聞くとおかしくなるんです」

 「気持ちよくなる?」

 「‥‥わかんない。すごく切なくなる。

  切なくて、やるせなくて、‥‥カラダがつらくて」

 「疼くんだ」

 「うず‥‥やッ、その表現、えっちです」

 「えっちのどこが悪いの?

  こんな声でよければ、遠慮なく疼いてよ」


 勢い余った、っていうんだろうか。

 何だかとても際どいことまでしゃべってるのに、少しも恥ずかしくなかった。

 れんさんは不思議な人だ。


 夜明けを見ながら、決心した。

 れんさんの本妻、引き受けよう。

 ものすごくビョーキな世界だろうけど。

 あたしにとっては価値があるかもしれないもの。

 ボロボロになるならなってみたい。

 れんさんにもっと深入りしたい。


 生まれて初めて、自分から男性にキスをした。

 朝日が顔に当たって、両眼と胸が痛かった。

 間違いない。

 この人は、あたしのオトコだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ