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本妻はベビーシッター

 「何から話そうかなあ‥‥」

 エムさんはとても楽しそうに首をかしげた。

 「出会いって言っても、同級生だからね。

  一年の時、同じクラスで。

  2年で離れたんだけど、その年、廉は私の親友と付き合い始めたの」


 「正式な彼女として?」

 「廉に正式があればの話だけどね。

  麻衣って言うのね、その子。

  その麻衣が、一年後の春休みにキレちゃったの。

  私に電話して来て、泣くのよ。

  『もういや!もういや!

   廉のお守りしてたら、気が狂いそうよ!』って」


 「オモリ、ですか」

 「それ以外に呼び方が思いつかないわね。

  とにかく私、文句言ってやろうと思って、廉のとこに行ったの」

 「おうちへ?」

 「自宅だからね、あいつのとこは。

  近所の公園に呼びつけたのよ。

  その日から、ものの見事にミイラ取りがミイラ」

 うわ。さすがれんさんだなあ。


 「当時から女の子の出入りが多いんですか?」

 あたしが聞くと、エムさんが吹き出した。

 「出入りね。まさにそんな感じよ。

  あとからあとから出てくるの。

  どうしてそんなに増えていくのか、廉に聞いても答えられないのよ」

 「やめさせようとは思わなかったんですか?」

 「文句を言ったら、はじき出されるわ。

  ハレムの条件は、それを受け入れることだけ」

 睫毛を伏せてジンジャーエールを飲むエムさんは、きりっとして綺麗だった。


 「でも、たくさん女の子いても、カノジョって呼ぶのは一人だけなんですよね?

  それは“あとからあとから”の人たちとは、違うからですか?」

 あたしが聞くと、エムさんはうなずいた。

 「あきらかに違うわね」

 「どうやったら、カノジョになれるんですか?」

 「あら。なりたいの?」

 「あ。いえ」

 あたしは慌てて顔を伏せた。


 エムさんはここで、とても意外なことを言った。

 「あたしは麻衣から譲られたから、初めからカノジョポストなの」

 「は?ポスト?」

 「そこが空いてないと入れないじゃない?限定ひとりなんだから」

 「でも、決めるのはれんさんでしょ?」

 「そうでもないわ。わりと条件がはっきりしてるから、やったもの勝ちよ。

  やってみる?」


 「やってみるって‥‥」

 「譲ってあげようか?」

 「えっ。‥‥エムさん、辞めるってことですか?」

 エムさんは小さくうなずいた。

 「実はね、プロポーズされてるのよ。

  キャンペーンガールをしてる先の、企画チームの人に」

 「‥‥もしかしたら、背広で大学祭に来てた人ですか?」

 「よく知ってるわね。その人よ」

 「結婚しようって言われてるんですか?」

 「それを前提にお付き合いしたい、って段階だけどね」


 「でも、エムさん19歳ですよね。

  それで結婚とか、早くないですか?」

 「そりゃ早いわよ。私もそこまで考えたことなかったわ。

  でも、いま決断しないと、廉から抜け出せないと思うの」


 「抜け出したい、ですか?」

 「廉を失うのはイヤよ。

  廉だって、私を手放したくなくて、いつまでもグズグズしてるのよ。

  でも、もう神経が参っちゃってダメだもの。

  このまま続けて年をとって、身も心もボロボロになって、カラダも廉じゃなくちゃダメになってから、次のオトコに移るなんて、もっと難しいもの」


 「なんか、転職するOLさんみたいですね」

 「あっはっはっはっは」

 エムさんは、口を押さえて笑い転げた。

 「ほんと、ほんとね。ピッタリの表現だわ。

  あやちゃん、あなた面白いわ。さすがね。

  廉が執着するわけよね!」


 「れんさんが、あたしに執着、ですか」

 あたしみたいな“端っこ”に?

 エムさんは涙をぬぐって、まだクスクス笑いながら、

 「手放さなくてもいいか、って相談に来たわよ」


 あたしは驚いた。

 「そんなこと、普通カノジョに相談します!?」

 「普通のオトコの話なんかしてないわ。

  廉は他の女の話を全部、本妻に持ち込むのよ。

  それは麻衣の時からずっと同じよ」


 「ほ、本妻って、正式カノジョのことですよね‥‥」

 「そう。だから神経がまいると言ってるのよ。

  廉はね、自分で複雑にしちゃった女性関係の相関図を、自分の頭で理解することができないの。

  それを整理して自覚させてやるのが、本妻の仕事なのよ」

 「なんですか!それ!」


 「そんな取り決めをしてるわけじゃないから、これ以上説明のしようがないわ。

  でも、やってるうちにどうしてもそうなっちゃうのよ」

 「こ、交通整理ボランティアですか」

 「はははは、そうね。それに近いわね。

  いい調子よ、あやちゃん。

  その調子で、廉の頭の中も整理してやってよ!」


 どういう世界なんだ、いったい。

 れんさんって、ユルミ以上に宇宙人?


 エムさんは、コーヒーを二人分追加注文してから、また話を続けた。

 「本妻の条件は単純よ。

  とにかく女の話を全部聞くこと。

  腹を立てても、反対しても、批判してもダメよ。

  そしてそれが廉にとってどうプラスになりマイナスになるかを、考えて話してあげるの。

  それが出来たら、廉のふところまで入って行けるわ」


 「れんさんの、真ん中になれるんですね」

 「そう。ものっすごく大事にしてくれるわよ。

  ちょっとうっとうしいほど甘えて来るし、意外に情も深いの。

  心もカラダもトロトロに満足させてくれるわ。

  だからこそ、罪深いのよ。

  その地位を失いたくなくて、泣きながら浮気に協力するのよ」


 あたしはうなった。

 出来るわけがないじゃないか、あたしに。

 これが初恋なんだよ。

 いきなりそんな老練な真似が出来たら、苦労しないよ。

 雷の時だって散々だったじゃないか。

 だいたい、浮気の許可を前提に恋人にするなんて、そんな失礼な話がなんでまかり通るんだ。


 「今すぐにとは言わないわ。

  私も、整理したいことがいろいろあるし。

  一週間ぐらいしたら、また里帰りするから、それまでに考えておいてちょうだい」

 エムさんはそう言って、あたしの分まで精算を済ませてくれた。


 「ね。よく考えてね。

  私はあなたが適任だと思うわ。

  こういうことは、年齢でも経験でもないもの。

  わたしがいなくなったあとの廉を支えてあげて」

 「はあ‥‥」

 返事をしながら、あたしはつい失笑を漏らしてしまった。

 

 「あら、どうしたの?」と、エムさん。

 「あたし、中2の時に、生徒会役員に立候補しろと言われたことがあって」

 「似合ってるわね」

 「その時先生が言った台詞が、今とそっくり同じで」

 「ぷっ」

 エムさんも吹き出した。


 「役員の引継ぎ!色気のない話ね。

  じゃあ、もっとおいしそうな言い方に変えて見るわ」

 エムさんは、あたしの腕をつかんで引き寄せ、耳元で囁いた。

 

 「今まで知らなかった廉に会えるわよ。

  二人して、トロトロに溶け合ってみたくなあい?」

 あたし、真っ赤になって下を向いた。

 官能的‥‥すぎる!!

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