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化かし合い

 「ちっちゃい時から、雷がダメなんです。

  花火とか、音の大きい物が全部苦手で」

 何か話さなきゃとあせって、つまんないことをしゃべってしまう。

 「耳が繊細に出来てるんだよ」

 れんさんが、思いがけず低い声で言った。

 耳の近くだったので、飛び上がるほど“来た”。


 「え。もしかして、ホントに耳が弱点なのか」

 れんさんが、面白そうにもう一度耳元で囁いた。

 「やッ。勘弁してください」

 「耳が感じるの?」

 「違っ、耳じゃなくて声がダメなのっ」

 あ、まずい、言っちゃった。

 「声って、どういうこと?」

 「やだやだやだっ、れんさん黙ってて下さい!

  今そこで声出したらダメっ」

 手のひらでれんさんの口を塞いだ。

 

 自分から密着したらダメじゃん、あたし。


 


 これまで、公園で待ち合わせしてる間、れんさんは毎日あたしに軽いキスをした。

 人目のある屋外では、それが限界だった。

 あたしは最初、いつでも逃げられるように身構えていた。

 でもれんさんが、必ず自分から離れてくれることがわかって来たので、体を預けるようになった。

 首を上げたり背中に腕を回したりして、応えるようになった。

 日常的に、だ。


 この日常を味方に付けたことが、れんさんの勝因だった。

 身を任せてしまうと、彼のキスは心地よかった。

 短くソフトで生臭みのない初心者向けのキス。

 あたしは、あたし自身の中から、それを拒む理由を見つけられなくなっていた。


 同じキスだけど、今は状況が違う。

 真っ暗な家の中で、ふたりきりだ。

 それでも、日常的なものは受け入れてしまう。

 唇が離れた隙に、何か話してムードを変えようとあせった。


 「れんさん。‥‥あたしのこと好きですか」 

 馬鹿ですかあたしは。

 その質問はダメだって、以前廃案にしたのに。

 あせってると、わけのわからないことをやる。


 「好きだよ」と、れんさん。

 「ユルミより?」

 「えっ」

 わあ。あたし、何を言い出すんだ。

 「茉理さんより?」

 神様。止めてください。

 「モトカノの人とか‥‥昨日の、エンジのエプロンの人」

 「‥‥あやちゃん」

 どうしよう、言い出したらもう止まらなかった。


 あたし、ダメだ。てんで子供だ。

 気付かないふりして、オトナの恋愛のふりぐらい出来る気がしてたのに。

 その方が、ずっと利口で長続きするってわかってたのに。


 あたしはれんさんにしがみついた。

 れんさんが、それに応えてあたしの口を唇で塞いだ。

 そう、それが正解だよ。

 あたしみたいな馬鹿は、もう一言もしゃべらせないのがいいよ。

 自分でも、もう口なんかききたくない。

 これっきりになるまで責めてしまうに決まってるから。

 ごめんね。れんさん。

 あたしはガキすぎて、あなたのゲームに付き合うのは無理だったよ。


 どこまでもエスカレートしちゃいそうな、重たいキス。

 電話の音が沈黙を破った。

 あたし、立ち上がって受話器を取った。

 「お母さん!なに?

  牛乳っていっぱいあるよ。なんでコンビニで買うの?

  って、そこどこ?

  要するに、バスの中で寝ちゃったのね?

  どうせずぶ濡れでしょ、何言ってんのよ!」


 電話を切ってから、れんさんに言った。

 「母さんが帰って来るわ。

  上のコンビニまでバスを乗り過ごしたんだって」

 「じゃあ、退散するか」

 れんさんは立ち上がった。


 この野郎。なしくずしにスルーしやがったな。

 まずいことは不問にしろって言うわけか。

 いいよ。ずるいのはお互い様だ。


 れんさんが帰ってしまってから、あたしは自分の携帯をポケットから出した。

 保険をかけておいてよかった。

 家の電話番号を呼び出して、ワンタッチで鳴らせるようにセットしといたのだ。


 やっぱり、れんさんはダメかも。

 心が触れ合っても、深まらない。

 体を温め合っても、広がらない。

 責めて攻め込んだら、逃げ出されてしまう。

 

 このままじゃダメだ。何か別の方法を見つけないと。

 撃ち損ねた残弾を両手いっぱい抱えたまま、あたしは早くも手詰まりを起こしてしまった。

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